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ガレット

そば粉を薄く伸ばしてクレープみたいに焼いたら、ベーコンとほうれん草とチーズをたっぷり。

仕上げに真ん中に卵を落として四隅をお行儀よくパタンパタンと織り込む。

白身が白くなるまで蓋をして目を離さないようにフライパンを見つめる。

キミはとろりと半熟が良い。時間を置きすぎたら一大事。


料理が出来上がっていく瞬間を見つめるのが好きだ。

それは、フライパンの中のガレットだったり、時にはお鍋の中の卵だったり。

オーブンの中で膨らむスポンジケーキだったり。

今か今かと、見つめている時間がとてもとても好きだ。


「チンと鳴るから、向こうで遊んでいようよ」と姉から言われてもオーブンの前から離れたくなかった。

オーブンの熱気、膨らむ生地、次第に漂ってくる甘い香り。

それらすべてに幸せが詰まっている気がして、幸せに包まれている気がして、もったいなくて側から離れたくなかったの。

姉はいつも呆れて一人で遊びに行ってしまっていたっけ。

思い出して、ちょっと笑いが漏れる。


私の隣で一緒になってフライパンの中を眺めていたチハ君が、不思議そうに私を見上げた。

チハ君は不思議な子だ。

私のこと変なのって言うくせに、自分だってとっても変。

無愛想なくせに、妖精にせがまれて歌っちゃう。

変なのって言いながら、私の行動を楽しむみたいに後をついてくる。

とっても可愛い男の子。

一緒に暮らし始めて、半年とちょと。

ほどけるように二人の間に遠慮かが消えて、ずっとずっと愛おしくなって、チハ君と妖精たちのいない生活になんてもう戻りたくないなって思う。

チハ君んといると、成長と共に失われていった自分の丸くて柔らかい部分が疼き出す。


「もうちょっとで焼けるよ」


チハ君の猫みたいな目を見つめてそう告げると、クンと鼻を鳴らしてこっくり頷いた。

つむじがなんて可愛いんだろうね。


「うれしくって笑ったの?」


チハ君がそう尋ねた。


そう。


「うれしくって笑ったのよ」


にっこり告げると、チハ君は目をまん丸にして、それから直ぐにフイッと顔を背けてしまった。

シンクに掛けた両手に顎を乗せて、「ふうん、変なの」と呟く。

素っ気ない仕草の中になんだか照れたような雰囲気を感じてほっこりしてしまう。

ついついフライ返しを持つ反対の手で、猫っ毛をくしゃっと撫でた。

チラリと私を見上げて、チハ君は目を眇めた。


「もう、大丈夫みたい」


チハ君が言った。

私にかな。それとも妖精に言ったのかな。

独白みたいにチハ君は言ったけれど、それはまるで私の心の声を代弁しているようだった。

私も、こっくり頷く。

姉さんとの思い出を、懐かしく振り返ることができるようになった。

チハ君のおかげだよ。うれしくなっちゃったんだよ。


 「この世で一番好きなのは、お料理すること食べること」


有名な絵本の歌を歌いながらパッとフライパンを開ける。

チハ君のまん丸の目が、フライパンの中を覗き込んで、きゅっと喉を鳴らした。

おいしいって言ってくれるかな。楽しみだな。

チハ君においしいって食べてもらいたいから、一人だとついつい手を抜くお料理もとっても楽しい。

一緒に食べると、とってもおいしい。

この世で一番好きなのは、お料理すること食べること、ウィズチハ君。


 「チハ君、お皿とって」


ん、っと手渡されたお皿にガレットを乗せて、チハ君に手渡した。


 「食べよう、千春」


チハ君は両手に大事そうにお皿を抱えて、こっくりと頷いた。


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