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―転生の果てⅤ―  作者: MOON RAKER 503


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2/16

第1話 転生したら地獄だった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


……熱かった。


目を開けた瞬間、炎が見えた。


空の果てまで、赤い炎が渦を巻いていた。地平線はなく、上も下もわからない。ただ、熱だけが世界のすべてだった。空気そのものが焼けていて、息を吸うたびに肺が焼ける。吐き出せば、喉が裂ける。


ボクは地面に倒れていた。いや、地面ではない。焼けた岩の上だった。触れた瞬間、皮膚が焦げる音がした。ジュッという乾いた音が、ボクの意識を引き裂いた。悲鳴を上げようとしたが、声にならなかった。喉も、肺も、すべてが熱に焼かれていた。


立ち上がろうとした。


けれど、体が動かない。手を地面につけば皮膚が剥がれ、足に力を入れれば筋肉が焼ける。痛みだけが、ボクの全身を支配していた。それでも、ボクは這った。這わなければ、このまま焼け死ぬ。そう思った。


……どこへ向かえばいいのか、わからなかった。


周囲は炎だけだった。空は赤く、地面は黒く焼け焦げ、遠くには人の影が見えた。いや、人ではない。炎の中でうごめく何かだった。叫び声が聞こえた。それは悲鳴であり、呻き声であり、絶望そのものだった。


ここは、地獄だった。


ボクは死んだのだ。そして、ここに堕ちた。


なぜ、ボクが。


何をしたというのか。


けれど、答えは返ってこなかった。ただ炎だけが、容赦なくボクを焼き続けた。


這い続けた。


どれくらいの時間が経ったのか、わからない。時間という概念が、ここには存在しないように思えた。ただ、痛みだけが続いた。終わらない苦しみが、ボクの意識を削っていった。


……誰かが、倒れていた。


炎の中で、一人の人間が動かずに横たわっていた。顔は見えない。ただ、背中が小さく震えているのがわかった。肩が上下していた。呼吸をしている。生きている。まだ、生きている。


ボクは、立ち止まった。


助けるべきなのか。


それとも、放っておくべきなのか。


ここは地獄だ。誰も助からない。助けても、意味はない。そう思った。けれど、ボクの体は勝手に動いていた。這いながら、少しずつ近づいていった。


なぜ。


なぜ、近づくのか。


わからなかった。


ただ、一人でいるのが怖かった。炎の中で、一人で焼かれ続けるのが、耐えられなかった。誰かと一緒にいたかった。たとえ、それが地獄であっても。


ボクは近づいた。


なぜ近づいたのか、自分でもわからなかった。助けられるわけがない。ここでは誰も、誰も助けることなどできない。それでも、ボクは手を伸ばした。


触れた瞬間、相手が震えた。


顔を上げたその人は、ボクと同じように焼かれていた。皮膚は焦げ、目は虚ろで、それでも生きていた。その人は、ボクを見た。恐怖ではなく、ただ驚きのような表情で。


「……なんで」


か細い声が、炎の音に紛れて聞こえた。


「なんで、来たの」


ボクは答えられなかった。


なぜ、来たのか。


わからなかった。


ただ、一人でいるのが怖かったのかもしれない。誰かと一緒にいたかったのかもしれない。痛みを分け合いたかったのかもしれない。


……ボクは、その人の手を握った。


炎が、二人を包んだ。


熱さは変わらなかった。痛みも消えなかった。それでも、少しだけ、ボクの中で何かが変わった。一人で焼かれるより、誰かと一緒に焼かれる方が、まだ耐えられる気がした。


「……ありがとう」


その人が、囁いた。


ボクは何も言えなかった。


ただ、手を握り返した。


それだけで、十分だった。


炎の中で、二人は寄り添った。互いの痛みを感じ、互いの呼吸を聞き、ただそこに在った。助け合うことなどできなかった。救うことも、救われることもできなかった。ただ、一緒にいることだけができた。


「……どこから来たの」


その人が、小さく尋ねた。


「わからない」


ボクは答えた。


「ボクも、わからない。気づいたら、ここにいた」


「そう」


その人は、静かに頷いた。


「私も、同じ」


会話は、それだけだった。


それ以上、聞くこともなかった。名前も、過去も、何も知らない。ただ、今この瞬間、一緒に焼かれているという事実だけがあった。


……時間が流れた。


どれくらい経ったのか、わからない。炎は消えなかった。痛みも終わらなかった。それでも、ボクは気づいた。


恐怖が、薄れていた。


最初は怖かった。なぜここにいるのか、なぜ焼かれるのか、いつ終わるのか。すべてがわからなくて、ただ恐怖だけがあった。けれど、今は違った。


痛みは同じだった。


炎も変わらなかった。


それでも、ボクの中で何かが変わっていた。


……共感、だった。


隣にいるこの人も、ボクと同じように痛んでいる。同じように焼かれ、同じように苦しんでいる。その事実が、ボクの恐怖を和らげていた。一人ではない。それだけで、少しだけ楽になった。


「……痛いね」


その人が、呟いた。


「うん、痛い」


ボクは答えた。


「でも、一人じゃないね」


「うん」


それだけの会話だった。


それでも、十分だった。


炎が、少しだけ弱まった。


いや、弱まったわけではない。ボクの感じ方が変わったのだ。痛みは同じだった。熱さも変わらなかった。それでも、耐えられるようになっていた。


……これが、浄化なのかもしれない。


ボクはそう思った。


地獄は罰ではない。ただ、痛みを通して何かを学ぶ場所なのかもしれない。一人で抱える苦しみを、誰かと分け合うこと。それが、ここでの学びなのかもしれない。


炎は、ボクを焼いた。


けれど同時に、何かを焼き尽くしていた。恐怖を、孤独を、自分だけが苦しいという思い込みを。すべてが灰になり、その灰の中から、新しい何かが芽生えていた。


共感、だった。


誰かの痛みを、自分のことのように感じる力。


それは、炎の中でしか生まれないものだった。


「……また、会えるかな」


その人が、囁いた。


「わからない」


ボクは正直に答えた。


「でも、また会えたら、また手を握ろう」


「うん」


その人は、微笑んだ。


炎の中で、焼かれながら、それでも微笑んだ。その笑顔が、ボクの中に残った。


やがて、炎が消えた。


いや、消えたわけではない。ボクの意識が、炎から離れていった。体が軽くなり、痛みが遠ざかり、すべてが静かになった。


……ボクは、還っていく。


どこへ還るのか、わからない。


ただ、地獄での時間は終わった。


痛みを知った。


共感を知った。


誰かと一緒にいることの意味を知った。


それだけで、十分だった。


……光が、灯った。


それは炎ではなく、静かな光だった。


ボクは、その光に包まれた。


痛みは消え、熱も消え、ただ温もりだけが残った。


地獄で学んだこと。


それは、痛みを分け合うことだった。


一人では耐えられない苦しみも、誰かと一緒なら、少しだけ軽くなる。


……ボクは、それを忘れない。


次に生まれる時も、きっと。


炎の記憶が、静かに沈んでいく。


ボクは目を閉じた。


そして、次の流れへと還っていった。


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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