第四話 交渉成立
貧困層で生まれ育ち、肉体的に恵まれない痩せっぽちのチビのボクにできる仕事なんて冒険者の荷物持ちくらいだった。
そんなボクがより逞しく生き残っていくために磨けるものは、交渉術だけだった。荒くれ者の冒険者を怒らせない程度に自分の権利を勝ち取り、報酬を勝ち取る。これだけは弱いボクでも磨けるスキル。ボクはこれまでの人生で磨き上げたこの交渉術に賭けた。荒ぶる迷宮ジジィに臆することなく力強く話しかけた。
「迷宮ジジィ。
この家で働くにあたり、アナタと交渉がしたい。」
ボクが強い決意をもって再び交渉を求めたら、迷宮ジジィはあからさまに嫌そうな顔をした。
「お前ね。時折言う、その『迷宮ジジィ』ってなんだよ?
そもそも誰がジジィだ。俺はまだ400年しか生きとらんわ!」
「ジジィじゃないですかっ!!」
「・・・・・なんだとっ!?」
迷宮ジジィはかなり怒りだした。そこでボクは地上の人間が80年しか生きられないこと。長命種のエルフだって最長300年前後しか生きられないことを説明すると、迷宮ジジィは腕を組んで考え込んでしまった。
「なんと人間とは、かくも儚き存在だったのか。」
ボクは呆れた。迷宮ジジィはあまりにも世間知らずだったから。いや、常軌を逸した存在というべきか。
「いえ。アナタが異常なんですよ!
そもそもアナタは何者なのですか? どうしてそんなに長生きなんですか?
どうして冒険者を魔物から救ったり、逆に殺したりするのですか?
もう200年も前から冒険者の間ではアナタは迷宮の意識の具現化と噂されています。
本当に一体、何者なのですか?」
疑問が疑問を生み、ボクの心の中で尋ねたいことが雪だるま式に膨れ上がっていく。だから、まくし立てるように迷宮ジジィを質問攻めにしてしまった。
でも、迷宮ジジィは、それに腹を立てることなく、むしろ愉しそうに聞いていた。
「・・・・・ほう。迷宮の意識の具現化か。
人間とは面白いことを考える。
しかし、当たらずとも遠からずってところだな。俺は確かに迷宮のバランスを保つために人間を救ったり、魔物を救ったりしている。」
「迷宮のバランス?
何の話ですか?」
しかし、迷宮ジジィはボクの問いかけに「俺の正体については秘密だ。」としか答えてくれなかった。
「それで? お前が求める交渉とは、何のことだ?」
迷宮ジジィは興奮して脇道にそれてしまったボクの話をもとに戻すように問い返してきた。
そうだった。ボクはボクの貞操と人生をかけて迷宮ジジィと契約交渉しなくてはいけなかったんだ!!
ボクは仕切り直しを表現するように咳払いを一つしてから迷宮ジジィに交渉を持ちかける。
「迷宮ジジィ。ボクが当家で働くというのなら、労働条件を明確にしたいと思いますし、やれる事とやれない事も明確にしておきたいと思います。」
「よし。言ってみろ。」
迷宮ジジィは興味深そうにボクを見つめながら快諾した。
「まず、ボクが当家の執事として働くというのなら、炊事洗濯掃除は当然、やりましょう。
しかし、夜伽と女装はお断りします。」
「お前にそれを拒否する権利があるのか?」
最初の提案は拒絶された。これは想定できたこと。ボクはめげずに言葉を続ける。
「今はありません。しかし、労働の対価として、その自由を下さい。
つまり、1日のボクの仕事を評価し、それが十分ならボクに1日拒否権を買わせて欲しいと言っているのです。」
迷宮ジジィはボクがそう言うと「ううむ・・・・」と唸って考え込んでしまった。
交渉がうまく運び出した証拠だ。
少なくともボクの提案は迷宮ジジィにとって一考に値する事だったから。これで一蹴されるようなら、このあとの展開はない。しかし、ボクの提案について考えてくれるのなら、ボクの提案が受け入れられる可能性がまだあるということなのだ。
迷宮ジジィはしばらく悩んだ後、不機嫌そうに尋ねた。
「つまり、俺が選んでやったメイド服がお前の好みではなかったと?
そ、それならお前好みのメイド服も用意してやるぞ? 」
は?
「違うよ!! なんでそんな事になるの!
女装なんかイヤダって言ってるの!?」
「それに俺は女を喜ばせる自信があるぞ。今は嫌だ嫌だと言っていても、一度でも俺に抱かれたらお前の体は滝のように露が溢れて止まらぬ坩堝に変ってしまい、俺が欲しいと自分から懇願するようになるぞ。どうだ? 俺が欲しくなって来ないか?」
ちょっと、何言い出すのよ、この人はっ!!
「ち~が~う~っ!!
なんでそうなるの? いやらしいことしないで下さいって言ってるのっ!!」
迷宮ジジィは見当違いな解釈ばかりしてボクを困らせするだった。
その後、問答すること十数分。やっとボクと話のすり合わせ出来るところまで来た。
「つまり。お前は女装もしたくないし、俺と寝たくないと言うのだな?」
「はい。その通りでございます。
迷宮ジジィ。ボクの体は確かに女の子になりましたが、心は男です。男に抱かれるなんて真っ平御免です。」
迷宮ジジィはボクを睨みつけるように見ながら、なにやら考え込んでいたけれど、妙案思いついたのか急に嬉しそうにニヤっと笑った。
「よろしい。お前がそれに相応しい仕事をするのなら、その権利、与えよう。」
!! やった!ボクの交渉勝ちだ!
と、思った矢先、迷宮ジジィが「ただし」をつけてきた。
「ただし、仕事を覚えるまでの一週間はお前は、評価に値しない。見習い期間だからだ。
まぁ、その一週間はお前の体を求めることはしないでおいてやろう。
しかし、お前の仕事ぶりとは関係なくお前の方から俺を求めた場合、その権利は成立しない。俺は容赦なくお前を抱く。
それでいいか?」
迷宮ジジィは、よくわからない提案をしてきた。
見習い期間はもっともだけれども、ボクから迷宮ジジィを求める? あり得ない話だ。
「わかりました。そのご提案、お受けいたします。
今日からお願いします。ご主人様。」
そう言ってボクは何も考えずに快諾してしまった。これが地獄の始まりだなんて、思わなかったからだ。