第十一話 捻くれ者
「そういえば、とりあえずフェリシアは今日ここに泊まるとして、荷物はどうしようか。宿泊先って別であるんだよね?」
「えぇ、エリアが別のところの宿屋を借りてるわ」
「そっか。んー……まだあいつらがうろついてるかもしれないから、申し訳ないけど取りに行くのは明日でもいいかな?」
「えぇ。元はと言えば私が悪いのだし」
一応連泊する予定だと宿屋の主人には話してあったので、恐らく部屋に置いて来た荷物はそのままでも大丈夫だろう。荷物は明日朝イチに回収すればいいはずだ。
「ありがとう。まぁ、あいつらが来たところで適当にいなすことはできるんだけど、下手に騒ぎを大きくして国際問題にでもなったら困るからね。部下にもくれぐれも他国で騒ぎを起こすなって釘を刺されてるし」
高級宿屋のエリアに宿泊していることを考えると、恐らくレイスはクローレの上級貴族か何かなのだろう。であれば、下手に騒ぎを起こして国際問題になったら困るという部下の言い分も頷けた。
「それにしても、レイスって強いのね。三人も相手にして傷一つついてないなんて。私を抱えて走っても速かったし」
きっとエドワードであれば、フェリシアを置いて一目散に逃げていたことだろう。そういう部分でもフェリシアはレイスに対して好印象を抱いていた。
「武術はそれなりにね。体力だけは自信があるんだ」
「そうなのね。私は運動はからっきしで」
「あれだけ走れたらじゅうぶんだよ。って、そういえば汗かいたよね。この部屋、浴室がついてるから今お湯を沸かしてくるよ」
そう言って席を外すレイス。
レイスがいなくなると同時に、ドッと疲労が押し寄せる。どうやら彼の前だからとずっと気を張っていた状態だったらしい。
(はぁ、疲れた。……え? あ、あれ、何で。寒くもないのに……身体が何で震えるの?)
なぜか急にガタガタと震え出すフェリシアの身体。
自分でも訳がわからなくて困惑していると、そこへレイスが戻ってきた。
「どうしたの? 大丈夫?」
「え、えぇ。気にしないで。すぐ治まると思うから」
「本当に? ……ちょっと失礼させてもらうよ。嫌だったら嫌だと言ってくれて構わないから」
「え? レイス、何して……」
レイスが目の前に来たかと思えば、正面からふわっと優しく抱きしめられる。突然のことにフェリシアはあたふたしながらも、彼の体温に少なからず安堵する自分がいた。
「こうして誰かの心音を聞くと落ち着くんだって。どう? ちょっとは落ち着いてきた?」
どくんどくん、と力強く打つレイスの心臓の音。鼓動を聞いているだけなのに、確かに強張っていたはずの身体から力が抜けてくる。抱きしめられる腕の強さもあって、フェリシアは少しずつ震えが治ってくるのを感じた。
「えぇ。ありがとう。レイスのおかげでだんだんと治ってきたわ」
「それはよかった。恐怖は遅れてやってくるからね。だから、きっとフェリシアは今になって恐怖が襲って来たんじゃないかな?」
「でも、私……こんな風になるの初めてで」
「そっか。フェリシアはそれだけ怖い思いをしたということだね。……でも大丈夫、もう同じ思いをしないようにこれからは俺が守るから」
優しい言葉をかけられて流されそうになる。
おひとりさまで生きていくと決めたはずなのに揺れる心。
(いやいや、私。何揺れちゃってるの。婚約破棄されたばっかでしょ。優しくされたからって絆されちゃダメよ。人の気持ちなんて当てにならないんだから)
「ありがとう。でも、本当にもう大丈夫だから。会ったばかりの人にそんなご迷惑をかけるわけにもいかないし。今日はその、レイスのお部屋にお邪魔させていただくことになるけど、明日にはちゃんと出て行くから」
「でも、一人でいたらまた危ない目に遭うかもしれないよ?」
「大丈夫よ。今回もたまたま目をつけられただけだろうし」
フェリシアの頑な態度に苦笑するレイス。
けれど、一人で生きると決めた以上フェリシアも簡単に譲るわけにはいかなかった。
「とりあえず、お風呂沸いたから入っておいでよ」
「そこは、一緒にとは言わないのね」
そういうところは紳士なのね、とフェリシアがぽろっと本音を漏らすと、レイスはふっと表情を和らげたかと思えば、優しくフェリシアの頭をぽんぽんと撫でた。
「そりゃもちろん入れるなら一緒に入りたいけど、恐怖で震える女の子を手籠にしようとするほど落ちぶれてはいないつもりだよ」
そう言って優しく笑うレイス。
(私はなんて愚かなことを言ってしまったのだろう。レイスは何も悪くないのに)
至極真っ当なことを言われてしまって、捻くれていた自分がなんだか愚かしくてフェリシアは恥じ入るように「ごめんなさい。レイスに失礼なことを言ったわ」と謝った。
「大丈夫、気にしないで。とにかくお風呂に入っておいで。服は俺のになってしまって申し訳ないけど、適当に見繕っておくよ。先程のトラブルで心身共に疲れているだろうから、ゆっくり湯船に浸かって休むといい」
「そうするわ。ありがとう、レイス」
「どういたしまして」
レイスの腕から離れると、そそくさとお風呂に入るフェリシア。なんだか居た堪れない気持ちになりながらも、湯船に浸かると「はぁ……」と自然と肩に張っていた力が抜けるのを感じるのだった。




