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第二十八話 愛しています

 彼に抱かれた快楽の衝撃で意識を失うその刹那(せつな)。私は夢を見た。


 大きな庭園で二人でダンスを踊る夢を。

 色とりどりのお花畑の中、私と彼は踊り続ける。付かず離れず終わらぬ時の中で。

 時に抱擁(ほうよう)し、見つめ合い、口づけを交わして愛し合う。


 そうして私の全てが彼の愛によって(とろ)かされ、私は一つの坩堝(るつぼ)になった。私は愛があふれ出して枯れることがない泉。そして、彼は私の全てを吸い取ってくれる。憎しみも苦しみも悲しみも歓びも喜びも愛も快楽も。


 みんな、みんな。わたしのみんな、あなたのもの

 どうか、わたしのすべてをうばって・・・・・。



 そんな夢を見た。

 目が覚めたとき、私は迷宮ジジィの部屋の中にいて、そのベッドの上に寝かされていた。

 トントンと包丁の音が聞こえて来たので、その方を見ると、彼が何かを作ってくれていた。


「起きたのか。相変わらず寝坊助な奴だ。

 そこは前のエイルとは全く違うな・・・・。」


 私の様子に気が付いた彼は、目覚めた私を見て嬉しそうに笑った。

 長い白髪と白髭(しろひげ)に顔の大半が覆われていたはずの彼の顔は、すっかりと整えられている。迷宮ジジィなんて仇名が的外れなほど美しい美青年。前のエイルと共に映写されたときの姿のままだった。



「か・・・・カッコいい・・・・」


 その美しい顔立ちを見て、私は思わずつぶやいていた。だって、彼は本当に本当にこの世の者とは思われぬほどに美しかったから。

 彼はそんな私を見て笑った。


「・・・・まぁ、今までヤサグレていたからな。

 でも、お前の愛を手に入れて・・・・俺もそろそろ目を覚まさないとな。」


 彼はそう言ってから、一糸まとわぬ私の体を抱き上げ、食卓の椅子に座らせてくれた。


「食事にしよう。」


 彼が用意してくれた食事は、どれも大変美味しい。それだけでなく見た目も芸術作品の様に完成されて美しかった。

 私はため息を吐く。


「酷い賭けだわ・・・・・。こんなの一週間で絶対に身につくわけがないじゃない。」

「そうだ・・・・・。

 俺はエイルを失ってからずっと・・・・ずっとお前の事を思って料理を作っていたからな。

 エイルが喜ぶ食材、見た目、味・・・・・真心を込めて作って来た。幾日も幾日も幾日も・・・・動かぬエイルの体に向かって食事を並べて来たからな・・・・・。」


 そう言いながら、過去を思い出してしまったのか、こらえ切れず彼は嗚咽して泣き出してしまった。


「うっ・・・・ううううっ!!

 お前の事をずっと思うだけの日々は辛かった。何よりの地獄だった。この地下迷宮(ラビュリントス)の中、父から拝命された管理者の使命を全うするだけの日々。

 王家の血と父の命が俺を迷宮に縛り付けた。どこかに逃げ出せば、この世界は臨界を迎えて崩壊する。そうなれば美しいお前の体も失われてしまう。

 怖かった・・・・お前の全てが失われてしまう事が、お前の生きた証さえ失われてしまう事が。

 だから、だから・・・・ずっとこの地を守って来た。動かぬお前の体と共に・・・・。

 こんな地獄がこの世にあるかっ!!」


 気が付いた時には私は彼を抱きしめていた。


「泣かないでっ! 愛しい人・・・・。私は帰って来た。

 前の記憶は何もかも失っているけれど、魂だけは・・・・愛だけは取り戻しました。

 だから・・・・だから、どうか泣かないで。それよりももっと深く、深く・・・・私を抱きしめてっ!!」


 それから長い間、私達はお互い抱き締めあって、お互いの愛を再び確認し合った。

 料理はすっかり冷めてしまったけれど、それでも私の中の彼は熱く燃え上がり続けた・・・・・。




 あれから随分と時が経った。

 戦乙女に戻った私には幾万年の時も意味がなさない。地下迷宮の上にあった王国もいつの間にか無くなり、地表に繁栄していた人類も時の流れという運命に従って滅亡し、やがて新たな生物が生まれ、そこから多くの種族へと進化し、それが文明を持つにいたるほど時間が経った。

 それでも私と彼はこの地下迷宮を守り続けている。

 時の流れの中で彼との間に授かった五人の子供たちともに、この世が終わるその時までずっとずっと愛し続けるの・・・・。



 おわり

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