「祭典が舞うならば、政は踊れ」:07
ーー大陸歴1969年 碧天の月
復古祭当日。
そわそわした様子で、そこはいつもと変わらぬ舞台の上での正装姿のフロムが仮設の楽屋前で待機している。
二重扉の向こうから幽かに衣擦れの音が聴こえているかのように錯覚してしまいそうになりつつ、ひたすら待つ。
しばらくの後、連続して開閉音が鳴る。それに顔を上げてフロムは硬直する。
「…お待たせ」
「あ、あぁ…」
出てきたのはマリン。
装いは新調した、飾られるためのものでなく、自らを誇るかためのドレス。決して極端に豪奢なわけではない。
だが、彼女のためにあるのだと納得してしまうくらいには。
「キレイだし、似合ってる、…と思う」
その言葉に、マリンは自分の姿を改めて見下ろす。肩をほんの僅かにすくめ、気にしていないかのように応える。
「そう、…いつもとあまり変わらない気もするけれど」
ただただフロムは無言で首を振るしかない、何度も横に。
「それじゃあ、マリンのことを頼んだわよ、フロム」
そしてようやく楽屋から出てきたのはオーナーだった。
「エスコートの大役、任せるわ。マリンも鏡の前で何度も確認してたんだから、大丈夫よ」
もう手直しする必要などないのだと、暗に言う。少しばかりからかいも含めて。
自分の子どもとはやっぱり、できなかったけれど。これくらいは。
「が、がんばり、ます」
「…オーナー!? それはいわないでって」
ふふふ、と笑って。手を二人に振って、オーナーは自分もまた仕事があるからと言う。
それから、ふと考え、二人に歩み寄る。
二人が疑問を覚える間も無く、ただ抱き締める。
「!?」
「…オーナー」
僅かばかり強張った二人も、すぐに懐かしい気がして、その包容を受け止める。
「大丈夫、あなたたちはできる。そう信じてるわ。だから、」
そこで一度、体を離して声をかける。
「はい、わかっています」
「…うん」
その小さくも確かな声に、言葉は違えど、同じに応える。
「よし! じゃあいってらっしゃい、そしていってきます!」
「「はいっ」」
◇◇◇
「フロムは、オーナーに引き取ってもらったときのこと、覚えてる?」
やや少しばかりの身長差があって、それでも見上げることなく、二人ともオーナーの背中を見送りながら問われる。
「なんとなくは。孤児になったおれたちを、まだオーナーこそ不安だったろうに、わざわざ王都まで連れてきてくれて」
あのときは決して大丈夫だなんて言えはしなかったんだろうけど、見つけ出してくれた。
「オーナーはわたしたちを養子にはしないけれど、でも。わたしはそれでも応えたいと思う」
「うん」
ようやく上目にマリンは、フロムを見る。
「やっぱりまだ自分の名字、思い出せて、ない?」
「うん。でも、おれはフロムだ。それで、いい」
そっか、と気のない返事にきこえる。
それもフロムはわかっている。
「もうすぐ出番だ」
「わかってる。やることももう決めてある」
行こう、と。
◇◇◇
「声かけようと思ったが」
さらに、その背中を見送る人影が一人。
エリオは一人ごちる。
「励ましの一つくらい、必要かと」
いらん世話だと二人を見て思った。
「おれも、これがなければ出れてたのかな」
そう言い、自分の左手を見やる。ずいぶんと古くからある傷の縫い目。もう傷痕も薄く気づかれにくくなっていはするが。
「エリオ、だよな」
その正面、エリオが顔を上げると一人の見覚えのある男性が立っている。
ジェーンの付き人として、幾度か会ったときにも彼女の後ろに従っていた人。そのときに何度か、声はかけようとしていたが。
「そうか、見覚えあると思ってたけど。"カインズ"か」
なんの感慨もなく、エリオはカインズと、旧友との再会だと思う。
「なんで」
「なんでおれが出演者に載ってないか。昔の怪我でな。小指の腱が切れてる」
足元に置いたギターケースをちらりと見やり、肩をすくめてみせる。
その左手を掲げてみせれば、カインズも自然と視線が移る。
「そっちこそ。あの人についていったらしいな、驚いたよ」
「お前のお袋さんは、」
「もういない。さっきから質問ばっかだな」
「当然だろ! 10年ぶりだってのになんでそんな淡白でいられる? どうしちまったんだよ…」
「………」
自他共に堅物っていう雰囲気してるくせに、中身は違う。
そしてエリオはその逆だ。
「いまは、オーナーのところで曲つくってる。しばらく転々としてたけど」
もう、昔のようにただただギターを弾いて、笑っていたことはできない。できるのはせいぜい、素人みたいに一音ずつなぞっていくことぐらい。
「ご主人様のところにいなくていいのか」
「…ジェーン様は王府にいる。あそこなら護衛はいらない」
まるでそれは。
「まるで王都が危ないみたいな、」
そして気づく。
フロムとマリン、オーナーたちが向かっていった方角から。
「なんだ!?」
「…ッ!」
エリオが困惑する合間にも、すかさずカインズは駆け出している。
怒号が、抗議の声と衝突する集団の叫びが聞こえてきている。いったい誰が。
そこではたと引っ掛かりを得る。
「あいつらか…」
そしてエリオの背中の方から駆けてきた、騒ぎへと慣れない運動にも関わらず必死に走ってきているとわかる動きでカウンセルがやってくる。
「ちょうどいい! これ頼む!」
「え、ちょ」
迷う時間ももったいなく、ギターケースを持ち上げ、そしてカウンセルに押し付ける。
エリオは走り出す。
ただ、できることはあると思って。
第三章「祭典が舞うならば、政は踊れ」:06.<惑えど>




