第五話 ベッド最高
あれから無事に泊まれる宿屋を見つけ、部屋に入るなりベッドにぶっ倒れてそのまま寝入ってしまったフェリシア。
そのまま延々と寝続け、気がつけばとっぷりと日が暮れていてもう夕方。どうやら約半日以上眠り続けていたらしい。
「ふわぁ〜……ぐっすり寝た〜。こんなにたっぷり寝たのはいつぶりかしら……」
たっぷりと泥のように眠っていたフェリシアは、目を覚ますとベッドの上で転がりながら大きく伸びをする。
普段であれば早朝から叩き起こされ、ずっとマナーやら勉強やらと一日中王太子妃教育を受けていたが、誰に起こされるわけでもなくただひたすらにベッドの上でこのように惰眠を貪れるのは至福以外のなにものでもなかった。
「ベッド気持ちいい〜! あーもー、ずっとこのまま寝ていたい……」
国外逃亡で心身共に疲弊していたフェリシアは、ベッドの居心地のよさに感動する。正直、ベッドの質でいったら実家よりも劣るだろうが、それでも疲労困憊だった身体にはこのベッドは至上だった。
睡眠不足と使いすぎで眩暈と頭痛が酷かった頭も今はスッキリしているし、歩き疲れて足が棒のようになっていたのも今は解消されていて、ベッドで寝ることの偉大さを実感する。
そして、何より誰に咎められるでもなくベッドでひたすらゴロゴロとできる環境が最高だった。
「ずっとここにいたい……けど、さすがにそんなわけにはいかないわよね。ずっと女一人で泊まり込んでいたら不審者だと通報されるかもしれないし」
できればずっと自堕落な生活を送り続けたいと思う気持ちはあるが、フェリシアはとにかく現実主義だった。そのため、どうしても思考は現実的なほうに向いてしまう。
「いられて、一週間……いえ、四日くらいかしらね。それまでに次にどこに行くか決めておかないと」
今は戴冠式という名目で大量の観光客が押し寄せてる状態なので目につかないだろうが、長期滞在し続けたらきっと不審に思われることは確実だ。
ある程度のまとまったお金は持っているものの、普通の同年代の女性が持つ金額よりははるかに多いので、疑いの眼差しを向けられて居づらくなるのは嫌だった。また、防犯の意味でも女がずっと一人で滞在しているとバレるのは危ないだろう。
ヘリオンは比較的治安がいいとは言われているが、それでもフェリシアのような若い女性が一人で長時間ふらふらとしていられるかどうかは金銭的にも性的にも被害者となりうる要素が大きい。
「となると、あまりこのまま惰眠を貪りすぎて宿屋の主人に不審がられても困るから、観光客らしく日中は出歩くのがいいわよね。とはいえ、今日一日くらいはゆっくりしてても問題ないでしょ」
さすがに一日くらい怠惰な生活を送っていても宿屋の主人に不審には思われないだろうと、フェリシアはベッドでゴロゴロと転がる。
髪はボサボサ、服もぐちゃぐちゃ。
ただぐだぐだとベッドに転がって無駄な時間を過ごす。
「あー、なんて最高な一日なんだ……」
ぐぅぅぅぅぅ……!
そうやってゴロゴロとしていると、お腹から鳴り出すけたたましい音と共に感じる空腹感。
そういえば、最後に食事をとったのが婚約破棄を言われる前の昼食だったことを思い出す。
「そういえば、ほぼ丸一日食べてなかったのか。すっかり忘れてた」
逃げることに必死でそれどころじゃなかったのですっかり忘れていたが、こうしてとりあえず安全も確保し、惰眠を貪れる環境にいることで気が抜けたせいか一気に空腹感と食欲が押し寄せてくる。
「まずい。自覚したらますますお腹が減ってきた」
つい先程もう一眠りしようと思っていたはずなのに、今のフェリシアの頭の中には何か食べたいということしかなかった。
一応、荷物の中に保存食はたんまりとあるが、まだ先行きが不透明な状態でここで消費してしまうのはもったいないだろう。
今いるのは王都なのだし、せっかくヘリオンに来たのだから、できればヘリオンの名物を食べておきたい。
「そうだ! 今までヘリオンではコース料理しか食べさせてもらえなかったから、普通の下町の料理屋さんに行くのもアリよね。ふふ、楽しみ」
とりあえず適当にご飯屋さんを見つけて何か食べてしまおうとフェリシアはベッドから身体を起こす。
今まで立場柄食事は全て先方に提供されるがままで選択肢などなかったが、こうして独り身で自由になった今は自分の思い通りに行動できるのだと気づくフェリシア。
そう思うと、自然と胸が弾んだ。
婚約破棄からの処刑、もとい国外逃亡という嫌なことばかりだったが、案外こういう自由や選択肢ができたのは悪くないかもしれない。
(まぁ、まだ楽観視はできないけど。ここでくよくよ考えたってしょうがないものね。なるようにしかならないのだし、ポジティブに考えないと)
今だけでも楽しい気分になるのは悪いことではないだろう。後ろ向きでいたって事態が好転するわけではないのはフェリシアにはわかっていた。
「さて、何を食べようかしら。好きなものを好きなだけ食べてもいいのよね。やだ、想像したらお腹が減りすぎて痛いくらいだわ! 早くお店を探しにいかないと」
どんなお店があるのか、どんな料理があるのか。
フェリシアはすぐさま寝癖を整え服を着替えると、貴重品が入ったバッグだけを持って部屋を飛び出し、宿屋の主人からレストラン街のある場所を聞くなり軽い足取りでそこへ向かうのだった。




