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第六話 この体の持ち主

「そして、ここがお前の寝泊まりする部屋であり、クローゼットの中に衣装が入っている。

 好きな衣装を選ぶがいい。」


 迷宮ジジィに案内された部屋は化粧台まである完全な女性用の部屋であり、クローゼットの中の衣装も全て女性物だった。

 ボクはその中を(のぞ)いて困惑した。


「あの・・・。」

「なんだ?」


「こんな女物の服を出されても、どうやって着たらいいのかわかりません。」


 ボクがそう言うと迷宮ジジィは再び大笑いしてから、白色で花柄のついたブラジャーをつけてくれ、さらには暗い紫のメイド服を着せてくれた。

 その手際の良さから、迷宮ジジィの女性遍歴(へんれき)垣間(かいま)見える。


 ・・・・・・意外だけど若いころはプレイボーイだったらしい。


 そこまで考えてから、ボクはようやく気が付いた。

 この体の持ち主だった女性は迷宮ジジィとここに住んでいた(ひと)なのだと。

 だから、こんなにもピッタリとブラジャーが合うんだ。

 

 そして、何よりもこれからこの(ひと)の体を使わせて頂くボクが、この(ひと)の事を知っておかなくてはいけないことに気が付いた。


「あの・・・・着せてくださってありがとうございます。」

「ああ。次からは自分で着れるようにしろ。」


「は、はい。あの・・・・それからですね。」

「まだ何かあるのか?」

 

 迷宮ジジィは(わずら)わしそうにそう言ったが、僕の次の問いかけには眉をしかめるのだった。


「この体の元の持ち主の名前は?

 何者だったのですか?

 ご主人様とどのようなご関係で?

 そして、今はどうなされたのでしょうか?」


 迷宮ジジィは、しばらく黙ってボクを見つめていたけれど、「・・・・その体の持ち主の名はエイル」と一言だけ答えた。


「いやいや。エイルってボクの名前ですよね?

 ボクが尋ねているのは、この体の本当の持ち主の素性です。」


「・・・・・」


 迷宮ジジィは、黙りこくったまま何も答えなかった。

 どうやら聞くなってことらしい。

 自分の名前も答えなかったし、迷宮ジジィは詮索(せんさく)されるのが苦手なのかな?

詮索されるのが苦手だったから、これまで冒険者と接触してもなんの関りを持たなかったのかな?

 

 迷宮ジジィがそれ以上何も答えてくれなかったので、迷宮ジジィが400年生きていることと、この家が古代に滅びた王家の住処だったこと。それ以外の事は今のボクにはわからなかった。


 しかし、そんな事は迷宮ジジィの知った事ではないとばかりに両手をパチンと叩き合わせて、仕切り直しの空気を一度作ってから「食事にしよう。」と切り出した。


「今日は俺のやる仕事を見て学べ。お前は俺の補助をしろ。

 明日から、お前は俺がやって見せたことを参考に炊事洗濯をするんだぞ。」

「はい。」


 ボクが返事をすると迷宮ジジィは、今いる寝室を出て、食糧庫に向かう。

 食糧庫の戸棚を開けるとビックリするほど立派なサイズの食材が保存されていた。

 戸棚の中には生肉なども沢山あったけれど、戸棚内部には冷気が満ちていた。きっと、これが食材が腐らずに保存できる理由なんだろう。しかし、パッと見た感じ戸棚は普通の木製の戸棚。一体、どういうカラクリで冷気が出ているのだろうと不思議に思って尋ねた。


「冷たい・・・・この冷気は何処(どこ)から出ているのですか?」


 ボクがそう尋ねたと同時に戸棚の中から人の声がしたっ!


「ああっ!! そ、その声はエイルじゃないのっ!?」

「ええっ!?」


 突然の呼びかけにボクが驚いていると、とびきり大きなハム肉の奥から掌サイズの美少女が出てきた。


「ああっ!? よ、妖精じゃないかっ!!」


 生まれて初めて生で妖精を見た。それも食料保存庫の戸棚の中で。

 これが驚かずにいられようか。伝説ではめったに人前に姿を見せないことで有名な妖精が戸棚の中にいるんだから・・・・。

 そして、驚くボクをみた妖精は、がっかりした様子で背中の羽をたたんでしまった。


「あら、アナタ。見た目はエイルだけど、中身は違う子ね?

 一体、どういうおつもり? ○×◆★Z□。」


 ん? 最後なんだって?


「○×◆★Z□っ!!

 ○×◆★Z□っ!!

 ○×◆★Z□っ!!」


 妖精は迷宮ジジィの方を向いて指差しながら何かを叫んでいたけれど、その声は言葉にならず、ボクには何と言っているのか聞き取れない。

 そして、それは妖精の方も同じようで、自分が声を出せていないことに驚いていた。


「ああんっ!! もう、○×◆★Z□っ!!

 この家の中で自分の名前を封じたわねっ!?

 どうしてそんな意地悪するのよっ! 高貴なアナタのお名前を二度と呼べないなんてアタイは哀しいわっ!

 元に戻してよ、ねぇっ!!」


 ・・・・この家の中で自分の名前を封じている?

 迷宮ジジィは妖精に対してもここまで強制力のある魔法を詠唱もせずに発動したの? それって、大魔導士レベルの魔法じゃないの?



 ボクは驚いた。てっきり迷宮ジジィは近接格闘の脳筋ジジィだと思っていたのに、大魔法を使えるほどの識者でもあったのかっ!


 しかし、迷宮ジジィはボクの驚きも妖精の抗議の声もまるで相手にするつもりもないらしく、淡々とボクに説明してくれた。


「エイル。こいつは、戸棚の中の冷気を守ってくれている妖精のウィンターだ。

 こいつがいてくれるから食料が腐らずに済む。

 いいかい? これからお前が食料を戸棚から出すときはウィンターにお礼として角砂糖一山をあげるんだぞ。」


 迷宮ジジイがそう言って戸棚の上のガラス瓶から角砂糖を一つ取ってウィンターに手渡すと、ウィンターは先ほどの事はもう忘れたのか「きゃああんっ!! これよこれっ!!」と言って歓喜して抱き締め、もうボクのことなど眼中に入らない様子だった。


「では、次に台所に行こう。

 (かまど)には竈の妖精サラマンデルがいる。

 火おこし、火力調整をやってもらっているので、サラマンデルにも角砂糖一つの礼を忘れないようにな。」


 迷宮ジジィはそう説明しながら台所に行く。そこには確かに先ほどと同じように火の妖精サラマンデルがいた。

 サラマンデルは小さな禿()げ頭の老人だった。

 彼もウィンターと同じく、ボクを見て「エイルじゃないか!」と、大変、驚いていたし、やはり迷宮ジジィの名前を発音することができない様子だった。



 そうして、ボクは一つの勘違いに気が付いた。

 どうやら、本当にこの体の持ち主の名前は「エイル」というらしい。

 迷宮ジジィがエールと言うボクの名前を聞いて驚いたり、絶対にエイルという名を譲らなかったのも、それが理由なのか。

 それにしてもエールの魂を入れる体の名前がエイルだったなんて、すごい偶然だなぁ。

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