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―転生の果てⅤ―  作者: MOON RAKER 503


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第2話 転生したら餓鬼だった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


……渇いていた。


喉が、焼けるように痛い。


オレは目を開けた。視界が霞んでいた。焦点が合わず、ただ白い空だけが広がっていた。いや、空ではない。乾いた砂漠の地平線だった。どこまでも続く荒野に、オレは一人で立っていた。


喉が、渇く。


腹が、空く。


体中が乾燥して、皮膚がひび割れていた。唇は裂け、舌は腫れ、息をするたびに喉が痛んだ。水が、欲しい。何でもいいから、何か飲みたい。その思いだけが、オレの意識を支配していた。


……歩き始めた。


どこへ向かえばいいのか、わからなかった。ただ、立ち止まれば死ぬ気がした。足を動かし続けなければ、このまま干からびて終わる。そう思った。


砂が、熱い。


素足で歩くたびに、砂がオレの足を焼いた。足の裏の皮膚が剥がれ、血が滲んだ。それでも、歩き続けた。止まることが、怖かった。


遠くに、何かが見えた。


オレは目を凝らした。


それは、水だった。


いや、水ではない。蜃気楼だった。揺らめく光が、まるで湖のように見えた。それでも、オレは走った。もしかしたら、本当に水があるかもしれない。その希望だけが、オレを動かしていた。


……たどり着いた時、そこには何もなかった。


ただ、乾いた砂だけがあった。


オレは膝をついた。


絶望が、体を包んだ。


水は、ない。


何も、ない。


このまま、渇いて死ぬのか。


どれくらい歩いたのか、わからない。


時間の感覚が、消えていた。ただ、渇きだけが続いた。喉が焼け、腹が空き、体が干からびていく。それでも、オレは歩き続けた。


……誰かが、いた。


砂漠の中に、人影が見えた。倒れている。動かない。もしかしたら、もう死んでいるのかもしれない。


オレは近づいた。


その人は、オレと同じように干からびていた。唇は裂け、目は窪み、それでもまだ呼吸をしていた。生きている。辛うじて、生きている。


「……水」


その人が、囁いた。


「水、ちょうだい」


オレは答えられなかった。


水なんて、ない。


オレにも、水はない。


それでも、その人はオレを見上げた。懇願するような目で、ただ見つめていた。


「……ごめん」


オレは言った。


「オレにも、ないんだ」


その人は、何も言わなかった。


ただ、目を閉じた。


諦めたのだ。


オレは、その場を離れようとした。


けれど、足が動かなかった。


なぜ、動けないのか。


わからなかった。


ただ、その人を置いていくことが、できなかった。オレも渇いている。オレも苦しい。それでも、一人で死なせることが、できなかった。


……オレは、座り込んだ。


その人の隣に、座った。


「オレも、渇いてる」


そう言った。


「でも、一緒にいよう」


その人は、目を開けた。


驚いたような顔で、オレを見た。


「……なんで」


「わからない」


オレは正直に答えた。


「ただ、一人は嫌だから」


その人は、静かに笑った。


乾いた唇が、少しだけ動いた。それは笑顔だった。苦しみの中でも、それは確かに笑顔だった。


時間が、流れた。


二人とも、動けなかった。渇きは続き、苦しみも消えなかった。それでも、一緒にいた。言葉を交わすこともなく、ただ隣に座っていた。


……その時、オレは気づいた。


自分の口の中に、少しだけ唾液が残っていることに。


ほんの僅かだった。


一滴にも満たない。


それでも、それは水だった。


オレは、迷った。


これを飲めば、少しだけ楽になる。喉の渇きが、少しだけ和らぐ。けれど、それだけだ。一瞬の安らぎが得られるだけで、すぐにまた渇く。


……オレは、その人の口に指を伸ばした。


唇をそっと開き、残っていた唾液を、その人の口に垂らした。


その人は、目を見開いた。


「……何を」


「これしか、ないから」


オレは言った。


「少しだけど、あげる」


その人は、涙を流した。


いや、涙ではない。もう涙を流す水分さえ、体には残っていなかった。それでも、目が潤んだ。その人は、震える声で囁いた。


「……ありがとう」


その瞬間、何かが変わった。


オレの中で、何かが動いた。


渇きは、消えなかった。


喉は、まだ痛かった。


それでも、オレの心は、満たされていた。


……与えることが、こんなにも満たされることだとは。


オレは知らなかった。


ずっと、欲しかった。水が欲しい、食べ物が欲しい、何かが欲しい。そればかりを考えていた。けれど、与えた瞬間、オレの中に何かが満ちた。


慈悲、だった。


誰かに何かを与えること。


それは、自分を満たすことだった。


奪うことでは、決して満たされない。与えることでしか、心は満たされない。オレは、それを知った。


やがて、光が差した。


砂漠の空に、一筋の光が降りてきた。それは太陽ではなく、もっと柔らかい光だった。オレと、その人を包むように、光が広がった。


「……また、会えるかな」


その人が、囁いた。


「わからない」


オレは答えた。


「でも、会えたら、また何か分けよう」


「うん」


その人は、微笑んだ。


光の中で、その人の姿が薄れていった。


オレも、同じように消えていく。


渇きは、もうなかった。


喉の痛みも、腹の空腹も、すべてが消えていた。


ただ、満たされた心だけが、残っていた。


……オレは、還っていく。


どこへ還るのか、わからない。


ただ、餓鬼の世界での時間は終わった。


渇きを知った。


欲望を知った。


そして、与えることの尊さを知った。


それだけで、十分だった。


光が、オレを包んだ。


温かく、静かで、優しい光だった。


オレは目を閉じた。


餓鬼で学んだこと。


それは、慈悲だった。


自分が満たされていなくても、誰かに与えることができる。


その行為そのものが、心を満たす。


……オレは、それを忘れない。


次に生まれる時も、きっと。


渇きの記憶が、静かに沈んでいく。


オレは呼吸を整えた。


そして、次の流れへと還っていった。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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