第十五話 バレませんように
「荷物も無事に確保したし、出発しましょうか」
朝食後、フェリシアの借りていた宿屋に行って無事に荷物を確保しチェックアウトの手続きをしたあと、改めてレイスが借りている宿屋に戻って出立準備をする。
「あぁ、そうだね。忘れ物はないかい?」
「えぇ、大丈夫。最終確認もしたし、問題ないわ」
部屋から出ると、他の人達もちょうど出立する予定だったようで、宿屋の出入り口はとても混雑していた。
(メインの戴冠式も終わったし、各国の要人は長居する予定でなければこのタイミングで帰るわよね)
フェリシアは万が一知り合いにバレたら困るとレイスの影に隠れるようにくっつきながら気配を消す。
もしここでバレたら、全てが水の泡だからだ。
「いやぁ、本当に素晴らしい戴冠式だったなぁ。オズワルド」
ギクリ。
聞き覚えのある名前が聞こえて、思わず固まる。
フェリシアがこっそりとレイスの脇から覗き込むと、そこにはまさかのモルン国王であるオズワルドがいた。
どうしてよりにもよって同じ宿屋で同じタイミングに出会してしまったんだとフェリシアは自分の不運さを嘆きつつ、バレないようにレイスの背に顔を埋めた。
「どうした?」
「気にしないで。ちょっとそういう気分なだけ」
「ふぅん。随分と積極的だな」
「ちがっ、そういうんじゃなくて。とにかく大人しくしてて」
「はいはい。わかったよ」
フェリシアはバレないように小声でレイスと言い合いながら、どうにかバレませんようにと内心祈る。
順番的にフェリシアはオズワルドの背後にいる状態なので、恐らく注目を浴びるようなことをしない限り振り返るようなことはないと思うが、それでもバレないかどうか緊張でフェリシアは今にも心臓が飛び出そうだった。
「そうだな。うちのエドワードもあれほど立派になってくれればいいのだが」
「ははは。そう言うな! エドワードくんはエドワードくんなりに頑張っているのだろう? それに、エドワードくんには優秀な婚約者がいるではないか」
ギクリ。
まさか自分の話題が出るとは思わず、再び身体を強張らせるフェリシア。何で今その話題をするの、とつくづく間の悪い自分を呪った。
「あぁ。彼女のおかげでエドワードが頼りなくてもモルンは安泰と言えるからな。あの子がいるから私はいつでも引退してもいいと思うが、万が一彼女がいなくなったら我が国はおしまいかもしれない」
(すみません。もう私、国を出てます)
そんなツッコミを直接言えるはずもなく、フェリシアは心の中で突っ込む。
「はっはっは。それは言えてるな。とはいえ、ずっとおんぶに抱っこでもいられないだろう? あくまで彼女はエドワードくんの婚約者なのだから」
「そうなんだよな。それが問題なのだよ。エドワードももう少しやる気を出してくれればいいんだが。屁理屈ばかり言って、甘言に流される性格だからな」
「まぁ、その辺は婚約者殿が手綱を握ってくれるだろう」
「そうだといいんだが」
(申し訳ありません。手綱を握れませんでした)
心の中でオズワルドに謝罪する。
あれはどうにかできるレベルではなかった。もう、占いなどというとんでもなことを言い出した時点でフェリシアの手に余る状態だった。
「とにかく、親の勝手で婚約させて色々と押しつけてしまったたぶん、彼女には幸せにはなってもらいたいと思っているよ」
(オズワルド様……)
自分に対してそんな風に思っていてくれたのだとは思わず、胸がいっぱいになる。エドワードとは対照的に自分を慮ってくれているオズワルドの言葉だけで、今までの頑張りが報われたような気がした。
(とはいえ、ここで戻るわけにはいかない)
例えオズワルドが今はこのような考えであっても、エドワードの父親である以上エドワードの発言によって考えを改める可能性はある。
フェリシアはエドワードとは違って楽観的ではなかったので、彼らの話を鵜呑みにして安易に信用することはできなかった。
(期待していただいたのに、不甲斐なくて申し訳ありません。でも、私にはもうどうすることもできなかったので、あとは頼みます)
もう国に帰らないと決めた以上、フェリシアにできることは何もない。できることとしたら、ただ祈ることだけだ。
(オズワルド様が私が国外逃亡したと知ったらどんな反応をするのだろうか。ううん、私がそんなこと考えても仕方ないわよね。元はと言えば、全部エドワードが決めたことだもの)
どっちみち、国を出ていなかったらオズワルドに会う前に処刑されていたのだ。フェリシアがモルンやオズワルドの行く末を憂いたところでどうしようもないし、どうすることもできない。
(さようなら、オズワルド様。もう会うことはないでしょうけど、お元気で)
手続きを終えたオズワルドが宿屋を出ていく背を見送るフェリシア。ちょっとだけ悲しいような切ないような、なんとも言えない気持ちが湧き上がりながら彼を見送るのだった。




