10-2.黒い噂
真田が言っていたホテル夢の中の前に行くが人影は無く、七海がホテルから出てくれば仲間の居るあの公園に向うはずだ。
まだ姿が見えないという事はホテルの中に居るという事だった。
ホテルの中に入ると受付などは無く部屋の写真のパネルがあり空いている部屋のボタンを押すと案内されるのだろう。
ここで待つ訳にもいかずエレベーターの方を見ると火災報知器が見え。
躊躇わずに火災報知器の前まで歩き赤いボタンに拳を叩き込むと非常ベルが鳴り響いた。
七海はホテルの部屋でいつもの様に真田に連絡すると直ぐにホテルを出るように言われて慌てて服を着て逃げ出そうとしていた。
バスルームの前で来ると男と鉢合わしてしまい腕を掴まれてしまった。
「おい、どこに行くんだ? ふざけるなよ、ここまで来て」
「嫌! 離して」
七海の力で男に敵うわけも無く、引きずられる様に部屋に連れ戻されベッドに押し倒されてしまう。
「前金は渡しているんだ。馬鹿にするな」
「た、助けて!」
男がそう言って七海に向ってきて肩を掴まれて押さえ込み。
七海が声にならない叫びを上げると非常ベルが鳴り響き、七海が気を失った。
火災報知器に拳を叩き込んで非常ベルが鳴った瞬間、気付くと俺の目の前で見知らぬ男が非常ベルの音に慌てふためいていた。
そしてベッドを見ると黒尽くめの格好をした七海がぐったりとしているのが見える。
「出ていけ!」
俺が言い放つと男が幽霊でも見たかのように驚いて、自分の洋服や靴を慌ててかき集めて腰にバスタオルを巻いたまま俺の横を潜り抜け部屋を飛び出していった。
ベッドに座り七海の顔を覗き込むと、僅かに胸が上下して呼吸しているのが確認できた。
すると直ぐにコンコンっとドアをノックする音が聞こえる。
ドアを少し開けるとホテルの従業員らしき姿が見えた。
火災報知器が鳴ったので確認をしに来たのだろう。
「お客様、大丈夫ですか?」
「ええ、何かあったんですか?」
「いえ、火災報知器を誰かが悪戯したようなので確認までです。ごゆっくりどうぞ」
そう言って従業員が隣の部屋に向って行くのを確認してからドアを閉めて七海の横に座る。
七海を起こさずにしばらく様子を見る事にした。
今、七海を起こしてホテルを出れば騒ぎに巻き込まれる可能性がある。
まぁ、騒ぎを起こした元凶はベッドの上に座っているわけだが、七海にどう声を掛けて良いのか判らずに膝に肘を付いて考え込んでいると七海が気付いた。
そして飛び起きて辺りを見渡して隣に居る俺に気が付いて再び驚いている。
「ま、マコちゃんが何でここに居るの?」
七海の瞳が大きく揺れて、体が小刻みに震え出した。
一息ついて立ち上がり七海の顔を見ながら七海の頭を優しく撫でた。
「心配かけるな」
笑顔で言って七海の手を取ると七海がビクンとして手を引くが構わずに握り締めて七海の手を引く。
「帰るぞ」
「う、うん」
七海が小さく頷いき七海の手を引きながらホテルを後にする。
表に出ると非常ベルの騒ぎは収まっていたが公園の方はパトカーや救急車が止まっていてかなりの騒ぎになっていた。
構わずに駅の方に向う、七海が唖然として公園を見ている。
駅の近くまで来て後ろを振り向くと七海が少し身構える、公園の騒ぎに俺が絡んでいる事が判ったのだろう事を容易に汲み取れた。
「怖いか? 俺が」
七海に聞くと何かを振り払うように何も言わずに首を横に振った。
「姉さんが凄く心配していたぞ。連絡をしたいから電話番号を教えてくれ」
俺がそう聞くと七海が携帯を取り出して電話しようとしたので、左手で七海の手を掴んで首を横に振り止めさせる。
すると直ぐに理解できたのだろう、素直に電話番号を教えてくれた。
「090ー○◇▲■ー☆◆□□」
聞きながら自分の携帯で電話を掛けると直ぐに七海の姉さんが出た。
無事に七海を見つけた事、責任を持って連れて帰る事、それから少しだけ時間が欲しいことを告げると七海の姉さんは安心して快く了承してくれた。
携帯を切ると七海が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「マコちゃん、私……」
「今は何も言わなくてもいいから、心配掛けた罰として少し俺に付き合え」
そう言って七海の手を引きながら歩き出した。