第九話 いえ、結構です
「永久就職って……えっと、どういうことです?」
「それはもちろん、俺と結婚しようってことだよ」
さらっととんでもないことをニコニコしながら言うレイス。
思わずフェリシアは自分の頭がおかしくなったのかとも思うが、周りの聞き耳を立てていたらしいスタッフがこちらを見ながら顔を赤らめているのを見て、これは現実だと理解する。
「いやいやいやいや、話聞いてました? 私、これから一人で生きていこうとしてるって」
「聞いたさ。でも、女の一人生活って厳しいと思うよ? いくら治安がいいとこだと言ってもさ。絶対男手が必要になるときが来ると思う」
「そ、れは……そうかもしれないですけど……でも、いくらなんでも会ったばかりの人と結婚だなんて。そもそも、レイスには恋人はいないんですか?」
「うん、いないよ」
「奥様も婚約者も?」
「いないよ。いるように見えるのは嬉しいけど、悲しいかな。俺も相手がいないんだ」
言葉とは裏腹にレイスはずっと笑顔のまま。
何がそんなに楽しいのかわからないくらいの満面の笑みをしている。
(スペックは高そうなのに、相手がいないってどういうことかしら。話していて性格に難があるようには思えないから、もしかして浮気性とか? ……ありえる)
こんなにフットワークが軽いなら軟派な気質があるのかもしれない。そもそもフェリシアに声をかけてきたこと自体ナンパであったと今思い出す。
それならモテはすれど特定の相手はいないという言い訳は成り立つ。
(愛人の一人にでもするつもり? そんなの絶対にごめんだわ)
まだ確定していない勝手な妄想だというのに、思い込んで憤るフェリシア。
エドワードに裏切られたばかりの彼女は今、男性に対して疑心暗鬼だった。
「いえ、結構です。永久就職はお断りします」
「どうしても?」
「どうしても。そもそも、レイスは私のことよく知りもしないでしょう」
「そうだね。知らないことばかりだ。だからこそ、もっとフェリシアのことが知りたいな。借りてる宿はどこ? もしよかったら、俺と同じ宿に来ないかい? もっとフェリシアと話がしたいんだ」
「結構です。失礼します」
ナンパな言い草に思わずカッと頭に血が上る。
そしてフェリシアはカバンを引っ掴むと、注文した以上のお金をその机に勢いよく置いて、脇目も振らずにその勢いのまま店を出た。
(あぁ、もうっ! 何て日なの……!)
せっかく美味しい食事をして幸せな気分に浸っていたというのに、とんだ災難だ。昨日といい今日といい不運続き。とにかく男運が悪すぎる、とフェリシアは嘆いた。
いい人だと思ったのに、男なんてろくでもないやつばかり。親切心で通訳して相席までしたというのにこのザマなんて、最初から何もするんじゃなかったとフェリシアは憤りながら宿までの道を早足でずんずんと突き進む。
すると、不意に腕を掴まれる。
まさかレイスが追いかけてきたのかと、キッと睨むようにすぐさま振り返るフェリシア。
しかし、そこにいたのはレイスではなかった。
「おー、こわーい。どうしたの? 彼氏と喧嘩でもした?」
「おねーさん、一人でどこ行くの〜?」
「ねぇねぇ、ボクらと一緒に遊ぼうよー」
「……っ!」
フェリシアよりも遥かに身長の高いガタイのいい男三人に囲まれ、フェリシアは恐怖で息を飲む。
咄嗟に逃げようとするも腕を掴まれてしまっていて、振り解こうにもがっしりと掴まれたまま。
体格差でジリジリと迫られ、身体が強張る。
「お。怖がらせちゃった? だいじょーぶ。だいじょーぶ。一緒に遊ぶだけだよ〜」
「そーそー。こわくなーい! こわくなーい!」
「おれら、女の子にはめちゃくちゃ優しいから。そんなに怯えなくていいよー」
フェリシアが恐怖で竦み上がっているのを見て、三人は下卑た笑みを見せながらゲハゲハと品のない声で笑い出す。
どうも三人は酔っ払っているのか赤ら顔で呂律が回っておらず、足取りもおぼつかない状態でふらふらとしていた。
(ついカッとなって状況判断が疎かになってた)
日はとっくに沈み、辺りは真っ暗。
よくよく考えてみれば、そもそも食事を食べに宿を出たのが夕方。帰宅時に日が暮れることなどわかりきっていた。
ついさっき女性一人での行動は危ないと言われたばかりだというのに、それを拒んでのこの失態。レイスに会ったら「ほら見たことか」と言われても言い返せない。
(最悪だ……)
万事休すの状況に、どうしようかと考えようとするも焦りで思考がグチャグチャで何も考えられない。
多勢に無勢。体格差に男女差。
どう考えてもこの状況は詰みだった。




