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アルスの在り処  作者: 衛炉 寧亜
-第三章-
8/13

「祭典が舞うならば、政は踊れ」:06



ーー大陸歴1969年 霹天(イーリア)の月初旬



 フロムとエリオが挨拶をかわす。


「こんにちわ、エリオさん」

「おう、フロム」


 あの夜より、四ヶ月と少し。

 日々、復古祭(アイナルス)へと準備と用意が進められてきた。


 オーナーの店をはじめとする、アルス各所からの復古祭(アイナルス)へ参加を表明した有志ら。法に縛られるようにして息を潜め、様子見をしていた者らが王都に集まり始めた。



 名のある画家も、名もなき奏者も、一人の劇作家も、年老いた役者も、若き詩人も、各々が王都であるいは各地で。

 その手を、声を、顔を上げていった。



 王都のある一区画で、フロムらだけでなく、幾人もの有志らが各々の活動や準備を行っている。

 その広場に置かれた木箱の一つに、なんてことのないラジオがノイズを発している。


 そのラジオに気づいたある一人がツマミをいじって、周波数を探り始める。

 その間にも、フロムはマスターから受け取ったトレイ、コーヒーの載ったそれを手に、様子の見回りがてら練り歩く。人がいればカップを差し出しながら。



 一昔と少しほど前から普及し始めた電波通信のラジオ。世界中へ放送局からの音声が届けられるほどではないが、少なくともアルス国内ならばラジオ放送は問題なく通ずる。



『…zz…z…ぃの時刻は正午、正午の天気をぉ……zz…』


 国営の簡素な天気情報や、ニュース報道の音声がノイズの中から一瞬表出したかと思えば、Hz(ヘルツ)の彼方へとかき乱されていく。


 そうして民営のアナウンサー二人の声が、電波の音が拾われる。民営のそれから電波される放送は、やはり"芸術の国"を誇りとするアルス人らしく文化発信に一役買っている。


『…zzz…、…ぉれでは先週発表されたばかりですが、ウィータやアズマでも広く支持されつつある一曲を紹介しましょう。【ペル・アスペラ】』




 【Per Aspera(ペル・アスペラ)



 "血と涙 どちらを先に流した?"

 "その分だけ 強く在れるのかい"



 流れ出したその曲に、幾人かが顔をあげる。

 フロムも足先でリズムをとり、聴き馴染んだ歌詞をそらんじていく。



 "ひとりにできることはなくて"

 "してみることさえなかった"



 壁にもたれ掛けさせた水彩画。王都モリエンディの名のつけられた石橋と、浮かぶ小舟(ゴンドラ)船縁(ふなべ)に立つ旅人の描かれたそれ。

 その白紙のまだある画の前で、手が止まってしまっている絵描きに、フロムは笑ってカップを差し出す。

 それに絵描きも色で汚れた顔でニヤリと応える。



 "零れ落ちたと いうけれど"

 "掴めていた試しはないだろう"



 物が落ちる音にフロムらが目を向ければ、木箱を持てるいっぱい抱えていた男が一番上にあった箱を落としてうおさおしている。

 すかさず、通りかかったショウにトレイごと預かってもらう。楽器のケース片手に歩いていたショウは様子をみていたらしく、苦笑して受け取る。


 そうして駆け寄ったフロムが箱を持ち上げ、男の抱える木箱の上に重ねてやる。

 大工か建築家らしきその男は礼がわりに、会釈をしようとしてまた自身と積み重ねた木箱の両方のバランスが崩れる。慌てて踏ん張りを聞かせ、茶目っ気にウインクをフロムに返す。

 


 "あのお日サマも お月サマも"

 "いつかはいないと" "学者はささやいた"



 手を振って、ショウの方へ向きなおったフロムはトレイを引き取り、ショウにも一杯渡す。

 小さく笑って受け取ったショウは、また目的地へか、歩いていく。先ほどよりは手にもったそれを気にしてやや慎重に。



 "夢を叶えるのに必要なのは"

 "「夢」じゃない"

 "あなたもわかってるでしょう"



 "まだみぬ理想が 一番キレイだって"

 "知ってるのはだれ" "わたしは知らない"



 サビにかかり、その場にいる皆が口ずさんでいる。

 これは市民の声だ。紛れもない、生きる者らの声だ。



 "檻の中で 初めて 翼を知る"

 "たとえ飾りにすぎないとしても"


 "わたしたちの 足跡が刻まれていく"



 盛り上がりにつれ、ただの街の一角がありのままの舞台となる。誰が主役でもない。だが、誰もが観客であり、声を上げる人。


 サビを越え、今一度静まる曲調。それでも重なる斉唱がラジオの電波と同調していく。

 



 "美しい 真っ白のスローガンより"

 "見上げればある夜雲を"


 "無秩序に いつかは黒に"

 "だから後退り"


 "でも たまには重ね"

 "ひとつに透かせるだろう"


 "追いたてられるように羽ばたいた"

 "落ち着きもなく それが正しいと信じて 信じて"

 "そのくせ 揺らいでは 信じきれなくて"


 "それでもと この音は わたしの音は"

 "「止まっちゃいない」"



 踊り出す者もいる。

 肩を組む者らがいる。

 目を(つむ)る者がいる。


 笑い合う者がいる。



 "夢が光る理由を知っているかい"

 "オワリがあるべきワケをわかっているかい"


 "それでもと、その「それでも」を抱えて往こうか"




 "大きな背中で 小さな灯"

 "つなげようと 紡がれてきたよ"


 "意味なき世界で 不確かな証だ"

 "なんてことない ここにある意思の"


 "オワリの最果てを愛せ"

 "愛して" 

 "愛せたら…"



 そうであったなら。

 そうあれるなら。



 "正しさなんてここにない"

 "でも正しくはありたい"



 "まだみぬ明日が やっぱり好きだなんて"

 "いったのはだれ" "わたしかもしれない"


 "この場所で これから 思い出を知る"

 "苦難の先にあるのだとしても"


 "わたしだけはココロをならしていく"




『お聞きいただいた曲は"サペレ・アウディ"さんで【ペル・アスペラ】でした』

『いやぁ、彼の歌はこう心に来ますね。それでいてわたしたちも歌いたくなるような親和性があるんですよね』


 抗うことは、従わぬことだ。

 自らの意思を貫くことだ。


『えぇ。抑圧からの解放、自由への意思。…ともかくその表れだと思いまz…zZ"z……』


 一瞬、予定調和のごとく送り出されていた波に。

 ノイズが走った。

 

 

「お前たちはッ、 それでいいのか!」


 万感の余韻に(ひた)る、その数瞬前。


 いかにも自分こそが義憤の持ち主であるとばかりに。

 声を張り上げて、これもまた抗いの意思を示す。


「聞けば復古祭(アイナルス)はあの愚かな王が、命令(・・)したものらしいじゃないか!」

「そうだ! ついにはあの愚王はもはや独裁者きどりだぞ」


 "芸術の親友会"、そう己自身で定めた身分を誇るかのごとく。いわば反王政、芸政不干渉の法撤廃主張をする彼らは(いきどお)りを(あらわ)にする。


「そこまでは流石に言い過ぎじゃ…」

「あんたら、何があった…?」


 あまりの剣幕に、フロムも困惑を隠せていない。


 騒ぎを聞きつけたエリオが咄嗟(とっさ)に感じ取った違和感から質問せざるをえない。

 芸術の親友会は抗議活動を行う互助組織ではあるが、あくまでも言論の立場からのデモや講義を行う"穏健"派である。


「お前らの知り合いだろう、ほれみろ」


 そう言われ、民衆の一部を割るようにフロムやエリオの顔馴染みであり、仕事仲間である二人組が出る。


「…すまねぇ、軽くこいつらがどんな考えなのか、聞こうと思っただけだったんだが」

「トーランさん、ペーターさん…」


 怪我自体は大したことはない。顔に絆創膏(ばんそうこう)や、身体の各所に傷はあるが、目を覆う程には酷いわけではない。


「おま、その手とか腕…、」

「まぁな、すまん」

「右に同じだ」


 彼らは奏者(・・)

 トランペットとは、すなわち繊細でそれでいて力強さが要求される楽器だ。たとえ他の楽器であってもそれは演奏に支障を与えかねない。

 その怪我が、目に分かるほどに一部の部位を除いて受けたものでない限り。


「衛兵が、やったんだ」


 独奏を聴いたことがあるだろうか。

 ただ一つが場の全てを担う、音の支配を。


 心の支配を。


「定例のデモと会議を兼ねて、集まっていたところに制圧だとか言って。おかしいだろ!」

「あ、ここにいた…」


 ショウが人混みを()き分けながら、フロムらを見つけ出したが、彼らに声をかける前に。


「だから、どうした」

「は?」


 エリオが呟きではなく、誰しもに聞こえる、聞かせるように言う。


「王が間違ってるなんて百も承知の上。それでもやること決めて、やりたいこと決めて集まってんだよこっちもな」


 捲し立てるように、何に怒ればいいのか見つけられないで。

 それは嘆きに似て非なる、覚悟の声。

 それでも誰かのせいにしない心の防波堤。


「あんたらの理想は勝手に。だけど邪魔しないでくれ」














「…皆さん、戻りましょう、各々の持ち場に」


 絞り出すように、フロムはこの場に言葉をねじ込む。

 エリオが作ってくれた、いや壊した支配を無駄にはしない。


 ようやく操り糸を失ったかのように、てんでばらばらに人が散っていく。

 納得がいかずに去る者。改めて集中をして己の作品に向き合う者。呆気にとられてまだ立ち尽くした者。


「フロム、とエリオもオーナーが」

「あぁ、行く。フロム行くぞ」

「はい。あ、お二人はゆっくりでいいのでお気をつけて」


 ショウが先ほどとは変わって()いた様子で声をかける。即応して三人は足早に、トーランとペーターを残して店へと急いでいく。

 そのあとを怪我人たちもゆっくり追っていく。



 ただ、ラジオは沈黙したままである。




◇◇◇



「この店が降りるのは認められないわ」


 店を訪れたジェーンは、開口一番にそう言い放つ。


「やはり、そうなのね」


 オーナーは嘆息する。


「お姉さまは情なんて気にしないもの」

「………えぇ、そうよ」


 たった一文ずつの会話にも満たない言葉だけで終点にたどり着いた二人の会話に、事務員のカウンセルは恐る恐る質問する。


「あの、うちは悪く言えばですけど、小さな店で。すでに多くの劇団や有志の人が復古祭(アイナルス)に集まってます。うちが抜けてしまっても、」

「だからよ」


 物分かりの悪い子どもを見るかのように、オーナーが仕方なく告げる。


「小さくも確かな店が映えある復古祭(アイナルス)に一番乗りする、そう聞けば他もまたプライドが故に、自分たちの意思とは別に復古祭(アイナルス)に寄ってくる」

「まさか、アルス(いち)を自認する劇団や楽団がだんまりじゃ印象も地に落ちるでしょう?」


 なんてことのないように二人は、姉妹は計略ともいえない思惑をすでに共有している。


「なんのために陛下がこんな仕掛けまで用意しているのかは分からなかった。犠牲をわざと許容しているのかどうかも」


 need(ニード) to(トゥ) know(ノウ)

 口にはしないが、そんなところだろうとオーナーは冷めた思考をする。


 そこへフロムやエリオ、ショウがたどり着く。

 若いフロムが一息ついて、先に口を開く。


「オーナー、トーランさん達の怪我は…」

「聞いているわ。でも心配いらない」


 いつも視線を合わせて話すオーナーは、しかし今だけは目をふせて続ける。


復古祭(アイナルス)には出る、それは変わらない。だから気にせずに。フロムたちも、…お姉さまも」


 祭まで、あと10日。




第三章「祭典が舞うならば、政は踊れ」:06.<騒ぎ>

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