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11-1.キス

駅を通り繁華街を抜け、しばらく歩き海に来ていた。

砂浜に下りて防波堤を背にして俺が座ると、七海が少しだけ戸惑っていたが俺の横に少し間を開けて座った。

綺麗な満月が海の上に浮かんでいる。

「綺麗な月だな」

「う、うん。マコちゃん、あのね」

「そうだ、七海に謝らないとな」

立ち上がり七海の正面に立って頭を深く下げた。

「本当に、申し訳ない。七海に不安な思いさせてしまったみたいだな。弁解の余地は無いのだが雪菜と俺はキスなんてしてないんだ。あれは七海の見間違いなんだ。そもそも見間違うような事をしてしまった事は反省している」

「どう言うことなの?」

七海が不安そうな顔をして俺を見ていた。

「あれは、雪菜にあげたペンダントを着けてやっていたんだ」

「ぺ、ペンダントってなんで雪菜ちゃんに、その……」

「金曜日に生徒会長に呼び出された時に、土曜日に雪菜と一緒に会長の屋敷に行くはずだった。雪菜が『明日は私1人で大丈夫だから。真琴は七海を宜しく』と俺の背中を押してくれたんだ。それのお礼かな。結局、雪菜が危険な状態になった事には変わりが無い。今回は雪菜も俺も少し怪我しただけで済んだけどな」

七海と話をしている時はいつも考えていた。いつか本当の事を話さなくてはならないと。

でも七海との関係を壊したくなくて言い出せないでいた。

「怪我って、その頬の大きなガーゼがそうなの?」

「そうだ」

「見せてもらって良い?」

あまり見せたくない、それが正直な気持ちだった。

リミッターの外れた人間に引っかかれた傷だ、たぶん跡が残るくらいの深い傷のはずなのだから。

それでも俺は了承して七海の前に跪く。

すると七海が頬のガーゼをゆっくり剥がして、傷を見ると七海の目が少し動揺しているのが判った。

「危ない事しないでねって言ったのにこんな酷い怪我して」

「ゴメンな」

「雪菜ちゃんの怪我は?」

「自分で聞いてごらん、雪菜も心配しているはずだぞ」

「でも……」

七海が俯いてしまい沈黙が流れ波の音がする。


「今すぐに雪菜に電話するんだ」

「えっ?」

「電話しなければ、静かな海から何かが出そうな砂浜に七海を1人でおいて帰るぞ」

「嫌だ! 怖いよ」

少し強い口調で言い、七海の前から1歩引いて恐怖心を煽ると七海が慌てて携帯を取り出し雪菜に電話を掛け始めた。

「か、掛けるから、マコちゃん帰らないで」

「もしもし、雪菜ちゃん? ゴメンね、心配掛けて」

「うん」

「うん、判った」

「それはマコちゃんから聞いた」

「うん」

電話の途中から七海の目には涙が溢れている。携帯を切っても七海は携帯を握り締めて俯いていた。

俺は七海の側に行き七海の頭を優しく撫でた。

「ごめんな、おどかして。でも雪菜は大切な友達なのだろ、ちゃんと話さないと時間がたった紐の縛り目は堅くなって解くのが難しくなるからな」

「うん、うん」

七海が肩を震わせながら答えてくれた。

「ちょっと、ゴメンな」

そう言って七海を抱きしめると少しだけ体を強張らせたが直ぐに俺に抱きついて泣き始めた。

それは号泣などという言葉では言い表せないほどだった。

人目も憚らず、体の中の闇を全て吐き出すかのように。心の叫びの様な、あらん限りの声を上げ。

全身全霊で泣いているかのようだった。


どれ程泣いていたのだろう今は七海の小さなしゃくり上げる声だけが波間に聞こえていた。

「七海、落ち着いたか?」

「うん」

七海が俺の腕の中で頷いて顔を上げた。

「マコちゃん、ううん。真琴君に聞いてもらいたい事があるの」

「判った」

俺は七海の正面を向くように座りなおすと七海が真っ直ぐに俺の目を見てきた。

「この街に引っ越してくる前はお姉ちゃんには彼氏が居たの。とっても仲が好くって羨ましいくらいだった。私にも凄く優しくしてくれて、お兄ちゃんが出来たみたいで嬉しかったの。そして結婚の約束をしていたみたい……それでね、ある日お姉ちゃんが嬉しそうに教えてくれたの『赤ちゃんが出来た』って。それからかなお姉ちゃんと彼氏の様子がなんだかおかしいなって思っていたらね……あのね……」

そこまで話すと七海が嗚咽をあげながら泣き出してしまった。

「ゆっくりで良いからな。話したくない事は話さなくて良いんだぞ」

「だ、大丈夫。真琴君にはどうしても聞いて欲しいの、それが私の覚悟だから」

七海の覚悟と言う言葉を聞いた瞬間、俺の中でパズルのピースがコトンと嵌った気がした。

「そうか、それじゃ聞こう、ゆっくりで良いぞ。お姉さんには遅くなる事伝えてあるからな」

「うん、お姉ちゃんの彼氏と仲がギクシャクし始めた時ね……私が1人で部屋にいるとお姉ちゃんの彼氏とその友達がきて私を犯そうとしたの。私、怖くって、怖くって夢中で抵抗したの。でも途中から何も判らなくなっちゃって、気付いたら病院に居たの。そしてお姉ちゃんが『赤ちゃん、駄目になっちゃた』って私に所為でお姉ちゃんの結婚も駄目にしてしまった。赤ちゃんまで死んじゃって。私がころ……」

俺は七海の口に手を当てて続く言葉を消した。

「七海、良いか聞いてくれ。俺は真実を知らない。だけどな七海は間違っている。結婚が駄目になった決定的な理由は七海の言うそれだろう、だけどそれは決して七海の責任じゃない。それは彼氏の責任だ。赤ちゃんが駄目になったのも同じ理由だと思う、それも彼氏の責任なんじゃないのか? 七海には非はないはずだ」

「でも、私が居たから」

「私が居たから? 普通に考えて恋人の妹に手を出すのはおかしいだろ。それも友達まで連れてきて無理矢理に……ゴメンなこんな言い方して。でも、どうしても聞いて欲しい事があるんだ」

「うん、判った」

「七海が置き手紙して居なくなった時、七海のお姉さんが泣きながら俺に言ったんだ『あの子が傷付いた時に、自分の事で精一杯で助けてあげられなかった。あの子は何も悪くないのに。あの子は何処も穢れてないのに。どう接して良いか判らなくなって……あの子は助けを求めていたのに……』って」

俺はお姉さんの言葉を一字一句間違わずにそのまま伝えた。

「お姉ちゃんがそんな事を……知らなかった。でも、私は自分で汚しちゃった。馬鹿だね、私。援交なんてして。こんな汚れた私の事なんて嫌だよね」

俺は大きく深呼吸しながら七海の肩を掴んだ。

「本当に、七海は馬鹿だな、大馬鹿だ。真田なんて奴らの仲間になって利用されて。俺は真田の口から直接聞いたんだ。七海は売りなんてしていないって援交はしていないって」

「でも、私、時々気を失って」

「七海の事を馬鹿にして笑っていたよ。利用されているのに気付かないって、男に抱きつかれ白目剥くって」

「そ、そんな事を。本当に私馬鹿だ。マコちゃんの言うとおり大馬鹿だ」

七海の体から力が抜けて虚ろな目をしている。

その目はトラックに飛び込んだ時と同じ目だった。

「いいか、七海。また死のうなんて考えてみろ、俺が承知しないからな」

「でも、こんな私なんか売りはしていないけれど犯罪者だよ。私なんか……」

「いい加減にしろ!」

俺は七海の頬に平手打ちした。自分の事を卑下する七海に腹を立て。

そして私なんかに続く言葉を瞬殺した。

「七海が死ねば悲しむ人が居るんだぞ。お姉さんはどうする? 雪菜は大切な友達なんだろう。七海は汚れちゃいない、穢れちゃいない。俺は信じている、俺が信じているだけじゃまだ足りないか?」

「ありがとう、本気で怒ってくれて。マコちゃんが信じてくれるなら私はそれで良い。マコちゃんが私を嫌いにならないのならそれでいい」

「直ぐにとは言わないからお姉さんともちゃんと向き合って話をしないとな。お姉さんも悩んでいるみたいだしな」

「でも、私、警察に」

「それは大丈夫だと思うぞ。真田達が馬鹿じゃなければ自分達に不利になる事は喋らないよ、七海を侮辱したからしばらくは口も聞けないくらいにボッコボコのギッタンギッタンにしてやったからな。警察に行くのなら俺の方かもな」

俺が笑いながら七海に話すと七海がきょとんとした顔で俺の顔を見ている。

すると七海が少し躊躇い気味に俺に問いかけてきた。

「聞くのが怖かったんだけど、マコちゃんは何でそんな事が出来るの? 雪菜ちゃんがマコちゃんに2度も助けてもらったって生徒会長さんのお家では命を救ってくれたって言っていた」

「そうか、雪菜がそんな事を」

俺は一息ついて立ち上がって少し歩き振り返り七海の瞳を真っ直ぐに見た。

「七海が辛い過去を話してくれて嬉しかったよ。俺も七海に話さなきゃいけない事があるんだ。聞いてもらえるかな?」

「う、うん」

離れているのに七海の瞳が、表情が揺れているのが良く判った。

七海が俺の事を好いていてくれるのが良く判り、そして俺も七海の事が好きだからこそ怖くて言えなかった事を、少しだけ形を変えて伝える事にした。

「七海が信じる、信じないは別だ。よく聞いて欲しい」

「うん、判った」

「俺は神様と契約したんだ。そして、宝物を見つける為にこの街に来た。宝物を見つける為にこの不思議な力を俺の人生と命を引き換えにもらった。だから俺には過去がないんだ。そしてこの契約にはタイムリミットがある。それは明日かもしれないしもっと先かもしれない誰にも判らない。宝物を見つけてもこの世界に居られるかさえも判らない」

「もし、タイムリミットが来たらどうなるの?」

「消えてしまう。簡単なゲームだよ、何も判らないね、時間がくればゲームオーバー。俺が死ねばゲームオーバー。そして時間内にゲームクリアーしても何が起こるか判らない。クリアーするための宝物さえ何か判らない」

「何でそんな契約をしたの?」

「俺にも判らない宝物を見つけるためだよ」

七海が不安になったのか立ち上がって黒いフレアースカートを掴んでいた。

「七海、いつまで一緒に居られるか判らない、それは明日かもしれい。今、判る事は俺に残された時間は少ないと言う事。そして今までよりもっと辛く哀しい思いをさせてしまうだろう。結末は別れしか訪れない。だから怖くて言えなかった。こんな俺でよければ出来る限り七海の側に居て。力の限り七海を守って。限られた時間を精一杯、七海と共に生きていきたい」

「日向真琴は月ノ宮七海が好きだ、いつも側に居て欲しい」

俺は今、最低な事を言っている。

必ず七海を哀しい思いをさせるのが判っていて、一番辛い思いをするのが七海だと判っていて。

バッドエンドしか無いのに七海が断れない状況を作って、俺の気持ちを押し付けている。

最低だ、だから最高の笑顔で笑ってみた。

「私はマコちゃんしか考えられない。誰にも渡したくない。人生ってそんな物じゃない。誰にも一秒先の事すら判らない。出会いがあれば必ず最後は別れがやってくる。一緒に生きられる時間が長いか短いかなんて関係ない。私はマコちゃんと時間の限り目一杯一緒に居たい」

「月ノ宮七海も日向真琴が大好きです」

最低な俺の最高の笑顔に七海は一寸の曇りの無い笑顔で答えてくれた。

「ありがとう、七海。なんだか俺の都合を一方的に……」

俺の唇に七海が人差し指をあてて言葉を遮った。

「ぶっぶー、そんな事を言う人は嫌いです」

「そうだな、ゴメン。なんだか腹が空いたな飯でも食いに行くか? 初めて2人で行ったファミレスに。今度は俺の驕りで」

「うん。くちゅん」

「寒いのか? 海風で冷えたのかもな、これでも着ておけ」

ジャケットを脱いで広げると七海が嬉しそうに袖を通した。

「温かいか?」

「うん、マコちゃんみたいに温かい。そんで大好きなマコちゃん匂いがいっぱいする」

「汗臭いだけだろ」

「違うもん」

「行くぞ」

「うん」


月明かりに照らされながら道路に上がる階段まで波の音を聞きながら砂浜を歩く。

しばらくすると七海がジャケットのポケットに手を入れて何かが入っているのに気が付いた。

「マコちゃん、ポケットに小さな箱が入っているよ」

七海の掌にある綺麗にラッピングされた小箱を見て俺は思い出した。

それは土曜日の七海との初デートの時にアクセサリーショップで買った物だった。

「七海にあげるよ。俺の秘密を知っても受け入れてくれた記念に」

「ええ、もらって良いの? 返せって言っても返さないからね」

「言わないよ。そんな事」

七海が立ち止まったので俺も立ち止まる。

後ろでカサカサと包みを開ける音がして急に静かになったので振り返ると七海が大粒の涙をぽろぽろと流していた。

「泣き虫だな、泣くなよ」

そう言って七海の前に立って涙を指で拭った。

「だ、だって嬉しいんだもん。嬉しい時にも涙がでるんだもん」

「はいはい、判りましたお姫様」

「それじゃ、お姫様の言う事聞いてくれる?」

「なんでも伺いましょう」

俺が返事をすると七海が俺の目の前に何も言わずに手を差し出した。

指輪を着けて欲しいという事が判ったが、ちょっと判らない振りをする。

「何をして欲しいんだ?」

「意地悪」

七海が恨めしそうに下唇を可愛らしく噛んだ。

それを見て七海の手を取り、片膝を突いた。

「お姫様、お手をどうぞ」

俺が七海の左薬指に指輪を着けると七海が俺の左手を掴んで薬指に指輪を嵌めてくれた。

俺が立ちあがっても七海は恥ずかしそうにモジモジしていた。

「どうしたんだ?」

(ニブチン)七海が何かを言ったが聞き取れなかった。

「行くぞ、遅くなり過ぎるとお姉さんが心配する」

俺が歩き出そうとすると七海が俺のシャツを掴んだ。

「あ、あの、そ、その……」

七海の顔を覗き込んで唇を重ねて七海の言葉をかき消した。

「何がして欲しいんだ?」

「もう一度キスして」

七海の腰に手を回して七海の唇に優しくキスすると七海が俺の首に手を回した。

月明かりに包まれて、2人は抱き合い。

俺の中で小さな点が繋がり始めて細い線になり始めたのを感じた。


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