第二十一話 元凶の女神
迷宮ジジィは家の外を指差しながら「大体の事情はアムンキから聞いている。災難だったな。」と言いながら、ボクの頭をワシワシ撫でまわした。
「アレが残りの冒険者共だな。一応、あいつらは始末できたわけだが、そもそもの元凶である女神が放置されたままだと問題だ。
明日、俺は女神に文句を言いに行くけど、お前はどうする? ついてくるか?」
どうするって、誘っているの? なんで?
ボクは目をキョトンとさせながら問い返した。
「・・・え? なんでボクが?」
「なんでって・・・ここ数日の留守番でわかっただろう?
ここは言うほど安全ではないぞ。いや、家に籠っていれば安全なのだが、今回の様にお前が侵入者を救おうとすれば危険になるし、前にあったように付喪神の類がくるかもしれん。
所詮、奴らは俺に勝てないことを知っているから、俺が留守のときこそやって来てわ息巻いているだけの連中だがな。
まぁ、だから家に籠るか、俺に着いてくるか。お前が決めて良い。」
・・・・そういうことだったのか。
迷宮ジジィが留守になった時、この家に異形の物がやって来ることは日常の事だったんだ。それで初めてのお留守番の時、予言するかのようにボクに誰が来ても応対するなと言ったんだ。ボクはこれまでの事情を踏まえたうえで少し考えてから返事をする。
「ここに誰か来ても妖精たちが守ってくれます。安全です。
でも、外の世界を見てみたい気がしますから、一緒に連れて行ってください。」
僕が返事をすると迷宮ジジィは少し嬉しそうな目でボクを見てから「よし、わかった。」と言って同行を許可してくれるのだった。
やった! ボクは小さく拳を握って喜んだ。
地下迷宮には、ただの人間に過ぎなかったボクには知りえなかった謎の世界が広がっている。迷宮ジジィのような特別な存在が一緒にいないとたどり着くことが出来ないアムンキ様やジャガーの神キニチ・アハウが住むような異界が存在したことなんか、冒険者の誰も知らないことだろう。あの異界はこの地下迷宮の中に確かに存在する。それこそ肌と肌をこすり合わせているような距離に密接しているのに、誰もその存在を知らないんだ。もしかしたら、冒険者の荷物持ちをしていたボクも知らぬ間にあの異界を通り過ぎていたのかもしれない。
今回の冒険者たちは、かなりの幸運で偶然にも異界の女神と遭遇して武器を手に入れたようだけれども、迷宮ジジィが一緒ならばボクはいつでもだれも知らない異界に出入りできる。こんなの体験しないわけにはいかないよ!
ボクは少し興奮していた。
でも、迷宮ジジィはそんなボクの興奮とは裏腹に冷静に家の中をキョロキョロ見回して、それから言った。
「それよりもエイル。食事の準備がまだのようだが?」
「あっ!」
色々あって、すっかり忘れていた。
それから迷宮ジジィが掃除と食事の準備を手伝ってくれた。おかげですぐに食事にありつけた。
「全く、お前は。
わかっているのか? 見習い期間は明日で終りだぞ。
ちゃんとやらないと約束通り、夜伽をしてもらうことになるからな。」
「う・・・・。は、はい。」
そうだった。色々ありすぎて忘れていた。ボクは明日までにはメイドとしてしっかりと仕事をこなせるようになっていないといけないんだった。
「・・・・どうしよう。明日はやっぱり、お家で修行した方が良いのかも・・・」
と、不安そうに迷宮ジジィに聞いてみた。迷宮ジジィは呆れたようにため息ついて答えた。
「全く、お前という奴は。
明日一日のことだ。いまさらジタバタしたところでどうにもなるまい。明日は俺と来い。」
「・・・はい。ご主人様。」
今更ジタバタしても仕方ない。もっともな意見でボクは、それに従うことにする。
それにいよいよになったら、もう一度、迷宮ジジィに交渉するまでだ。ボクは作戦を練りながら迷宮ジジィが作ってくれたスープを飲む。そして、改めてその味に舌鼓を打ちながら
(これは・・・十年修行しないと出せない味かもしれない。)
そう思い、分の悪い賭けに出ていたことを思い知らされるのだった。
翌朝、いつものようにボクよりも先に起きていた迷宮ジジィに怒られるようにして目を覚まし、アムンキ様の祠に行って礼拝とご報告をした。
ボクの報告を聞いたアムンキ様はボクを心配して姿を現して、ボクに一本の杖を与えてくれた。
2匹の蛇が巻き付いた姿をかたどった魔法の杖だった。
「すごい・・・・これ凄い魔力がこもっていますね。」
ボクが何気にそう言うとアムンキ様は満足そうに頷かれた。
「ほう、よくわかったな。以前のお前ならわからなかったであろうが、戦巫女の体と融合した時間が長くなったおかげで、その杖の力の価値が分かるようになったのだろう。
その杖はな、お前に呪いの類が降りかかろうとした場合に身代わりになって守ってくれる杖だ。大事に持っていくと良い。」
「うわぁ、そんな凄い杖。いいんですか?
ありがとうございますっ!!」
こうしてボクはアムンキ様のご好意によって呪いを吸収してくれる魔法の杖『ミンキ』を手にして、迷宮ジジィと共に女神フレイヤの元へと向かう。
3階12番目の部屋に住んでいる女神フレイヤの所へ。
「よし、目隠しをしろ。それが済んだらいつも通りに歩くぞ。」
迷宮ジジィに促されるまま、ボクは目隠しをしたのちに迷宮ジジィに連れられて歩き始める。
いつも通りボクは何かの動物に乗せられ、そして、きっとその手綱は迷宮ジジィが操っているのだろう。
乗り物の揺れの角度や大きさから、『ボクは今、右に曲がっているんだな』とか『今、左に曲がっているんだな』とか考えていたのだけれども、すぐにどこをどう歩いているのか、方角さえも分からなくなっていった。
どのくらい歩いたのだろう? 時間間隔も分からなくなっていった頃、ようやく迷宮ジジィは声をかけてくれた。
「ようし、目隠しを外してもいいぞ。」
「やっ・・・んっ!! なんでいつも耳元で声をかけるんですかっ!!」
ボクは思わずゾクゾクしながら目隠しを外すと、そこは一面、炎の海だった。
「えっ・・・・・ええええええ~~~~っ!?」
「やかましいっ!! 騒ぐなっ!
ここがフレイヤの国だ。いいか、炎が恐ろしくても気にするな。
お前が燃えたり、熱く感じたりすることはないんだ。」
「・・・・えっ!? あ、本当だっ!」
言われてみれば、その通り。ボクは今、熱さを感じていない。
そして、冷静になった時。ボクは自分が一匹の巨大なヘビにまたがっていることに気が付いた。
「きゃ・・・・きゃああああああ~~~~っ!!!
へ、ヘビっ!! へびだぁ~~~~っ!」
「やかましいっ! ヘビなのはわかっとるっ! 俺がお前を蛇に乗せたんだからなっ!
それよりもその蛇から降りるなよ。
その蛇はペルボナハ。流星に変化する火属性の悪魔だ。
火を操るそいつのそばにいれば、お前は無事だ。」
迷宮ジジィはそう言うと、誘導するために火の蛇『ペルボナハ』の頭をごつんと殴って、歩き始めた。
健気なペルボナハは迷宮ジジィに従って歩き始めるのだった。どうやら完全に迷宮ジジィに飼いならされているようだ。
(※)ペルボナハはスラブ神話系統に出てくる夢魔的な火の蛇。亡くなった夫に姿を変えて女性を誘惑し、衰弱死させる。




