レイニー
きなこさんは、変な人だ。
朝起きて雨が降っているのに、「洗濯物ほそう」ってウキウキしながら洗濯機を回す。
「チハくんチハくん手伝って」て、まだ眠い僕の手を引っ張って、部屋中に張り巡らせた麻紐に丁寧に洗濯物を吊るす。
あっという間に、部屋は洗濯物だらけの空間になって、たっぷり入れた柔軟剤の香りが柔らかく部屋中を満たした。
それから2人、部屋の片隅でクッションにうもれながら、下からその光景をぼんやり眺めていると、きなこさんが満足そうにため息をつく。
「ふふ。秘密基地みたいだねぇ」
変なの。雨なのに朝から張り切って洗濯して言う台詞がこれ。
変なの。
「ねぇねぇチハくん。雨の日は、妖精さんは大丈夫かなぁ」
きなこさんは、こうやって度々僕に聞く。
そんな時、僕は戸惑う。 小学校の同級生は僕を嘘つきとか、宇宙人だって笑った。
お母さんもお父さんも、僕が妖精と話しをするといつも悲しい顔をした。
なのに、きなこさんは違うんだ。
僕を通して妖精を見るって言う。
「大丈夫だよ。葉っぱの下にいたり、部屋の中に入って来たり…」
僕にとって、小さいその生き物たちがいる光景は当たり前だった。
妖精って呼ぶのが正しいのかは分からないけど、お母さんが、きっと僕にしか見えない妖精なのねって言ってたから、人間が言うところの彼らは妖精らしい。
僕にしか見えない。 僕にしか見えなかったんだ。
何だか、胸がぎゅってなって、僕は隣に寝そべるキナコさんにすりよった。
「んん?チハくん?まだ眠いの?」
きなこさんは、優しく僕の髪をすく。
その感触を失いたくなくて、僕はわざと、ぐずるように眠たい振りをした。
僕はね、生まれた時わかったんだよ。
きっと僕は満月の夜の妖精の取り換え子なんだって。
だから、同級生より妖精と話してた方が自然だったし、お母さんとお父さんは好きだったけど、僕が無表情なのが怖いとか、精神病院へ連れて行こうって話しを妖精伝いに聞いちゃうと、やっぱり僕は彼らを心から信頼することが出来なかった。
だから彼らが事故で死んでしまった時、僕はとうとう妖精に戻るんだって思ったんだ。
なのに、何でかな。
きなこさんが僕を抱きしめて泣いた時、可笑しなことに、僕は初めて泣いた。
熱くて、よく分からない感情の波が僕を人間に留めてしまったのかな。
僕は、本当はちょっとがっかりしてしまったんだけど、こうしてきなこさんに触れるたび、まあいっか。て思うのも本当。
僕は人間より、妖精よりきなこさんが好きみたい。
きなこさんは変な人。
僕が好きになった初めての人間。