ゴリラ対ゴリラキラー続・続編 【ゴリラキラー外伝〜森の誓いと踊る拳〜】
土の香りがまだ湿っていた。
森の奥の隠れ家。
壁に吊るされた乾いた薬草と、焚き火の煙がゆらりと揺れる。
ベッドの上には一人の男……通称「ゴリラキラー」。
右腕には包帯、胸には無数の傷跡。
半年の静養の末、彼はようやく立ち上がることができるようになった。
「……俺は、負けたんだな」
呟いた声は、自嘲と共に崩れ落ちるように静かだった。
その時、背後から低くも柔らかな声が響いた。
「その言葉、聞き飽きたわ」
現れたのは、ゴリラ妻。
小柄な体躯に似合わぬ分厚い筋肉、金属のような光沢を放つ腕。
だが瞳は優しく、火のように強い。
彼女は半年前、ゴリラとの戦いに敗れ森で死にかけていたゴリラキラーを見つけ、彼をその怪力で森の隠れ家である自分の家に運び込み、今日まで看病してきたゴリラキラーの恩人だ。
元女医という経歴を持ち、いまは自然を愛する森の住人となっている。
人間の女性ではあるがゴリラをも持ち上げると言われるほどに鍛えたその怪力とあまりにも迫力のあるいかつい風貌、そしてゴリラの森に住んでいることから巷ではゴリラと結婚したのではと噂されいつしかゴリラ妻とあだ名されることとなったのだ。。
そんな彼女が現在、ゴリラとの戦いに敗れ敗北のショックからいまだ立ち直れないでいるゴリラキラーを叱咤激励しているところ。
「あなた、何のために生き延びたの?」
言われたゴリラキラーはうなだれたまま返す。
「……さぁな。もう、戦う理由も……」
ゴリラ妻は続ける。
「違うでしょ」
パシッ、と乾いた音が響いた。
ゴリラ妻の手のひらが、ゴリラキラーの頬を叩いていた。
「あなたは“ゴリラキラー”。ゴリラに負けた過去も、森を破壊した罪も、そしてあなたの力の意味も、すべて背負って立たなきゃいけない。
ゴリラに負けたまま終わるなんて、許されないのよ」
ゴリラキラーは拳を見つめた。
血にまみれた右拳。
あの戦いで頼り続け、そして敗北した拳だ。
「……俺の拳は、もう通用しねぇ」
「そう。拳だけじゃ、ね」
ゴリラ妻は突然立ち上がり、床を蹴った。
しなやかな動き。
次の瞬間、彼女の身体が空を舞い、回転し、踵が風を裂いた。
バシュン!
炎のような足の軌跡が空気を切り裂き、暖炉の薪の火が一瞬消えた。
「……なんだ、それは……。」
「“踊る戦い”……カポエラ。私は元医師だけど、それだけじゃない。ブラジルでカポエラの師範をしてたの」
ゴリラ妻は腰を落とし、両腕をゆるやかに揺らした。
まるで風がリズムを刻むような動き。
「拳だけで挑めば、ゴリラの剛腕に潰される。
でも、重力を裏切る足、流れるようなリズム、体全体を武器に変えれば、勝てる可能性はある。……私はあなたに、それを教える」
「……おい、冗談だろ? 俺が“足で踊る”のか?」
「踊るのよ。“生きるために”。そして、“戦うために”」
ゴリラキラーは、苦笑した。
けれど、久しぶりに胸の奥で何かが燃えた。
「いいだろう。ゴリラ妻——あんたが師匠だ」
翌朝。
森の奥の小さな空き地に、奇妙な光景があった。
筋骨隆々の男が、ぎこちなく足を動かしている。
リズムに合わせて手を振り、回転し、時々転ぶ。
そのたびに、木の陰からゴリラ妻が叫ぶ。
「腰を落として! もっと音を感じて!」
「お、音てなんだよ! 森しかねぇぞ!」
「森がリズムをくれるの! 風を聞いて!私のカポエラとあなたのハードパンチが融合すれば絶対にゴリラに勝てるわ!」
鳥たちが一斉に飛び立つ。
地面に男の汗が滴る。
太陽が真上に登る頃、ゴリラキラーはようやく一歩、自然とリズムに乗れた。
その瞬間、ゴリラ妻は微笑んだ。
それは、初めて彼が「生き返った」と感じた笑みだった。
「私も昔医師をしていた頃は腕力だけを鍛えたわ。趣味でね。でもね、それから私も悟ったの。腕力だけでは勝てないってね。」
ゴリラキラーは『趣味で鍛えてただけなのに何と戦おうとしてたんだこの人は…』と思ったがそれは口に出すのをやめておいた。
「よし……次は蹴りだ。ゴリラに届く“足”を作るわよ、ゴリラキラー」
小休止を挟んで森が再び燃え始める。
それは炎ではなく、再戦へと向かう魂の熱だった。
続く。




