「過ぎ去れど 失せぬモノ」:05
ーー大陸歴1969年 黒穣の月初旬
ヒールの甲高い歩行音が、王府中枢のタイルを叩きながら音の主と、この国の主との謁見を衛兵に知らせる。
かの法が施行されてから、あるいは以前のクーデター未遂からか、王府も少しばかりは寂しさの風が吹いているかのよう。
やや老けた面頬でありながら、衰えぬ肉体を維持している衛兵は、かつては"警備員"だった。職を続けることを選んで、早くも20年ほど。公王陛下の身辺護衛の任を与えられたのもそう最近ではない。
ゆえに、その女性が堂々と付き人を連れて王府のただ中を歩く姿は珍しいものだが、見覚えのある様子だった。
「……」
沈黙を破ることなく、衛兵は王の間へ繋がる扉を開ける。
女性も無駄話をせずに扉の先へ進んでいってしまう。
付き人の男性は一礼とともにその背中を見送り、自分もまた扉の前で待機する。
◇◇◇
扉の奥、王の執務室は豪奢でありながらも、嫌味のない装飾で調えられた一室である。
「…宰相、今は下がってよいぞ」
「はっ、」
書類を手に、筆頭宰相から報告を受けていた王は音もなく、いやヒールと幽かな衣擦れの音とともにだけ入室していた女性を見てとった。
すれ違うようにこちらもまた若い女性である宰相と、訪問者たる女性、ジェーン・ライセルは立ち位置を入れ替える。
「ああいや、宰相。やはりそなたも聞いていけ」
「…では、お気になさらずに」
「うむ」
アルス公国、第二十七代アルス公王。
たかだか190年の民主主義が代わっていただけのアルス統治といえど、その時の中でも王族の血筋は絶えていない。
あくまで統治権を民草の手に委ねるカタチをとっていただけで、民主国時代でも政権の根本は王室にあったのだから。
「陛下、本日はお日柄もよく、」
「よい、前置きは要らん。互いに忙しい身であろう」
「では、そうさせていただきますわ」
非公式の謁見とはいえ、お約束の許しを得ると、ジェーンは淀みも躊躇いもなく礼式を解くと、口元の笑みとともに口火を切った。
「陛下の悪巧みは上手く芽吹き、いえ、蕾を成しましたので、ご報告に」
「これはこれは。ディラシックの魔女、そう呼ばれておるそなたこそ裏話には敏いだろうに」
互いに青い血を引く者らしく、薄ら笑いと朗らかな笑いのくせに、不透明さを与えぬ偽装。
「畏れながら陛下、如何ようなお話かわたしにはさっぱりなのですが…」
若き才媛であり、疎まれの路を選んだ女性初の宰相、それも筆頭宰相の地位を得たアルスの一柱。
「"リオナ・Q・プルデンター"様とお見受けしますが、まさか陛下。この宰相様にもご内密に?」
「策略とはそういうものであろう。それにこのリオナに謀りは見合うまい」
そう言うと、二人してリオナ宰相の方を見やる。
その視線に、思わず締めていた気が抜けてしまう。
「陛下…、わたしとて政に携わり早9年…。もはや深窓の令嬢ではございません!」
「…ふふっ。これはお許しを」
ややストレスの漂う哀しい顔で小さな憤慨をする若さに、ジェーンは市民階級らしく、そして商人らしく微笑みを浮かばせる。
そうして王に向きなおり、正しく報告をやり直す。
「このジェーンから見て、風向きは悪くありません。しかしやや見慣れぬ影が多いかと」
両の繊手を重ね、しかし物怖じせぬその異名らしく伝えるのはただ風の噂に聞いたこと。ただし、風とは、流れる方向は街の中であれば大方予想がつくものだ。
「承知の上だ。して西か、東か」
「西の、それもいと高きところからかと」
そうか、と一言だけ告げ、王の座に背を預ける。
それを受けて、昨今の情報からまとめ上げた仮説にリオナはたどり着く。
「まさか…陛下は」
「復古祭は種に過ぎんが、それでも我が国の命運も懸っておる。叶うことなら父祖らの見た、王都の輝きを我もこの目に、な」
願いにも、憧憬にも似た言葉は、だからこそ臣下の胸を打つのだ。
「このリオナ、陛下の御心のままに全霊を尽くさせて頂きたく」
「無論、頼りにしておる」
そこではたと思い出したかのように、ジェーンは告げ口をする。
「ところで陛下、かの灰銀の髪と金眼の御仁について、ご存知だったのですか」
「あぁ、あの。あの店はそうか、お会いしたか」
「全く、久方に肝が冷えました」
責める言葉面でありながら、その実、その身の才覚で舞い戻った魔女は、優しく笑っている。
王もまた、かの御仁を脳裏に浮かべ、ジェーンが笑うわけを悟る。
「万一のために、助力を得られればいいが」
「えぇ、少しでも穴はふさぐべきかと。微力ながらお役に立てれば」
ただ魔女は、己のために狂うという。
市民の責。王の責。人の業。
それでも王は座す。
やはり過去は変わらずあるのだからと。
第二章「過ぎ去れど、失せぬモノ」:05.<復たの玉座>




