第七話 初通訳
「お困りですか? もしよければ、私が代わりに通訳しますよ」
「え! いいんですか? でしたらすみませんが、このお客様に白亜のケーキにおかけするソースをどれにするか聞いていただきたくて」
「わかりました」
先に女性スタッフとやり取りしたあと、フェリシアは男性客のほうに振り返る。男性客は相変わらずニコニコと人好きするような笑みを浮かべていた。
「失礼。白亜のケーキをご注文されましたよね? そのケーキにかけるソースを選べるのですが、ラズベリー、ストロベリー、リンゴンベリー、のうちどれになさいますか? と彼女が聞いています」
「あぁ、なるほど。彼女は私にずっとそのことを聞いていたのか! それは悪いことをしたね。では、ストロベリーソースでお願いしよう」
「承知しました。……彼はストロベリーソースを希望だそうです」
「っ! そうですか! ありがとうございます! とっても助かりました!」
「いえ、お気になさらないでください」
フェリシアが微笑むと、焦った様子のスタッフは大きくぺこりと頭を下げてそのまま小走りでキッチンの方へ駆けていく。
(ちょっと緊張したけど、通じたようでよかった)
知識として覚えていることと、実際使えるかどうかは別である。
今までクローレ語を習ってはいても一度も使ったことがなかったフェリシアは、今回初めて現地の人と話すことになってとても緊張したが、無事に通じてホッとする。それと同時に、自分の語学力はちゃんと通用するのだという自信にも繋がった。
(こんな感じで通訳の仕事をしたら生きていくにはどうにかなりそう。需要と供給で考えるなら、クローレみたいに遠方の国で世界的に見たら使う人は少ないけど、使えたら便利っていう言語を利用するのがよさそうね)
となると、貿易関係とかの仕事を探すのもアリか、などと考えながらフェリシアが自席に戻ろうとすると、突然掴まれる腕。
思わず「え?」とそちらを向けば、先程の男性客がフェリシアの腕を掴んだまま笑顔を向けていた。
「あの、何か……?」
「キミ、クローレ語が話せるんだね!」
なぜか目をキラキラと輝かせる男性客に、困惑するフェリシア。
「え、えぇ、まぁ。と言っても世間話程度ですけど」
「それでじゅうぶんだよ! いやぁ、クローレ語が話せる人なんて国内以外で初めて会ったよ!」
「この辺じゃクローレ語を話せる人は少ないですからね」
とりあえず当たり障りない答えを返して、どうにか自席に戻ろうとするも、未だにがっちりと腕は掴まれたまま。無理に振り解くわけにもいかなくてどうしようかと困惑していると、自席に先程頼んだデザートが届くのが見えた。
これ幸いと、フェリシアはそれを口実に手を離してもらおうと考える。
「あの、すみません。デザートが届いたようなので、席に戻らせていただいても?」
「そうか、キミも俺と同じデザートを頼んだのか。であれば、ここで会ったのも何かの縁だ。せっかくの機会だし、相席はどうかな? 実はずっとクローレ語を話せる人がいないせいで、心寂しくてね。あと、俺としてはもっとキミのことが知りたい」
(これは、いわゆるナンパというやつだろうか……?)
クローレの人は随分と積極的だなぁと思いつつも、まだ腕を掴まれたままで引くに引けない。
(うーん、困ったなぁ。どうしよう)
強引なところが多少気になるが、多分悪い人ではないのだろう。実際、言葉が通じないという心許なさから来る寂しさも理解はできる。
(まぁ、これも何かの縁と言われたらそれもそうか)
人の縁というのはどこで繋がっているかわからない。全ての縁を手放してしまったフェリシアにとって、これからを繋ぐ縁はあって損はないだろうと前向きに考えることにした。
「わかりました。では、お食事の間だけでもご一緒させていただきます」
「ありがとう。俺はレイス。キミは?」
「私はフェリシアと申します」
「フェリシアか、素敵な名だ」
一瞬。ほんの一瞬だけそのセリフがエドワードと重なってしまって、思わず固まるフェリシア。
(何で思い出すの)
自分の中では割り切ったつもりだったのに、まだやはり心の奥底では彼のことを引きずっていたのかと自覚して苦い気持ちになる。
(いえ、そりゃ昨日の今日だものね。すぐに割り切ろうとするほうが無理か)
苦しさが込み上げそうになって、慌てて気持ちにまた蓋をする。これからせっかくのデザートというのに、苦い気持ちでとっておきのデザートは食べたくないと念入りにギュッギュッと記憶を奥へ奥へと押し込んだ。
(よし。これでいい。今はレイスとデザートを楽しむことだけを考えましょう)
「えっと、では席からお皿を持ってきますね」
「あぁ」
ようやくレイスの腕から解放されて、フェリシアは先程まで自席だった場所からレイスのところに皿を運ぶ。そして、レイスの向かい合わせの席に腰かけるのだった。




