第十話 逃げます
「じゃ、行こっか」
「……っ、やだっ!」
「だーいじょーぶだって。悪いようにはしないから」
「きっとおねーさんも楽しめるよ」
抵抗するも、フェリシアの抵抗はほぼ意味をなしてはいなかった。体格差があるということは力の差も歴然で、フェリシアはズルズルと引きずられるように腕を引っ張られる。
「やだ……や……っ」
「ちょっとキミ達。俺のツレに一体何してるんだい?」
「……レイス……っ!」
フェリシアを掴む男の手をさらに掴む形でレイスが割り込んでくる。その表情は笑顔なのに剣呑な雰囲気を纏っていた。
フェリシアが不安に瞳を揺らしているとレイスは「大丈夫だから。俺に任せて」と安心させるように声をかけてくれる。
そんな二人のやりとりを見て、男達三人が不快感を露わにしながらレイスに詰め寄った。
「おにーさーん邪魔しないでよ」
「知り合い? でもごめんね。先約はオレたちだから引っ込んでもらえますか〜?」
「だからさっさとその手をどけろって言ってんだよ、おっさん!」
一人がレイスに殴りかかる。
思わずフェリシアが「キャア!」と怖くて目を閉じながら叫ぶと、バキッバタッという音と共に倒れる何か。
「フェリシア、逃げるよっ!」
「え? え?」
気づいたら、男に掴まれていたはずの手は外れ、代わりにレイスがフェリシアの手を握っていた。そのまま、レイスに引っ張られるような形で駆け出す。
何が起こったのかわからず振り向けば、先程絡んできた男達は何があったのか地面に転がっていた。
「どうなってるの!?」
「とにかくついてきて!」
言われた通りにレイスと共に走る。
すると、少し遅れて背後から「待てこら!」「ふざけんな」「ぶっ殺す!!」とどうやら起き上がったらしい三人の罵声が聞こえてきた。
「どうしよう、追ってきてる!」
「ちょっとスピード上げて撒こうか」
「そんなこと言っても、私これ以上早く走れない!」
王太子妃教育に運動は全く存在していなかった。そのせいで既に脚は悲鳴を上げ、これ以上早くは走れそうにはないとフェリシアはレイスに訴える。
「ちょっと失礼」
「え、ちょ……っ! レイス!?」
いきなりレイスが屈んだかと思えば、そのままフェリシアの膝裏に手を回し、抱え上げる。
いわゆるお姫様抱っこの状態になって、フェリシアは先程とはまた違った悲鳴を上げた。
「しっかり掴まってて! スピード上げるから!」
「え、まっ! きゃあっ」
フェリシアを抱えているというのに、さらに加速するレイス。
慌てて彼の首に腕を回すと、その首の太さや彼から薫る甘い香りにドキドキしながらも、フェリシアは内心「こんなときに何を意識してるの!」と自分を叱咤して、考えないようにギュッと目を瞑るのだった。
◇
「……はぁぁぁぁ、疲れたぁ〜。ごめんね、無理矢理連れて来ちゃって」
「いえ、あの状況だったら仕方なかったし。むしろ、レイスを巻き込んでしまってごめんなさい」
どうにか追手を撒き、着いた先はレイスが宿泊している宿屋だった。
フェリシアが泊まった宿とは違ったエリア。つまり高級宿屋が多数あるエリアで、モルン国王であるオズワルドと会う可能性が高い場所ではあるがそんなこと今ここで言えるはずもなく、フェリシアは受け入れるしかできなかった。
「いや、気にしないで。そもそも先にフェリシアを怒らせちゃったのは俺だし。あれは性急すぎたと自分でも思う。それから、支払いに手間取って追いつくのが遅くなったせいで変な連中にフェリシアが絡まれてしまったってのもあるし。怖い思いをさせてしまって申し訳ない」
「レイスが謝らないで。私のほうこそごめんなさい。その、女性として軽んじられたんじゃないかと思ってしまって、なんか自分勝手に怒ってしまって」
エドワードのこともあって、余計に思考を拗らせたというのもあるが、それでも一方的な思い込みでレイスに憤りを感じていたのは事実だった。
もっとちゃんと話を聞いていたらまた違った展開になっていたかもしれないのに、自分勝手に振る舞ってこの状況にしてしまったのは紛れもなくフェリシア自身だということは理解していた。
「……まぁ、実際下心はあるよ。フェリシアのこと好きだし」
「え?」
まさかこのタイミングで好きだと言われるとは思わず、動揺する。
「だから、もっとフェリシアのことを知りたいと思ってる。もちろん、無理強いはしないよ。さっきはもうここで会えないのは嫌だと思って、つい気持ちが先走って強引になりすぎた。反省してる。でも、本音を言えば、不謹慎かもしれないけど、また今もこうしてフェリシアと一緒にいられて嬉しいとは思ってる」
「レイスって素直って言うか、正直って言うか……そういうのって普通は隠すものじゃないの?」
「まぁ、普通はそうだよね。でも、フェリシアには誠実でいたいからさ。気持ちは言葉にしたほうが伝わるだろう?」
「まぁ、そうだけど……」
こんなにあけすけに好意をぶつけられたことがなくて反応に困る。
でも、少なからず誠実で正直なレイスのことは好ましいとフェリシアも思っていた。
とはいえ、やはり昨日の今日で恋だの愛だのに現を抜かす気持ちにはなれなかった。




