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ささやかな夏のレジャー

作者: ウォーカー
掲載日:2026/08/23

 八月の夏真っ盛り。

学生にとっては夏休みもまだまだ中盤。

男子学生の梶原かじわら壱太いちたは、夏休みを満喫していた。

エアコンの効いた部屋で本を読み、テレビを見て、

ビデオゲームに明け暮れる。

たまには友人を呼んだり、友人の部屋にも行ったり。

夏休みを満喫していた、・・・つもりだった。

「・・・よく考えたら俺、移動以外で外に出てないな。」

エアコンの効いた部屋の中で遊ぶのも楽しいが、

せっかくの夏なのだから、夏らしいことをしたい。

壱太はそんなことを考えた。


 夏のレジャーと言えば、海水浴だろう。

沖縄の海はまるで日本ではないような美しさだし、

足を伸ばして南国に行けば、天国のような美しいビーチがある。

しかし、夏休み中もその前も、壱太は特にアルバイトなどはしていなかった。

だから外で遊ぶにしても先立つものがない。単純に言うと。

「金がない!」

壱太はエアコンの効いた部屋で頭を抱えていた。


 壱太が聞くところによると、夏休みに向けて準備をしていた連中、

例えばアルバイトでまとまった金を手に入れていた連中は、

この夏休みに海外旅行などを楽しんでいるという。

この世はタイムイズマネー。

遊ぶには金がいる。金を作るには時間がいる。

しかし壱太は学校の勉強に集中していて、

夏休みに特別なことをするような用意はしていなかった。

そんな時には実家に帰省して親孝行でもすればよいのだが、

両親が遅くに授かった壱太は、親の顔を見るなり、

「壱太、早く孫の顔を見せておくれ。」

「誰か良い人でもいないのかい?」

そんなことばかりを催促されては、親の顔も見る気が失くなる。

よって今年の夏休みの帰省は電話で済ませた親不孝者だった。

「それでも電話で孫、孫言われてたまらないよ。」

壱太はやはり頭を抱えていた。


 夏休みに金をかけずにできる夏のレジャーはないだろうか。

壱太は部屋にあった雑誌や広告、インターネットを調べた。

そうして見つけた、夏に金をかけずにできるレジャーはと言えば。

図書館。

学校の開放教室、体育館。

電器屋のセール。

企業のショールーム見学。

などなど、とてもレジャーと言えるものではなかった。

他には豪華客船の船旅や高級プールなど、手の届かないものばかり。

「やっぱり遊ぶには金が必要かぁ。」

壱太は頭の後ろで腕を組んで、ゴロンと寝転がった。

その時、風呂場に溜めてあった残り湯が目に入った。

垢の浮いた残り湯が、壱太にひらめきをもたらした。

「そうだ!近所の海や市営プールだったら、金がかからないじゃないか!

 そうだ、そうしよう。

 そうと決まったら、旅行や帰省してない連中を集めないと。」

早速壱太は、学校の友人たちに連絡を取り始めた。


 夏のレジャーの金が無ければ、安く遊べば良い。

壱太はそうひらめき、友人たちに電話を掛けた。

しかし、その返事は色よいものとは言えなかった。

スケジュールが合わないとか、金の問題ではなかった。

友人たちは言う。

「近所の海ぃ?無理無理。」

「近所の海なんて、人でいっぱいだよ。」

「市営プールなんて、芋洗い状態もいいとこだぞ。

 家族連れだらけで、水がお湯みたいになってる。」

みんな考えることは同じ。

安く夏のレジャーを楽しもうと考え、

近所の海や市営プールに人が押し寄せていた。

芋洗い状態の海やプール。人いきれでぬるくなった水。

ぬめぬめと触れる他人の素肌。

考えるだけでも夏のレジャーには程遠かった。


 考えることは皆同じ。

近所の海や市営プールで夏のレジャーは無理のようだ。

それでも壱太は、根気よく近所の海やプールを調べていった。

確信があったわけではない。それしかできることが無かったからだ。

すると、図書館で昔の新聞の記事を見つけた。

その新聞は数年程前のもので、こんなことが書かれていた。


恐怖!死の市営プール。

この夏、市内の市営プールの一つで死亡事故が発生した。

死亡したのは、この市に住む二一歳の女性。

死因は水死と見られている。

この女性は、友人たち数人とプールに泳ぎに来ていて事故に遭ったらしい。

このプールの監視員の話によると、特にプールに異常は見られず、

気が付くと女性の身体が水中に沈んでいたという。

すぐにプールサイドに引き上げられ、救命措置が取られたが、

既に助からないことは見て取れたという。

検死を行った医師によれば、女性は大量の水を飲んでいて、

かなり長い間溺れていたのではないかと見られている。

それならば監視員が気が付きそうなものだが、

事故現場は比較的深い場所だったので、見つからなかったようだ。

市側は市営プールの設備点検を行う、としているが、

現状では原因は不明であり、設備不備や責任は否定している。


新聞記事を見て、壱太は考えた。

「このプール、今はどうなってるんだろう?」

最近の図書館にはパソコンも常備されていて、

インターネットで情報収集ができるようになっている。

早速、壱太はこの事故のあった市営プールについて調べた。

すると事故のニュースの中に、市営プールのサイトが見つかった。

市営プールのサイトによると、この市営プールは今も開放中らしい。

戻ってニュースサイトを見ると、

「事故のあった市営プール、設備に問題無しとされ開放再開。」

「件の市営プール、開放再開も人足は戻らず。」

などと書かれていた。

壱太は思った。

「このプールだったら、空いてるんじゃないか?」

壱太は図書館を出ると、友人たちに穴場を見つけたと連絡してまわった。


 翌日。

壱太は夏休みの暇を持て余していた友人たちと集合した。

その人数は十人をゆうに超えていて、

夏休みに金も無く暇を持て余している学生は意外と多いのだった。

友人たちが言う。

「それで壱太、穴場が見つかったって本当なんだろうな?」

「ああ。まだ直接は確かめてないけど、確かなはずだ。」

「あたし、芋洗い状態の市営プールなんて嫌よ。」

「この夏真っ盛りに、安くて空いてるプールなんてあるのか?」

「まかせとけよ。」

壱太は胸を叩いた。

「それじゃあ、行こうか。ちょっと距離があるぞ。」

「自転車があるから大丈夫。」

「行くまでに暑くても、プールで涼めるものね。」

そうして壱太一行は、自転車をキコキコ漕ぎながら、

真夏の太陽の下、未知の市営プールへ向けて出発した。


 目的の市営プールまでの道のりは、上り坂が多く厳しいものだった。

「おい、壱太。プールはまだかよ。」

「あともう少し・・・のはず。」

「こんなに坂ばっかりなんて聞いてないぞ。」

「地図には高低差は載ってなかったんだよ。」

「でも良いじゃない。

 行きに上り坂が多いってことは、帰りは楽ってことなんだから。」

「後ろに乗ってるだけの女衆は気楽に言ってくれるよな。」

自転車の後ろに女子学生たちを乗せた男子学生たちは、

歯を食いしばってその重さに耐えていた。決して口には出さずに。


 壱太一行の行く先に、寂れた壁が見えてきた。

「あ、あれが多分、目的の市営プールだ。」

自転車で近づくと、確かにそこには市営プールの看板があった。

しかし、看板は傾き、壁はひび割れ、人の気配はなかった。

だがそれは壱太たちの望む通りのこと。

壱太たちは喜んで自転車から飛び降りた。

「うひゃー!人の姿もない。

 この様子なら、プールも空いてそうだ。」

「人はいないけど、プール開放はしてるみたい。」

「うん、いけるね。」

壱太一行は、件の市営プールへと足を踏み入れた。

そこに何があるのか知らずに。


 件の市営プールは確かに開放中だった。

「利用料、200円だよ・・・」

陰気な受付の老爺に金を払い、

壱太たちは男女に分かれて更衣室へ向かった。

受付も更衣室も、人の気配は一切無かった。

「こんなに空いてるなんて、このプール大丈夫なのか?」

「空いてるプールを探してたんだからいいだろう?

 それに利用料も200円ぽっちだし。」

「そりゃそうだけどさ。」

壱太たちは水着に着替えると、消毒槽を通ってプールに向かった。


 プールにはまず男衆が先に到着した。

「女の子たちはまだ着替え中みたいだね。」

「女は着替えに時間がかかるからな。」

「それよりも・・・」

件のプールの水槽を見て、壱太たちは絶句した。

そこには古いがそれなりに掃除されたプールの水槽があった。

ただし、人が一人もいない。

小高い監視台に座っている監視員が一人いるだけだ。

「こりゃあ、空いてるなんてもんじゃないぞ。」

「あんな事故があったから、みんな来ないんだよ。」

ここで女子学生たちも合流した。

同じようにガラガラのプールを見て絶句していた。

「なに・・・これ?人、いなさすぎ。」

「そりゃそうだよ。

 あたしもね、あの事故について調べたの。

 そしたら、あの事故は今も原因不明のままなんだって。」

「怖いよ。どうする?」

女子学生たちは怯えはじめている。

しかしもうみんな水着に着替えてしまっているのだ。

誘った壱太は責任を感じて、一番乗りにプールに飛び込んだ。

ザブーン!と水しぶきが飛ぶ。

「それっ!空いてるから水も冷たくて気持ちいいぞ。

 みんなも早く来いよ!」

壱太がプールの中から水を掛けてくる。

「わっ、止めろって!」

「あはは、つめたーい!わたしもう限界!」

「飛び込むよ、気を付けて!」

そうして一人また一人と、壱太の友人たちはプールの水槽に浸かっていった。


 プールの水は冷たく、自転車で熱くなった身体を一気に冷やしてくれた。

一度水に浸かれば違和感や恐怖心などどこかへ行ってしまった。

みんな、他人のいない貸切状態のプールを満喫していた。

「たった200円でこんな大きなプールが貸し切りだ!」

「ちょっと古いけどね!でも悪くない!」

「明日も来ようか?」

「明日よりまず今日だよ。水中追いかけっこしよう!」

壱太たちは件のプールで夏のレジャーを楽しんでいた。

古いプールでも仲間が一緒なら高級プールにも勝る。

皆の笑顔が水しぶきとともに弾けていた。


 壱太の友人たちはプールを満喫していた。

しかしプールでの運動は意外と体力を消耗する。

壱太は、そっと友人たちの輪を抜けると、

プールサイドに腰掛けて休憩することにした。

そんなことには気が付かず、友人たちは今はボール遊びに夢中だ。

「みんな、喜んでくれてよかった。」

一時はどうなるかと思ったが、金を掛けずに夏のレジャーを、

という目的は、どうやら達成できそうだった。

壱太は身体を休めながらプールの水面を眺めていた。

すると、今、壱太と友人たちがいる場所から離れた遠いところに、

何やら黒い塊が見えたような気がした。

「あれ?なんかあるのかな。誰かの忘れ物か?」

壱太は友人たちに何も告げず、その場を離れた。

それが如何に迂闊だったか、後で後悔することになる。


 黒い塊がプールの水の中に沈んでいる。

壱太はそれが何かを確かめるべく、ザブザブと水の中を歩いていた。

一歩一歩、歩みを進める毎に、友人たちと離れて一人っきりになっていく。

壱太はその状態が危険だとは気が付かなかった。

「・・・なんだこりゃ?」

壱太は水中の黒い塊を覗き込んだ。

水の上からではよくわからないが、黒くて細いものの塊のようだ。

まるで人の髪の毛のような・・・と思ったところで、

グイッ!と引きずり込まれた。

「なんだ!?」

壱太の声が聞こえたのはそこまで。

何ものかに水中に引きずり込まれ、声も出せない状態になった。


 壱太は何ものかにプールの水中に引きずり込まれた。

その一帯はプールの底が深くなっていて、

壱太が頭まで沈んでも足がつかないほどだった。

それは、溺れる可能性があることを意味している。

壱太は必死で足を引く何かを掴んだ。

それは人間の髪の毛だった。

髪の毛の根本には、青白い頭が見える。

人だ。真っ青な顔の長い髪の若い女が、髪の毛で壱太の足を引いている。

その顔に壱太は見覚えがあった。

「こいつは、このプールで溺れ死んだ奴か!」

水の中で壱太は声にならない声を出す。

これか。これのせいで、このプールには人が寄り付かなくなったのだ。

このプールで溺れ死んだ女が化けて出て、道連れを探してたのだ。

壱太が気が付いた時にはもう遅い。

足には幾重にも長い髪の毛が巻き付き、逃げることは不可能。

壱太は溺れ死ぬのを待つばかりとなった。


 意識が遠くなっていく。

息をしようと鼻を吸うと、空気ではなく水が入ってきてキーンとした。

その痛みで、壱太はなんとか意識を取り戻すことはできた。

状況は変わっていない。

深いプールで女の髪の毛に足を取られ、水中に捕らわれている。

このままでは自分も溺れ死んで、こいつの仲間にされてしまう。

壱太は必死に助かる方法を考えた。

まず足に絡みつく忌々しい毛をほどく。

それができたら苦労はない。少なくとも一人では無理だ。

では別の方法。

声を上げて友人たちを呼ぶ。それは水中では無理だ。

手を水面から出して振る。

ここは底が深く、水面に手は届かない。

ではどうしよう。

物か何かを投げて友人たちに知らせられないだろうか?

しかしここはプールの中。

持ち物は履いている水着と、足に巻いてあるロッカーの鍵だけ。

その足は髪の毛に巻き付かれ、鍵は取れそうもない。

他には!何か無いのか!?

携帯電話を掛けるのは?電話もないしここは水中だ!

そうだ、友人ではなく、プールの監視員を呼ぶのは?

同じ事だ!人を呼ぶ方法を探しているんだ。

万事休す。

こうなったらテレパシーで友人たちを呼ぶか?

・・・テレパシー?

そういえば自分はどうやってこの幽霊を見つけたのだったか?

黒い塊だ。

水面から水中の黒い塊が見えたんだ。

だから様子を見るために、こんな災難に見舞われている。

これを真似できないだろうか?

水面に何か見えるものを浮かべれば・・・。

壱太は必死に歯を剥いた。


 壱太の友人たちがプールで水遊びをしている。

しかしそれも流石に疲れてきたな、という時。

一人の女子学生が指さして言った。

「ねえ、あそこ、何か浮かんでない?」

「どこ?」

「あっちの奥の方。」

「・・・本当だ。赤い何かが浮かんでる。」

「あれ、血じゃないか?」

「そういえば壱太がいない!」

「もしかしたら壱太の血かも!」

「助けなきゃ!行こう!」

それは、壱太の苦し紛れの悪あがきだった。

このままでは足に巻き付いた髪の毛で溺れ死んでしまう。

何とか水面に何かで合図できれば。

そう考えた壱太は、使えるものがないか探した。

しかし水中には何も無い。素肌の自分の身だけ。

「・・・素肌?」

そこに目を付けた。

壱太は剥き出しの自分の腕に噛みついた。

まるでバーベキューの肉でも頬張るように、全力で噛みついた。

その結果、壱太の腕から少なくない量の血が流れ出て、

血は水と混ざって赤くなり、水面まで血が届いたというわけだ。

「みんな、気付いてくれ!」

壱太はさらにもう一本の腕にも噛みついた。

腕から血が流れ出て、水を赤く濁らせていく。

すると、血のダイイングメッセージならぬ生のメッセージは届いた。

友人たちが異変に気づき、壱太のところにやってきたのだ。

「ここだ!壱太が沈んでる!」

「みんなで引っ張り上げよう!」

さすがの髪の毛も、数人で引っ張れば、切れずとも解けていく。

そうして壱太は意識を失う寸前で、水面に引き上げられたのだった。


 壱太が水面に引き上げられた時、顔色は真っ青で死体のようだった。

だから友人たちは手遅れだったかとうろたえたが、

すぐに壱太が咳をして水を吐き出し始めたので、安心した。

壱太の咳はなかなか止まらない。

プールサイドに引き上げられて、ようやく話せるようになった。

「幽霊・・・幽霊がいる・・・」

「なんだって?」

「幽霊ってお前、足が吊っただけじゃないのか?」

「いや、違う・・・これを見てみろ。」

壱太が足を差し出すと、そこには千切れて巻き付いたままの長い毛が、

大量に巻き付いていた。

それを見て、友人たちは壱太の話が本当だと信じるしか無かった。


 壱太が落ち着くまで、しばらくの時間を要した。

その間に友人たちが言う。

「まさか、プールに幽霊がいるなんてね。」

「このプールが空いてたのは、そのせいか。」

試しに監視員にこのことを告げようかと思ったが、

耳が遠いのか、高齢の監視員はこちらに気付きもしなかった。

「もう帰ろうぜ。監視員があんなじゃ、このプール危ないよ。」

「そんなことより幽霊よ。早く帰りたい。」

しかし、溺れかけた当人の壱太が、それを制した。

「みんな、ちょっと待ってくれ。

 あの幽霊の顔に見覚えがあるんだ。

 あれは、数年前に事故で溺れ死んだ女の顔だった。」

「本当か?」

「間違いない。

 きっと、あそこに化けて出るのは、あそこで溺れ死んだからだろう。」

「ということは、そこに事故の原因がある?」

壱太は頷く。

「多分。僕はあの幽霊を助けてやりたい。

 みんな、協力してくれないか?」

「そんな怖いこと、あたしは無理!」

「できる人だけでいいからさ。頼むよ。」


 結局、壱太の頼みに友人たちはみんな乗ってくれた。

人数は十人以上。十分だろう。

壱太の作戦、それは。

「みんな、これから溺れている幽霊を助けてやろうと思う。」

「なんだって!?」

「あの幽霊は、お前を道連れにしようとしたんだぞ?」

壱太はそこで思い出す。水の中での出来事を。

そして口を開く。

「それが俺たちの勘違いだと思うんだよ。

 よく言うだろ。溺れる者は藁をも掴むって。

 あの幽霊は、俺を溺れさせたかったんじゃなくて、

 溺れて苦しくて近くのものを掴んだだけなんじゃないかって思うんだ。」

「何とも言えないな。それで?」

「みんなで一斉に水の中に入れば、掴むものが一杯で、

 力も分散すると思うんだ。

 さっきは俺が一人で近付いたから、溺れさせるほどの力になったけど、

 人数が多かったら掴む髪の毛も分散して、力も弱まると思うんだ。

 このプールが再開された時のことを考えたんだ。

 きっと再開時は、それなりに人が来たんだと思う。

 だけど、水中から足をひっぱられて、気味が悪く感じた。

 そうして人が減ると、力が集中して溺れかけるほどの事態になる。

 結果として、誰も寄り付かなくなったというわけだ。」

友人たちは納得してくれたようだ。

「なにより、事故が原因不明のままってのが気持ち悪いもんな!」

こうして壱太たちは、再びプールの水槽の中に入っていった。


 この一帯はプールの底が深い。

壱太たち一行は水に頭から潜る形となった。

そうすると、出た。現れた。

幽霊の女が、水に長い髪の毛をゆらゆらと揺らしながら現れた。

髪の毛は腕や足に絡みついてくる。

しかしこちらの人数は十人以上。

この程度の髪の毛、手で力を入れればほどける程度だった。

友人たちが幽霊の相手をしてくれている間に、

一他はさらに深く潜っていった。

そして見つけた。事故の原因を。

それは、古い排水溝。

そこに、少なくない量の、長い髪の毛が絡まっていた。

それは複雑に絡まっていたので、壱太は解くのを諦めた。

ガン!古い排水口に蹴ったり肘打ちしたりする音が水中に響く。

髪の毛が解けないなら、絡んでいる物ごと外して引き上げようというのだ。

壱太の狙い通り、古い排水口は叩けば壊れて外れた。

「この女の人が溺れた時、この方法に気が付いていれば・・・」

溺れる者は藁をも掴む。

溺れて慌てた人間に冷静な行動を求めるのは無理がある。

髪の毛ごと蓋を取ると、女の幽霊は髪の毛で掴むのを止めた。

そして、水に溶けるかのようにあぶくの塊になって消えてしまった。


 壱太と友人たちは、誰ひとり欠けること無くプールから帰還した。

そして壱太は古い排水口の蓋の件を友人たちに話をし、

市営プールの運営者に伝えた。

数年前の若い女が溺れた事故の原因は、

長い髪の毛が古い排水口に絡んで溺れたのが原因。

市側は直ちに件のプールを閉鎖した。

今後の対応は未定。もしかしたらもう再開はないかもしれない。

しかし壱太たちは、市側にプールの再開を熱望した。

市側も、取り壊すより改修する方が安上がりであると判断したらしい。

伸び伸びになっていた改修工事の後、

件の市営プールは開放再開されることになった。

しかしもう今年の夏も終わる。

この市営プールの開放が再開されるのは、来年になるだろう。

来年の夏が来たら、またこのプールに来よう。

誰も寄り付かなくても、自分たちだけは。

壱太たちはそう思う。

なぜなら、あの時水中で、聞こえるはずのない声を聞いたから。

「助けてくれてありがとう。今度は一緒に遊びましょう。」

幽霊との約束を果たすため。

それが壱太たちのささやかな夏のレジャー。

壱太たちと友人たちの思いは同じ。

今年の夏が終わる。でも来年も夏は来る。

今から来年の夏が待ち遠しい。

なぜなら、夏が来る限り、この信じられない体験は、

本当のことだったのだと確信できるのだから。



終わり。


 幽霊が出るのは夜と相場が決まっています。

昼間でも幽霊が出るのは、水中のような非常時のみ。

ですので、昼に幽霊が出るプールを舞台に選びました。


爽やかな夏の怪談にするべく、

誰もが不幸にならない話にしました。

幽霊も壱太たちも、来年の夏は楽しくプールで遊べるでしょう。


お読み頂きありがとうございました。


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