第十四話 恥ずか死ぬ
「ん……ぅ……っ!? あれ、私……っ!」
自分がいつのまにかぐっすり寝ていたことに気づいて、フェリシアは文字通り飛び起きる。
キョロキョロと辺りを見回せば、既にレイスはベッドにいない状態で、慌ててフェリシアはベッドから出た。
「おはよう、フェリシア。起きたんだね、よく眠れたかい?」
「おはよう、レイス。……先に起きたのなら、起こしてくれればよかったのに」
寝室を出ると、既に身だしなみも整えて優雅にコーヒーを飲みながら寛いでいるレイスに、フェリシアが不満気な表情で詰め寄る。
けれどレイスはさして気にする様子でもなく、朗らかに笑った。
「昨夜、体が資本だと言っただろう? 疲れているのなら寝かせてあげたほうがいいかなと思ったからさ。それに、まだ時間も言うほど遅くないし」
「そうは言ってもレイスは起きてるじゃない」
「俺は朝の日課をこなしてただけだから気にしないでくれ」
「日課?」
「朝は毎日体力作りのために走ってるんだよ」
(なるほど。だから、レイスは足が速かったのね)
昨夜、あの三人から逃げるときにフェリシアを抱えながらもレイスがものすごいスピードで走れたことに納得するフェリシア。
レイスが普段からどれほどの距離を走っているかは定かではないが、毎朝走っているというのなら体力は相当あるだろう。
「あぁ、そうそう。一通り走ってきたけど、昨日のヤツらは特に見当たらなかったから、フェリシアの荷物取りに行くのは大丈夫そうだったよ」
「わざわざ見に行ってくれたの?」
「ついでだよ、ついで。そんな遠いわけでもないし」
「ありがとうレイス」
レイスの気遣いに感謝する。
ついでだと言ってフェリシアに気遣わせないようにしてくれているところも、レイスなりの優しさだろう。
「では、朝食を済ませたら早速荷物を引き取りに行こうか」
「そうね、ありがとう。そうさせていただくわ。じゃあ、すぐに準備してくる」
「どうぞ。俺はここにいるから好きなだけ洗面所を使ってくれ」
レイスに促されて洗面所を向かうフェリシア。
そして、洗面所に着くなり鏡で自分の姿を見て驚愕する。
(何、これ……!?)
というのも、そこに映っていたのは口元にヨダレの跡がついている上、寝癖が酷いありさまになっている自分の姿。
そこで初めて、起きてそのままレイスのところに行ってしまったせいで、この悲惨な姿の状態でレイスの前に出ていたことに気づいて、フェリシアは悲鳴をあげそうになった。
(やだ、もう。信じられない! 私のバカバカバカ……!)
フェリシアは羞恥で泣きそうになりながら、すぐに洗顔して熱心に寝癖を直すのだった。
◇
「そういえば、レイスって共通語がわからないって言ってたけど、ということは昨日襲われたときって暴漢達が何言ってたかわからなかったってこと?」
「……あぁ、まぁ。何を言われてるかさっぱりわからなかったけど、とりあえず雰囲気的に罵詈雑言言われていることだけはわかったよ」
近くにあるお店で朝食をとりながら、気になっていたことを聞けば、予想通りの答えが返ってくる。
(言葉が通じないのに助けてくれたなんて)
普通であれば、言葉がわからない状態でただならぬ雰囲気のいざこざには誰も首を突っ込もうとはしないだろう。例え、顔見知りであったとしてもだ。
そういう意味では、レイスは強い上にとても正義感が強い人なのだと思った。
「レイスは普段何をしているの?」
「普段? そうだな……鍛えてたり勉強したり、かな」
「へぇ。お仕事は何してるの?」
「あー、仕事か。一応、責任者……かなぁ? 具体的に説明するにはちょっと難しいから、国に帰ってから教えるよ」
「そうなの? わかったわ」
説明が難しい仕事とはなんだろうかと不思議に思いながらも、国によって独自の仕事があるのかもしれないと納得する。
「さっきから随分と質問攻めだね」
「だって、気になるのだもの」
「そうか。まぁ、俺のことが気になってくれるというのは嬉しいことだけど」
意味あり気な視線で見つめられ、思わず固まるフェリシア。エドワードと婚約していたとき、自分から好意を示すことはあったものの逆はなかった。
そのため、フェリシアは好意をあけすけに向けられるのに慣れてなくて、どう反応したらいいかわからなくて気まずくなる。
「そんなフェリシアは何をしてたんだい?」
「え、私……?」
まさか自分のことを聞かれるとは思わず、動揺するフェリシア。
今までエドワードと一緒にいて、話を聞くことはあれど話を聞かれることは皆無だったからだ。
「そうだよ。元々モルンにいたんだろう? 求職中って言ってたけど、何でわざわざヘリオンに?」
「へ!? な、何で、私がモルンにいたって……っ」
「そりゃあ、あれだけモルンに行きたがらなかったら、誰だってモルンで何かあったのだろうって気づくよ」
「うそ……」
指摘されてそんなにわかりやすかったかと青ざめるフェリシア。隠してはぐらかしたつもりだったのに、バレバレだったなんて恥ずかしくて仕方なかった。
「あぁ、もちろん言いたくなかったら言わなくてもいいけど」
「えー、うー。……その、言いたくないというか、何というか……」
(何て言おう)
適当にはぐらかしたり嘘をついたりしたところで、勘のいいレイスにはまた勘づかれるだろう。
もちろん、正直に言わなかったからといって咎められることもないだろうが、ここで言わないというのもなんだか不誠実な気がしてフェリシアは黙り込む。
(まぁ、隠すようなことでもないか)
身分は隠しても、内容を言ったところで問題ないだろう。相手が誰だかさえ言わなければ名誉毀損することにもならないし……、と考えたところで、そもそもこんな状況になったのはエドワードのせいでしょ。それなのに、何で私が占い云々で婚約破棄いた上に処刑しようとしてきた相手に色々と気を遣わなければならないんだと気づいて、だんだんと腹が立ってきたフェリシア。
自分が悪いわけでもないのに、相手の所業を隠す必要なんてないんじゃないかと思い至った。
「……実を言うとね、婚約破棄されたの」
「え?」
「以前言ってた勤め先が潰れたというのは嘘で、本当のことを言うともうすぐ結婚する、ってタイミングで婚約破棄されたの。しかも、それが占い師に言われたからキミとは結婚できないって婚約者に言われて……」
「う、占いで?」
「えぇ、そう! 占いよ、占い! ありえる!? ありえないわよね! そんな理由で婚約破棄だなんて! 一応、政略結婚みたいな形ではあったんだけど、私の場合両親を事故で亡くして後ろ盾がなかったから、その結婚だけが頼りだったのに、そんなことになってしまって。だから、こうして国を出て一人で生きようとヘリオンに来たのよ」
フェリシアがある程度はオブラートに包みつつ、怒りのままに訴えるとレイスは呆気にとられたような表情をしたあと、「そうか、それは大変だったな」と共感してくれる。
そこで初めて、やっぱり他の人から見ても非常識だよねと自分の感情は間違っていないのだとお墨付きをもらえたような気がして、フェリシアは嬉しかった。
「占いで婚約破棄をして、婚約者殿はそのあとどうする気なんだろうか?」
「わからないわよ。しかも、別でもう相手も見繕ってるんですって。もしかしたら、占いっていうのは建前で、浮気した言い訳にでも使ってるのかもしれないわ」
「まぁ、それもありえるかもしれないが。フェリシアみたいに可愛くて美人で気立てもよくて賢い優しい子との婚約を蹴るなんて考えられないな」
「そうやって無理にフォローしてくれなくても大丈夫よ。彼にとって、私は魅力的ではなかったってだけなんだろうし」
自分で言ってて悲しくなるも、結局のところそういうことだろうと自嘲する。
占いだろうとなんだろうとエドワードがそれを否定するほどのフェリシアへの気持ちがあれば、きっとこんなことにはならなかったはずだ。
「そうやって自分を責める必要はないよ。フェリシアは悪くない。相手が悪いんだから。……そうか。そんな事情なら、確かにフェリシアが男性に対して不信感を抱く気持ちもわからなくはないし、国を出たくもなるよな」
フェリシアの話にうんうんと納得してくれるレイス。ずっと一人で溜め込んで悶々としていたからか、話して共感してもらえるだけで気持ちがスッキリとする。
「フェリシアはあまり外国に行ったことはないのだっけ?」
「えぇ。勉強したのもあって、知識だけは豊富なのだけど、実際に行ったことはほとんどないわ」
嘘は言っていない。
実際、社交界などのパーティーで他国の人と交流はあったものの現地へと赴くことはなかった。
そのため、各国にある程度知り合いはいるけれど、他国に行った経験はほとんどない。
「そうか。じゃあ、せっかくだし、これを機に色々と楽しんだほうがいい。人生一度きりだし、楽しんだものがちだからね」
「ありがとう。そうよね。後ろ向きでいたって時間は戻らないのだし、戻ったところで今更あんな人と結婚もしたくないし、だったら一人で人生を楽しむようにするわ」
今まで王太子妃になることが人生の全てだったフェリシアにとって、それ以外のことは何もかもが未知数だった。
だからこそ、今なら何でもできると期待に胸が高鳴る。
「できれば、お一人様じゃなくて俺も仲間に入れてもらいたいな」
「んー、まぁ。レイスのおかげでこうして無事に朝食を食べられているわけだし、考えなくもないけど。でも、永久就職についてはやっぱりまだ考えられないわ」
「それは手厳しいな。なら、もっとフェリシアに俺の魅力を伝えないといけないね」
そう言って軽口を言いながらウインクするレイス。なんだかそれがとてもキザなのに様になっていて、フェリシアはケラケラと笑うのだった。




