第十六話 願ったり叶ったり
「うーん! 美味しい! 評判通り、ここのステーキは肉厚でジューシーでとっても美味しいわね!」
「あぁ、こんな美味しいステーキは初めて食べたよ。火加減がとてもいい。しっかり火が通っているのに柔らかい肉なんて、クローレにはなかったよ。やっぱり言葉が話せたり知識があったりするって素晴らしいね。フェリシア様様だな」
「私はただ街の人に聞いただけだから、そんなに褒められると困るわ」
フェリシアとレイスはヘリオンからベッツェに行き、さらにオリエン、ネージオ、クリエントとクローレに向かって南西に進んでいた。
レイスの希望通り通訳しながら各地の絶品料理を食べ歩いているのだが、どの国も美味しいものだらけでフェリシアはたまに自分が国外逃亡している身だと忘れそうになるほど日々を充実させていた。
「いよいよ、次はクローレね」
「あぁ。……もうこの旅も終わってしまうと思うとなんだか寂しいな」
フェリシアは、驚くくらいレイスと気が合った。価値観も同じであれば、笑うツボも一緒で味付けの好みも同じ。知識も同等くらい持っていたので会話も弾み、まだ出会ってから一か月も経っていないというのに、喧嘩一つすることなく楽しい旅をしていた。
だからこそ、フェリシアもレイス同様この旅が終わってしまうことを少し寂しく感じていた。
「確かにそうね。でも、クローレにも絶品料理があるのでしょう? クローレに着いたらぜひ紹介してよ」
「あぁ、そうだな。わかった。我が国自慢の料理をフェリシアにお出しすることを約束するよ」
「やった! ありがとう、レイス。楽しみだわ」
クローレでは一体何を出してもらえるのだろうか、と期待に胸を膨らませる。
そうしていると、レイスがなんだか慈しむような表情でこちらを見ているのに気づいた。
「どうしたの?」
「いや。またフェリシアとこうやって美食の旅がしたいなぁ、と思って。フェリシアとの旅はとても楽しかったから」
しみじみと実感のこもった声音で言われて、思わずはにかむ。フェリシアもレイスと同じことを思っていたので、「私もまたレイスとこうして旅したいなぁ」と同調して言えば、お互い見つめ合って笑い合う。
「じゃあ、約束だよ」
「いいわよ。レイスも忘れないでね」
「あぁ、もちろんだよ」
お互い約束をし合って微笑む。
けれど、約束をしたというのに、フェリシアの心はまだ満足していなかった。
(クローレに行ったら、もうレイスとは会えないのかしら)
レイスとはあくまでクローレまでの契約だ。それ以降の約束は何もない。
だから、クローレに着いたらそこで契約終了。お互いそれぞれ自由になる。
先程また旅行しようと約束をしたが、レイスの真意はわからない。ただの社交辞令の可能性だってある。
フェリシアは、それがなんだかとても寂しかった。
(クローレに着いて一緒にご飯食べたらそこでさよなら、かぁ。でも、特にレイスを繋ぎ止める理由もないし。そもそも、永久就職についても断っちゃったし)
こんなことなら永久就職を断らなければよかったかなぁ……なんて、フェリシアの気持ちが揺らいでいたときだった。
「ねぇ、フェリシア」
フェリシアが顔を上げるとまっすぐ見つめてくるレイスの顔。なぜだかちょっと緊張しているように見えて、自然とフェリシアも緊張してくる。
「何?」
「フェリシアは以前、休職中だって言ってただろう? もし、まだ働き先を決めていないのだったら、俺のところで働かないか?」
「え……?」
まさかの提案に目を見張る。
先程といい、レイスも自分と同じことを考えてくれたのだと思うと嬉しかった。
「フェリシアが通訳ができることは既にこの旅で把握してるし、その他にも教養や知識が豊富なことも知っているからこそ頼むんだけど、俺の秘書をしてもらえないかと思って」
「レイスの秘書……?」
「あぁ。秘書として、俺のサポートをしてもらいたい。仕事は通訳よりも大変になると思うけど、そのぶんさらに報酬は上乗せするよ」
秘書と聞いて困惑する。
仕事で言えば執事のようなものだろう。レイスと一緒にいたいとは思っているが、まだレイスの仕事も知らされていないというのに、自分はレイスのサポートができるのかとフェリシアはちょっと不安になる。
「私にできるかしら……?」
「できるよ。フェリシアなら間違いなくできる。だから、フェリシアがよければクローレに着いても俺と今と変わらず一緒にいてくれないか?」
レイスにまっすぐに見つめられる。その瞳は真剣そのものだった。
(まるでプロポーズみたい)
以前永久就職を言われたときとは違った雰囲気に、思わずごくりと生唾を飲み込む。
あの日からずっと一緒にいて、あの日よりもさらにお互いのことを知っている今、レイスがどれほど魅力的な人物なのかフェリシアもわかっていた。
(だったら答えは一つよね)
「わかった。私がどれほどレイスのサポートができるかわからないけど、クローレに着いたらレイスのお仕事を手伝わせて」
仕事内容はわからない。
けれど、レイスの性格上無茶なことはしないだろう。
そもそも、モランから離れていて、島国で治安もいいクローレで就職というのは当初の希望だ。
そのため、フェリシアとしてはレイスの提案は願ったり叶ったりであった。
「ありがとう、フェリシア。とても助かるよ。じゃあ、改めてこれからも一緒にいるってことで乾杯しよう」
「もう、そんなことでわざわざ乾杯しなくても」
「いいんだよ、お祝いだから。ほら、乾杯〜」
「はいはい、乾杯。これからもよろしくね、レイス」
「こちらこそよろしく頼むよ、フェリシア」
嬉しそうな顔で笑うレイスにつられて笑うフェリシア。
まだレイスと一緒にいられる。たったそれだけで、先程まで抱えていたモヤモヤは一瞬でどこかに吹き飛んでいた。




