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アルスの在り処  作者: 北織 依茶祢/衛炉 寧亜
-第三章-
11/14

「祭典が舞うならば、政は踊れ」:09



ーー大陸歴1969年 碧天(イーリア)の月


 アルス公国 王都モリエンディ 大広場特設舞台



 まだ照明は点いていない。構わずにマリンはマイクを通して声だしをする。

 本当は、この準備は人に見せるべきではないけれど、今はそれさえも利用する方がいい。


「ぁ、ぁーー……。あーーー………。」


 怒号と恐慌、悲鳴の中でも音響設備は近代発展、そして文明の利器の実力を発揮していく。

 このときのために用意された大型の。たとえ歓声の中でも()き消されぬように音の増幅をするための役割。



 声を張り裂けんばかりに集団を指揮していた、否、この大きくなりすぎた混乱を鎮めようとしていたディーラが舞台へと目を向ける。

 いかに優れた発声法があれど、それだけでは人の心にまで届くわけではない。

 憲兵や衛兵らも持ち得ていなかった、この場で必須の機械式の手段を強烈な視線でもって、穴が空くほどに見やる。



 この混乱の中で居合わせたディーラ、憲兵の隊長格、いずれの精鋭の王府衛兵もその場に視線を向けるも、あの舞台へはたどり着けない。

 外縁にて弾かれている憲兵らもなす(すべ)に気付くこともなく立ち尽くす。


 フロムとマリンを助けた男性は未だ外縁にいるが、己の姿と役ゆえにあの舞台の上へ立って、文字通り目立つことは避けなければならず、くっ、と歯噛みして(つぶや)くほかない。


「あの方の守ってほしいは、相も変わらず無茶ばかりだ」


 そして舞台の下へ、あの勝ち気にみえる歌姫を守れるように駆けていく。

 震えていた手を辛うじて押さえつけていた、まだ若い希望たちをこそ。




 そしてその時は来る。


 フロムは舞台裏で慣れないながらも音響を整え、ラテスは照明を一人で幾つも操ってマリンを照らす。

 伴奏の役のフロムはいないから、最初は一人だけで歌わなければならない。 


 この光の照らす舞台で。たった一人で、数えることも嫌になるほどの人の、混乱を抱えた未だ観客未満の人々のために。

 らしくないと思う。なぜこんなことしてるんだろう。

 

 でもなぜか、オーナーとフロムの顔が浮かぶ。

 間違っている気は…ーーーしなかった。



 歌え。

 そう自分自身に命ずる。




 【Unname(名もな)d song(き歌)



 "思い出して"


 "忘れないで"


 "それでもと、アルスを愛するわけを"

 "いまも愛したモノを"


 "なづけられない日々 それは愛しき過去"

 "いまも名もなき日々 それは苦しき記憶"


 "涙で()れるレンズは 振り払って"

 "あなたの ホントの 瞳で"

 "見つめ抜いて"




『どうか、聞いて!』


 伝わってください、どうか。

 嘆きなんかに、怒りなんかに、人への諦めなんかより、どうかこの歌の方が響くのが正しい世界であってほしい。


『ここはアルス! 芸術の、民の国!』


 あれほど荒れかえっていた群衆が、ただ一人の声に耳を傾けている。



 独奏を聴いたことがあるだろうか。

 ただ一つが場の全てを担う、音の支配を。


 心の共鳴を。



『王が誰であろうと! 人が間違っていようと、それでも』



 「それでも」。

 なんて美しく、なんて酷く(いびつ)な希望の、そして諦めを赦さぬ呪いの言の葉。



『それでもと、美しい世界を、日々を信じる人がいることを』



 人を傷つけるばかりが人の本質ではなく。


 きっと、何気ないことも。



『わたしは知っているっ、たとえ失ったとしても進むことの意味を知っている人を、知っている!』



 愛せてしまうのも、また。



『だから!』



 僅かに静寂の訪れる時間。


 誰もが、あの少女はキレイゴトを言っているとわかっている。

 それでもそのキレイを残酷だとは、今だけは。



「だからなんだってんだ!」


 もはや形振(なりふ)り構わずに、たった一人の男が割って入り、絶叫する。

 よく聞き分ければ、先ほど"渦"を巻き起こした名もなき一人であるとわかるその声で。


「それで赦されるっ、わけねぇぇえだろぉぉおう!!」


 壮絶なまでの悪意を(まと)わせながら、その実、計算されている思惑の達成のために。

 西()より(まぎ)れ込んだ異分子。


 手に持っていた何かを、人がそれが何なのかを見分けることも出来ぬほどの速度で、舞台へと投げつける。


 それを、ある御仁に仕えている男性が防ごうとその軌道を追う。




 しかし、彼が狙ったのは舞台の上の歌姫ではなく、舞台に設置されていた音響設備(アンプ)だった。

 そして盛大な破砕音が鳴り、つんざくような機械の悲鳴が響く。


「…?、……っ!」


 やられたと男性は思う。そして不味いとも。


 再び怨嗟(えんさ)の声に世界が呑まれる、と。




『じゃあかしぃいわ!』


 途絶えたはずの、電波の音。


 はっ、とマリンはその移動してくる(・・・・)響きの音源の方を見る。


音響(アンプ)なんてなぁ、いくらでも予備がある! なんたって公王サマのポケットマネーから出てるからなぁぁあ!』


 盛大なハッタリをかましながら、エリオとカインズが舞台の裏で、ガタガタと設備を組み換える音がする。

 予備は一組分しか見つけられてない。


『歌って、そしたらお前たちの(ばん)になる』


 重労働と痛みだした左手にやっとのことで笑みを浮かべて、それでも息を切らしたエリオ。

 代わりにカインズが、自分の名も知らぬあの二人へ伝える。

 カインズと合流してから、この仕掛けられた盤面に、ある程度聞いた事情を元にエリオが今度こそアルス人の誇りと一手を叩きつける。


アルス人なら(・・・・・・)奏でたなら最後まで聴(・・・・・・・・・・)くのが当然(・・・・・)っ』


 その者たちを止め、そしてあの二人に音を繋ぐ。



 その言葉を受け止めながら、フロムはピアノの前に座る。


 歌い出すより早く、邪魔の入るより早く。

 音の止まるよりも速く。




 弾け。

 そう自分にこそ命ずる。




 "思い出して"


 "大事にして"



 "いまは名もなき昨日 それはいつかの希望"


 "いまも名はなき明日 そして消させぬ明日"



 

 伴奏のメロディーが奏でられれば、もうこの舞台全て、人の全てが観客である。

 マリンの視界の端で呆然と立ち尽くした男は、その一派と思われる仲間に連れられて撤退していく。

 その全てを知覚しながらも、一切を気にせずにマリンは歌う。フロムは奏でる。



 "これからも、失くせないものはあるよ"

 "ともに信じたモノが"


 "いまは名もなき昨日 それはいつかの希望"


 "いまも名はなき明日 そして消させぬ明日"


 "怒りで終わるそんな舞台は 忘れ去って"

 "わたしの ホントの 望みで"

 "満たし尽くそう"  




 "ここはアルス" 

 "焦がれた夢のつづきを導く場所だ"


 "奪い返しても 取り返せるわけじゃない"

 

 "差し出しても 報われるわけじゃない"


 "生きることで 初めて 意味を与えられるんだ"

 "生きたことで 改めて 意味を知れるんだ"




……


………



 今度こそ音は尽きる。

 だが、叫ぶものなどもういない。


 


 誰ともなく、拍手の()が一つ鳴る。


 それは次第に重なり、ばらつき、そして大いなるうねりとなって万雷の様相をなした。

 この称賛と、拝聴の感謝の行動こそがアルスの源。



 その最初の一拍は果たして誰のものだったのか。


 貴族の名を失ってもなお手をさしのべた者か。

 気炎万丈の心火で立ち上がり抗ってきた者か。

 理想する路を見失っても目を閉ざさぬ者か。



 それがどうあれ、音が鳴り止むことはしばらくないであろう。


 マリンとフロムは、共に一礼をする。



 それは雨の中のようで、清廉とした時津風が吹いているようだった。




◇◇◇



 王府 応接の間 同刻



「ミズノ殿、アズマの外務卿よ。是非とも貴国に戻る際にはこうお伝えなさるといい、」


 公王は上座より、この国を背負う者として場を征する。

 祭典は舞い終えるだろうが、(まつりごと)の舞曲が止むことはない。

 ーーー少なくとも、人がこの世界で絶えない限り。


「アルスの民は絶えることなどない。なにより、アルスとは彼らにこそ宿るのだ、とな」

「…っ、承知、しました…」


 ナタリーは自分の言葉が、この王が自分より上位存在だと認め、従うものであることに気付くこともない。

 そのナタリーを捨て置き、イシータは仮想敵国の人選ミスを内心で冷笑し、復古祭(アイナルス)(よみがえ)らせた公王の深慮を恐ろしく思う。


「あの騒ぎの鎮まりをみるに、アルスの民は素晴らしく。ですがなおのこと、何故に芸政の錯綜(さくそう)を敢えて抑えつける手段をとったのか、お聞かせ願いたい」


 この者は"(とんび)"だな、と王は察する。


「ふむ。ーーーそれは民の意思を忘れさせぬためだ。生きる意思を、今一度覚えさせるためだ」



「ーーーーー()いことを言われるようになりましたな、"ラインリッヒ"殿」


 その声の主の足音に誰かが気付くよりも前に、その声が響いてくる。


「これは久方ぶりの誉め言葉だ、ご隠居殿」


 そう言った王の目線の先にはジェーンと、その前を歩くマスターがいた。

 王府の中枢、貴族世界と今この時は世界の(まつりごと)のそのただ中。元貴族家出身のジェーンはともかく、マスターは各国政界の重鎮の注目をその一身に集めているのを気にすることもない。


灰銀髪(・・・)黄金の瞳(・・・・)…!」

「…ウィータ(・・・・)帝族(・・)の…」



「今はただの隠遁(いんとん)の身ですがな、」


 自分自身の言葉に目を見開いていくイシータ、もはや言葉少なく場に呑まれているナタリー。

 その両名を、そして数多(あまた)の有象無象。いまは亡き"帝国"の最も貴き青い血の流れるその双眸(そうぼう)が見るのは公王のみ。


「"魔女"殿に特等席(・・・)だと、誘われまして」


 喜色はありながらも、オーナーの店では決して見せない冷酷な表情(かお)

 失せぬ、マスター自身の出自故の資質。


 それ故の言葉。


「大いなる父祖が"帝国"を失う時に予見したのは、民の政はいずれ崩壊することだ」


 いまこの場にいる下々の者らへの戒訓として。或いは凡愚ばかりの世界に対してか。


(いわ)く、『民主によって政を()すならば、民は少なくとも己自身の王足らねばならぬ』と」

「<一人の王>が群雄の(ごと)濫立(らんりつ)する在り方ですか。…ーーー末恐ろしい」


 王とは一人であるから成り立つのだ。


「だが自分の責さえ負えぬ奴儕(やつばら)は民政の世では駄馬にも劣る。民主政だから平等なのではない」


 責任とは重石であり、掴み続けなければならない風船である。誰かが負わねば共同体たる社会は滅ぶ。

 かつてアルス民主国が滅びたように。


「民主の上では誰しもが(・・・・)平等足らんと在らね(・・・・・・・・・)ばならぬ(・・・・)


 全くもって度し(がた)い社会の在り様。


「それが滅びの種火であると人が気付くのを、死のその時まで見物させて頂くとしますかな。…元より如何な政も永遠(とわ)ではないでしょうが」

「構わぬが、特等席(・・・)はどうする」


 いつかにもした問答を、公王は繰り返した。

 そこで己が心のままに立ち去ろうとしていたマスターが振り返って言う。

 いつも通りの、孫のような者らに見せる微笑みで。


「わたしの帰るところは別にありますので」


 "アーノルト・L・ウィータ"。

 帝国が滅び、それでも絶えぬ一族の末裔(まつえい)の一人。

 ただその英才と資質、持ち得た実力でもって政に(たずさ)わり続ける一族の一人。

 ウィータ連邦共和国 元大統領閣下、その人である。




◇◇◇



  ようやく止んだ拍手の後。



 ディーラは宣言する。


「素晴らしい歌、いや願いだと思う」


 静まりかえったその群衆の中でただ一人、先の暴動を繰り返さぬために話さねばならないただ一人の責務としてディーラは(ひる)まない。


「だが、それでも間違っているものがある。我々は、アルス人は決してこの間違いを野放しにはするべきではない」


 彼の仲間も、それだけでなく声の出せずに隠れていたアルス人という数多の同胞(はらから)(ただ)せてはいなかった公国の在り方。


「この湧き上がった意思を忘れることなどできない。我々はこれからも抗い、そして考えることを続ける。…ーーーそうだな、皆」


 言葉はなくとも、一人一人が己自身の意思でうなずく。

 二つの覚え。それは覚悟と自覚。



 そのうえで。フロムは一人、思う。

 ディーラたち、芸術の親友会を含む抗議していた者たちの集団が去っていった後に、フロムは口にする。


「おれは…、」


 ポツリと(つぶや)いたその言葉。


 マリンの震えていた手に気付いて、同じ舞台の上にいるようで遠かった彼女に歩み寄って。

 だから至近にいたマリンにもその声は聴こえた。


 一瞬、二人は目を合わす。

 それだけでよかった。


 静かに二人してうなずき、そして。

 ただ深く、この眼前に広がる幾千もの人々にもう一度、ただ深く一礼をした。


 




◇◇◇

 


『……z…zz…あの日、アルスは間違いなく変わったと言えるでしょう…z…』


『えぇ。歴史は繰り返す、その分だけ、いえそれ以上の数だけ間違いも、また。ですが間違いだけが歴史を物語るわけではありません…』


『…z…人の一生を賭けても、歴史のページの一文字さえ埋めることは難しい。だけど小さくも…zZz…なその軌跡こそが積み重なっていける』



   『『『『『『『そう信じて』』』』』』』



『…それではフロム・…ZZz…さんからメッセージが届いています。読み上げます…z…』



 正解のない問いは無数に存在する


 だが、それは答えることを放棄する理由にならないし、してはいけない


 一つ、わかっていることはある


 わたしが問いをもったとき、その瞬間に世界に答えは存在している


 たとえそれが絶対の正義でないとしても



ーーフロム・シャルル(・・・・)「あの日を想って」より



 




第三章「祭典が舞うならば、政は踊れ」

:09.<ページ未満の歴史 後編>

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