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―転生の果てⅤ―  作者: MOON RAKER 503


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第5話 転生したら人間だった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


……老いていた。


目を開けた瞬間、体が重かった。


ワレは布団の中で横たわっていた。窓から朝日が差し込み、部屋を淡く照らしていた。起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かなかった。関節が軋み、背中が痛み、息をするだけで肺が苦しかった。


七十年、生きた。


その記憶が、ワレの中にあった。


生まれた日。


初めて歩いた日。


誰かを愛した日。


誰かを憎んだ日。


喜びも、悲しみも、すべてがワレの中に残っていた。


……重かった。


記憶が、重かった。


長く生きれば生きるほど、記憶は積み重なり、体を重くしていく。それは宝物であり、同時に荷物だった。


ワレは、ゆっくりと起き上がった。


窓の外を見た。


街が、見えた。


かつて、ワレが走り回った街。


今は、もう走れない。


ただ、眺めることしかできなかった。


人間は、矛盾していた。


ワレは、それを知っていた。


愛しながら、憎む。


与えながら、奪う。


救いながら、傷つける。


すべてが同時に存在し、どちらも本当だった。


ワレも、そうだった。


誰かを愛した。心から、深く。けれど、同じ人を憎んだこともあった。些細なことで腹を立て、傷つけ、後悔した。


誰かを助けた。手を差し伸べ、支えた。けれど、同じ人を見捨てたこともあった。自分を守るために、背を向けた。


……それが、人間だった。


矛盾を抱えたまま、生きる。


完璧ではない。


正しくもない。


ただ、不完全なまま、それでも生きていく。


部屋の隅に、鏡があった。


ワレは、鏡を見た。


そこに映ったのは、老いた顔だった。


皺が刻まれ、髪は白く、目は窪んでいた。


けれど、その目には、何かが宿っていた。


……生きた証、だった。


この顔の皺一つ一つが、ワレの歴史だった。


笑った跡。


泣いた跡。


怒った跡。


すべてが、ここに刻まれていた。


美しくはなかった。


けれど、これがワレだった。


不完全で、矛盾だらけで、それでも確かに生きた証だった。


誰かが、訪ねてきた。


扉を開けると、若い者が立っていた。孫だった。ワレの、孫。


「おじいちゃん、大丈夫?」


その声が、優しかった。


ワレは、頷いた。


「ああ、大丈夫じゃ」


嘘だった。


体は辛かった。息をするのも、立っているのも、すべてが辛かった。けれど、心配させたくなかった。だから、笑った。


孫は、椅子に座った。


「最近、どう?」


「……まあ、ぼちぼちじゃな」


ワレは答えた。


「年を取るというのは、こういうことじゃ」


孫は、静かに笑った。


「でも、おじいちゃんは元気だよ」


「そうかのう」


ワレは、窓の外を見た。


「元気、かどうかは、わからん」


「ただ、まだ生きとる。それだけじゃ」


会話は、続いた。


他愛もない話。


今日の天気。


昨日の出来事。


未来の計画。


それだけの話だった。


けれど、ワレにとって、それは大切な時間だった。


……人と人が、繋がる瞬間。


それは、こうした何気ない時間の中にあった。


特別なことは、何もなかった。


ただ、一緒にいる。


それだけで、十分だった。


孫は、やがて帰っていった。


「また来るね」


そう言って、手を振った。


ワレも、手を振った。


また、会えるだろうか。


わからなかった。


ワレの命が、いつまで続くのか。


それは、誰にもわからなかった。


夜が来た。


ワレは、一人で座っていた。


部屋は静かで、時計の音だけが響いていた。


……影が、長かった。


窓から差し込む月明かりが、ワレの影を壁に映していた。それは長く、歪んで、まるで別の生き物のようだった。


影は、記憶だった。


ワレが生きてきた証。


すべての選択、すべての後悔、すべての喜びが、影となって残っていた。


ワレは、影を見つめた。


……後悔が、あった。


もっと優しくできたはずだった。


もっと理解できたはずだった。


けれど、できなかった。


傷つけた人がいた。


見捨てた人がいた。


それは、消えない事実だった。


……けれど、喜びも、あった。


誰かを笑顔にした瞬間。


誰かを支えた瞬間。


それも、消えない事実だった。


両方が、ワレだった。


善も、悪も、すべてが混ざり合って、ワレという存在になっていた。


……それでいい、と思った。


完璧である必要は、なかった。


正しくある必要も、なかった。


ただ、矛盾を抱えたまま、それでも生きてきた。


それが、人間だった。


他の生き物にはない、特別な苦しみ。


けれど、同時に、特別な美しさ。


矛盾を受け入れること。


それが、人間の強さだった。


ワレは、目を閉じた。


疲れていた。


けれど、心は満たされていた。


長く生きた。


たくさん、間違えた。


たくさん、傷ついた。


けれど、たくさん、愛した。


たくさん、笑った。


……それで、十分だった。


やがて、体が軽くなった。


いや、軽くなったわけではない。


意識が、体から離れ始めていた。


ワレは、それを感じていた。


終わりが、近い。


けれど、恐怖は、なかった。


ただ、静かな受容だけがあった。


生きた。


十分に、生きた。


もう、後悔はない。


矛盾だらけだったが、それでもワレは生きた。


……光が、差した。


それは、静かな光だった。


ワレを包むように、光が降りてきた。


影が、消えていく。


記憶が、溶けていく。


けれど、何かは残った。


……愛した記憶。


笑った記憶。


誰かと一緒にいた記憶。


それだけが、ワレの中に残っていた。


……ワレは、還っていく。


どこへ還るのか、わからない。


ただ、人間の世界での時間は終わった。


矛盾を知った。


不完全を知った。


そして、それでも生きることの美しさを知った。


それだけで、十分だった。


光が、ワレを包んだ。


温かく、静かで、優しい光だった。


ワレは目を閉じた。


人間で学んだこと。


それは、受容だった。


完璧でなくていい。


正しくなくていい。


ただ、矛盾を抱えたまま、それでも生きていく。


その勇気こそが、人間の尊さだった。


……ワレは、それを忘れない。


次に生まれる時も、きっと。


影の記憶が、静かに沈んでいく。


ワレは呼吸を整えた。


そして、次の流れへと還っていった。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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