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アルスの在り処  作者: 北織 依茶祢 & HN's
-第三章-
10/10

「祭典が舞うならば、政は踊れ」:08



ーー大陸歴1969年 碧天(イーリア)の月



 復古祭(アイナルス)、開幕直前。



 王都の広場にて腕利きの美術大工や建築士らが合作で造り上げた特設舞台。


 突貫工事で、たとえ工期が極端に短いとしてもアルスの職人と匠は妥協など(はな)から考えない。造りたいものを造る。

 総力を結集し、この舞台こそが己らの作品であると誇りを損なわぬように。


 その美しくも清楚な舞台は、それもまた長考に熟考を重ねて仕掛けられた幾数もの照明で演出されている。まるでそうあるのが元よりの姿であったと思わせるほどに。



 舞台裏、その待機場所へと向かうフロムはマリンをぎこちないながらもエスコートしていた。


 そのとき、フロムはぎゅッと手を握られる感覚がするのを感じ、ちらりと隣のマリンを見やる。

 本人はそっけなくただ前を見ている。

 それでもその動作でフロムもすっと、彼女と繋がった手から熱をようやく感じ取った。


 互いに無言で、なにを話すわけでもない。

 だが、フロムも肩の力が抜けた。







 そして、舞台に上がれなかった(・・・・・・・・・・)


 正確には上がることが出来なかった。

 王都に集まった数万もの観客や劇団・楽団の所属団員、その他大勢のただ中で、叫ぶ者がいた。


「我々は、断固として! 不当で悪辣(あくらつ)な意思の下で敷かれる芸政不干渉の法に! 間違った王に抗うことをここに宣言する!」


 そこの集団は巨大な集団の中でもやけに張り詰めた気配を纏っていたが、それも緊張からかと周囲にいた者は思っていた。


 緊張ではあるが、そうではなく。


「わたしは芸術の親友会、そして数多(あまた)集ったッ、王への抵抗の意思を掲げる者らを代表する"ディーラ"! "ディーラ・ドゥコル"だ!」


 掲げた拳を、今度は胸の前で伸ばして続ける。

 気迫を、意思を、全霊を込めて(ほとば)らせて。


「あの愚王の号令で行われる復古祭(アイナルス)最早(もはや)、このアルスへのこの上ない侮辱である!」


 駆け付けたカインズがどうにか制止しようと民衆のただ中を掻き分けながら進むが、間に合うべくもなく場が混沌に堕とされる。


「この祭典は認められない! 即時中止を求める!」


 その声を皮切りに、ディーラの支持者であり同じ意思の下に集った数千近くのアルス人が抗議の声を(とどろ)かせる。


 すぐさま憲兵や王府から派遣された衛兵、民間の警備らが取り押さえようと動き始めているが、なにぶん、膨大すぎる群衆の中で声を張り上げる彼らにたどり着ける者はまだいない。


 だが、彼らの近くにいた観客や団員は別だ。

 あるいは、()より全てわかった上で待機していた者たちも。

 舞台の上だけがぽっかりと空白地帯になっているのを他所(よそ)に。




「ふざけんなよてめえらのことなんぞ知るか!」




 たった一言が、渦を生む。



「そうだ、邪魔すんなよ出てけ!」



「つまみ出せ!」「出ていけ!」「出てけ!」「きゃあぁぁあ! お、おさな…」「ぐっ、お、落ち着け!」「痛ってぇ、暴れんな!」「構うな、声を張り上げろ!」「…ぐ、」「や、やめて! 旦那がぁ」「いやぁぁあ!」「我々は断固として抗うぞ!」「王を赦すな!」「赦すな!」「出ていけ!」「邪魔だぁあ!」「お前がどけぇえ!」「…各位撤退しろ」「てめぇええ! なにしやがる!」「どの口が言ってる!」「…っ」「…、た、たす、け」



 どんなにも個が素晴らしき才や力を誇っているとしても、それを踏み潰すのが人間の社会性であり、人類の生存戦略である。


 英雄はいつだって、神か、人に殺されるのだ。



 たどり着いた憲兵らが鎮めようとするものの、時既に遅し。火は放たれ、そして燃え上がっている。

 あとはもう、火種と"薪"が尽きるのを待つばかりだ。



「っ、マリン!」


 その余波は留まるところを知らず、外縁にいたフロムらにも襲い掛かる。

 群衆の中からいかにして抜けてきたのか、男がわざとらしく装ってマリンにぶつかってくる。

 それを(かば)おうと、フロムがマリンを抱き抱え自らの体で防ごうと身を小さくしゃがむ。


「……、ぇ…?」


 しかし、その瞬間は来なかった。

 フロムが振り返ると、そこには男を取り押さえた私服姿の男性がいた。


「全く、ご隠居様も無茶を言われる」


 一人ごちたその男性は、二人に怪我がないことを確認してうなずく。

 そして(まばた)きの間に男を気絶させた。


「お怪我はないようですが、しかし()くこの場を離れてください」

「え、えっと」


 あまりのことに黙ってしまったマリンの代わりにどうにか口を開くも、なにをいうべきかまとまらない。


 その男性に支えられるようにして立ち上がり、その場から移動するように(うなが)される。

 しかし腕の中で、僅かでも確かな抵抗がされる。


「まって、まだ、やることがある」

「すみませんがこのような事態では、鎮めることも難しく」


 男性に言っても駄目とみるや、すかさずマリンはフロムの目を見る。


「おねがい、フロム!」

「…ッ、あーもうわかったから! なにをすれば、」


 そうフロムが問うより前に、マリンはその人物を見つける。


「ラテスさん!」

「え、あ! マリンにフロムも」


 なるほどと納得するよりも速く、フロムはラテスの手を引いて駆け出す。マリンもラテスの手をとって互いでに引き()るも同然に。

 助けた男性が制止する間も無く、ある場所へと。




◇◇◇



 その数分前、王府にて。



 アルス公王は、筆頭宰相リオナらとともに、復古祭(アイナルス)に際して、招待した各国の重鎮を迎え入れていた。


「この度は公王陛下、お招き頂き感謝します」

「うむ、連邦の大使"ロンドニア"殿。それにそちらは、」

「アズマ皇国よりご招待頂きました、外務大臣"ナタリー・ミズノ"です。…以後、お見知りおきを」


 "連邦"の駐在全権大使、"イシータ・N・ロンドニア"。

 "皇国"の外務大臣、"ナタリー・ミズノ"。


 この他にも"イーグランド"や他の小国、連邦や皇国各地の有力者など、いずれも重い腰(・・・)をあげてやってきた代表者たち。


 このアルスでの復古祭(アイナルス)は、原初の頃のようなただ芸術を(にぎ)やかせるものではない。

 れっきとした政治の場である。なにしろ、数十の国や地方の代表、あるいはその名代が国際の社交を得るのだから。


「それにしても陛下、復古祭(アイナルス)とは斯様(かよう)にアルスの文化を盛り上げるものなのですな。わたしは大使として着任して以来、これほどの王都を見たことがありませんでした」


 お世辞とも本心ともつかぬ物言いではあるが、イシータは王都を今日までに巡ってきた際の感嘆を告げる。


「それが復古祭(アイナルス)でありますから」


 あえてリオナがその言葉に応える。

 王と、お前たちは誰一人対等ではないのだと言外に伝えるために。


「貴女がプルデンター宰相殿であったか。随分とお若い」

「若輩者ながら、この国に忠義を捧げております」


 その一言一言が貴族の武器。(まつりごと)(たずさ)わる者らの磨く一つの利剣にして盾。


「そうですか。いやしかし王都の明るさはわたしも驚きましたが、ですが少々(・・)騒がしいようですな」


 来賓(らいひん)を迎える応接間、そのバルコニーへと視線を誘導させる。ナタリーはその顔を(かす)かに歪めさせ、(わら)う。

 かの西()の大国、その重鎮。


「あの騒ぎはどう説明するおつもりでして? 公王陛下?」


 その顔に、公王は薄く引き延ばした(おそ)れがあるのを見抜く。

 一国の主に相対するそれと。

 そして何よりこの場にいる誰でもな(・・・・・・・・・・)い誰か(・・・)へのそれを。


「我が国の、不徳の致すところはすまなんだ。だが、」


 こやつは"虎"ではなく、"狐"か。


「ここからが一興。同じ"狐"に化かされてはみぬかの」




◇◇◇ 



「………」


 マリンは一歩一歩、踏み(たが)えることなく、そこへとつながる階段を上る。


 そうして、たどり着く、その一歩前。

 もっと、違うかたちでの登壇を考えていたけれど。


「………」


 これはこれで、すごく緊張する。



 決して混乱の中にある観客たちには聞こえないだろう、それでも幾人かにだけ伝えきれるように響く声がある。


「マリン、これマイク使って。ラテスさん準備はできてる!?」

「…できてるぅう! けどホントにやるの…」

「「やるっ」」


 やれやれと肩をすくめ、この道35年の照明係ラテスはやってのける。


「その場のアドリブで任せなさい!」


 フロムはまた、自分しかいないために、それでもオーナーの店で学んできた知識を生かすために舞台裏に向かう。


「マリンっ、頼んだ!」


 うん、とうなずいたのは聞こえただろうか。



 マリンもまた、己の持ち場へ向かう。


 群衆の中、ただ一ヶ所だけ。

 ぽっかりと穴の空いた、復古祭(アイナルス)への舞台へと。




第三章「祭典が舞うならば、政は踊れ」

:08.<ページ未満の歴史 前編>

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