第八話 トラウマど真ん中
レイスはとても明るい人だった。話題も豊富で話が尽きず、受け答えもポジティブに返してくれてフェリシアも自然と笑顔になる。
(これはモテるだろうなぁ……)
長い癖のある真っ赤に燃えるような髪を一つに結え、鼻筋が通っていて程々に日焼けした肌。節張っている手や程良く筋肉のついた身体つき。おまけに長身。
それでいて人当たりよく、コミュニケーション能力も良好。これは絶対に婚約者の一人や二人いてもおかしくない好物件である。
(エドワードも見た目だけはよかったけど、頭が残念だった上に性格に難ありだったからなぁ)
先程、一瞬でもエドワードと重ねてしまったことが申し訳なく感じるほどレイスはいい人だった。
エドワードのように受け身でもなければ、気を遣ってもらうことが当たり前といった様子もない。さらに言えば、どんな会話をしても嫌な顔をすることもなくポジティブに捉え、親身になって聞いてくれるところに好感が持てた。
「そういえば、フェリシアがケーキに選んだソースはリンゴンベリーだっけ? クローレでは見ない果物だけど、それはどんな味なんだい?」
「食べてみます?」
「え、いいのかい?」
「いいですよ。どうぞ」
行儀で言ったらかなり悪いが、今はもう王太子妃候補という立場ではない。多少行儀が悪くても誰に咎められるわけでもないからいいだろうとフェリシアはレイスにケーキが乗った皿を差し出した。
「へぇ、これがリンゴンベリー! ストロベリーともラズベリーとも違った甘酸っぱさだね」
「えぇ。甘さと酸味がほどよいバランスで美味しいですよね。ちなみに、美白効果や肥満防止効果があるらしいですよ」
「そうなんだ! 知らなかったよ。フェリシアは詳しいね!」
「ちょっと雑学が好きなもので」
褒められて思わず照れる。
自ら覚えたものではないが、褒められて悪い気はしなかった。
「雑学も知ってて、クローレ語も話せて、フェリシアはすごいよ! クローレ語ってクセがあるだろう? 国が僻地にある上に語順も他国とは違うから、なかなか浸透しなくてね」
「私の場合、趣味で覚えたみたいなもので」
「それで覚えられるのがすごいよ。俺はヘリオンに来るために共通語を勉強したというのに、結局ほとんど覚えることもできずに今に至っているしね」
「レイスはヘリオンへは戴冠式を見に?」
「そうだよ。ちょっと仕事でね。でも、一通り見るところは見たし、やることもやったから、今はただ観光中。仕事でもないとなかなかここへは来る機会もないからね」
「なるほど」
確かに、クローレからわざわざ来たなら観光くらいしたいだろう。滅多に来れないならなおさらだ。
「フェリシアも仕事で? それともご家族と旅行中かな?」
「私は……仕事……というか今求職中で」
「へぇ、求職中。それは興味深いね。詳しい話を聞いてもいいかな?」
「いや、別に大した話じゃ……」
あまり詳しく聞かれても困ると、当たり障りのない話をする。元々勤めていたところが潰れてしまって、家族もいないので一人で生きていくために仕事を探しているのだと適当に誤魔化した。
「そうなんだ。特に国も問わない感じ?」
「まぁ、そうですね。治安がよさそうであればどこの国でもいいかなって。もう実家もないですし、特にこだわりもないので一人で自由に好き勝手しようかなって」
「でも、女性の独り身というのは危険がつきものだろう? そもそも、こんなに美人で賢くて素敵な人なら周りの殿方が放っておかないんじゃないか?」
レイスの言葉に思わず固まる。
(つい昨日婚約破棄されたけどね。しかも、その婚約相手に殺されかけたし)
そんなこと言えるはずもなく、フェリシアは強張った笑みを浮かべることしかできなかった。
レイスとしては、気遣ってそんな軽口を言ったのだろうが、フェリシアとしてはトラウマど真ん中に突っ込まれて、なんて答えたらいいかわからなかった。
「だといいんですけどね」
とりあえず、無難に答えておく。
すると、レイスの瞳が一瞬だけ鋭くギラッとしたような気がした。
「……その反応だと、フェリシアにはもしかして特定の人はいないのかな?」
「あーまぁ……そうですね、いないです。まぁ、恋愛だの結婚だのに憧れは特にないので、一人気ままに悠々自適に生活できればいいかなーって」
「そうなんだ」
(もう、婚約だの結婚だのはこりごりだ)
好きだと尽くしても、一方的であったら報われない。努力したところで、振り向いてもらえなかったら意味がない。
いざ結ばれたとしても、途中で心変わりしたらそこで全てが終わって捨てられてしまう。
そんなもの、フェリシアはまっぴらごめんだった。
そもそも、フェリシアはこれ以上無駄な感情に振り回されるのは飽き飽きだった。そういった恋だの愛だのに向いてない。感情を揺さぶられるくらいなら勉強のほうがマシだと思っていた。
「ところで、話を戻すけど……フェリシアは求職中だって言ってたよね?」
「はい。できれば通訳の仕事とかできたらいいなーって。もちろん、他の仕事でも私ができることなら何でもいいんですけど」
「それならさ、これも何かの縁だし俺のところに永久就職しない? もちろん、不自由はさせないよ」
あまりの急展開に脳がついていかない。
フェリシアはレイスに言われたことを理解するのに時間がかかり、すぐに反応することができなかった。
「…………………はい?」




