第七話 初めてのお留守番
その後、迷宮ジジィが今日のご飯を作ってくれた。
その手際の良さは驚くべきもので、見事な御馳走があれよあれよという間に作られていった。
ボクは彼の手元仕事に徹し、その仕事ぶりを学ぼうとしたけれど、正直、真似できる自信がない。迷宮ジジィはまるでコックさんのお手並みだったからだ。
そうやって彼の仕事を見ているうちに、テーブル一杯の御馳走が用意されてしまった。
その御馳走の山を見てボクは思わず感動の声を上げた。
「うわぁっ! 凄い御馳走だぁっ!
こ、こんなぶ厚いステーキ肉、ボクはお伽噺でしか聞いたことないぞっ!!」
感動するボクを見ながら迷宮ジジィは誇らしげに胸を張って言った。
「今日は、お前の歓迎会としよう。
こんな御馳走は珍しいんだぞ。」
それからは、とても楽しい晩餐会となった。
焼きたてのパンに分厚いステーキ肉。野菜たっぷりのシチュー。貧困育ちのボクにとってはまるで宮廷料理のように思えた。
さらに、迷宮ジジィが指をパチンと擦り鳴らすと、何処からともなく掌サイズの妖精たちが集まって来て、楽器を鳴らして歌を歌ったり、ダンスを踊ったりしてボク達の食事を楽しませてくれた。
本当になんというか・・・・きっと王侯貴族のパーティってこんな感じで幸せいっぱいなんだろうなって、そう思えたし、そんな経験ができるなんて・・・・まるで、まるで夢みたい!
こうして、夢のような時間はあっという間に過ぎて、食事が終わると迷宮ジジィは彼ら一人一人に角砂糖を配ってお礼とした。どうやら、妖精と迷宮ジジィの間には、何かの報酬として角砂糖1個あたえるという契約でもあるようだ。ボクも明日から妖精に何かしてもらったら、お礼の角砂糖を忘れないようにしないとね。
食事が終わると、お風呂に入る。お風呂場にはローレライという水妖精がいて、お風呂の湯加減をしてくれた。
ローレライは先ほどの二人の妖精とは違って、ボクよりも背の高く、お胸もクビレもお尻も見事に妖艶な女性だった。
彼女はボクを一目見ると「アナタ、エイルじゃないのね?」と残念そうにため息をついたけれど、ボクの体を洗ってくれたり、シャワーを流してくれたり、至れり尽くせりのサービスをしてくれた。
「ローレライは、ご主人様にもここまでサービスをしているの?」
と、同じ女の身になったボクの問いかけには、黙って微笑むだけだったけれど、そこは察しろってことなんだろうね?
迷宮ジジィって、結構悪いジジィだよね?
そんなこんながあったけど、お風呂からあがるときにボクは脱衣場に置いてあった砂糖瓶から角砂糖を1個とってローレライに手渡す。すると、ローレライは煙と共に姿を消した。いや、正確には掌サイズの妖精の姿になった。一瞬でボクより大きかったのに掌サイズになったから消えたように見えただけの話だった。ちょっと驚いたけど・・・・・。
迷宮ジジィの話によると、最後に風呂に入ったものが脱衣場においてある角砂糖を一個ローレライに渡すことになっているらしい。きっと、この報酬がもらえるまでは大きな姿をしている契約でもしているのだろう。
角砂糖一個で労働させる契約。どう考えても迷宮ジジィに対して有利な契約条件だ。
人間よりも遥かに高位な存在である妖精相手にここまで一方的な契約を結べるなんて・・・・。本当に迷宮ジジィって何者なんだろう? ボクはだんだんと彼が怖くなってきた。
でも、得体のしれないことは確かだが迷宮ジジィは意外なほどボクに対して優しいご主人様だった。
ちゃんと寝るときはボクとの契約を守ってボクに夜伽を命じたりすることもなく、安心して眠らせてくれた。冒険者の荷物持ちをしていた頃とは大違いだ。むしろボクは迷宮ジジィに拾われて幸運だったんだと思った。
ところが、ただただ優しいご主人様なのは初日だけらしく、次の日からはちゃんと厳しいご主人様だった。
あさ5つ刻には「起きろっ! 当家のメイドが何時まで寝ているつもりだっ!!」と、怒鳴りながら寝室のドアを叩いて起こされ、朝食の準備をさせられた。
挙句の果てにボクの焼いたパンを美味しくないと文句を言われ、ボクの食器が洗う速度が遅いだの、掃除の手際が悪すぎると散々と怒り散らした。
しかし、それも食後の掃除が終わるまでの話だった。
彼は8つ刻には家の外へ仕事に出かけていった。
それが何の仕事か尋ねても「お前が知ることではない」と、答えてはくれず、それどころか自分が戻ってくるまでに家中の掃除と食事の準備を済ませておけと厳命して家を出ていった。
しかも、彼は家を出ていく際に
「俺が留守の間に誰かが家を訪ねてくるだろう。しかし、決して玄関のドアを開けてはいけないよ?
それはとても恐ろしい存在なんだ。お前は居留守を決め込み、決して声を上げてはいけないし、決してドアを開けないように!」と意味深な命令をしていたが、あれはどういう意味なんだろうか?
まぁ、とにかく居留守を決め込めばいいってことだね。
それぐらいなら、まぁ、お安い御用というか。客の相手をしなくていいなんて良いご主人様じゃないか! なんて楽観的にボクはとらえていた。
やつらが姿を見せるまでは・・・・・
やつらはお昼近くになった頃に突然、やってきた。
玄関ドアをけたたましく叩いてやってきた。
ドンドン、バンバンっ!! と、激しく玄関ドアを家の外側から叩く音が聞こえて来たかと思うと、地を這うようなゾッとする声で
「いるかぁ? ○×◆★Z□っ!!」
何故だか知らねぇが、生娘の匂いがするぞ。
○×◆★Z□っ!! 俺にもその娘を食わせろっ!! 犯させろっ!!」というのだった。
そんな身の毛のよだつようなことを叫びながら、家の玄関ドアを激しく叩き続けた。
「知っているぞ!
わかっているぞっ!!
俺にはお前が見えているぞっ!
さぁ、隠れても無駄だっ!! 戸を開けて中へ入れろっ!!」
怖くて息を殺して家具の影に隠れていたボクだったけど、ついに怖さに負けて、家具の隙間から窓のあたりを覗いて見た時、ボクはそれが何か知った。
巨大な異形の神々が炯々と輝く大きな目玉で部屋の中を覗いていたのを・・・・・。