第十七話 キニチ・アハウ
「我々は必死で王を探しました。しかし、深手のために何時しか意識を失っていました。
次に目が覚めたのが今です。どこをどうしてここにたどり着いたのか、我らにもわかりません。」
異世界から飛ばされて来た獅子人の話を迷宮ジジィは黙って聞いていたけれども、そのうち三点を問題視し、一つづつ質問した。
「お前たち獅子人が突然異世界から飛ばされてきたのは、わかった。俺がこれまで迷宮に住む神々から聞いた話を参考にすると、ここ600年は、そういうことはなかったらしい。
これは大きな問題だ。」
迷宮ジジィはそういうとボクの方を困った目で見ながら、「俺の家に古き神の祠が立ってしまい、そのせいで迷宮のバランスが崩れ、無選別に異世界の種族を召喚させる機能が再起動してしまったのだろう。」と言った。
・・・・・・・え? それってボクが悪いの?
でも、なんで? それに異世界から何かを召喚するシステムって何?
ボクがそんな疑問に首を傾げたとき、迷宮ジジィは、もう一つの問題点について言及した。
「それから人間がお前達、獅子人の魔法力を圧倒する武器を持っていたことは、かなり問題だな。
話を聞いた限り、明らかに人間が自力で開発したものではないだろう。俺は400年、この迷宮のバランスをとってきたが、人間の魔法学は、未だその域には届いていない。
人間は、この迷宮ではまだ、捕食される側だ。」
人間は捕食される側。それは納得できる。
この迷宮には、ドラゴンや巨人族など人間ではどうしようもない魔物が存在する。ボクだって冒険者パーティが逃げるための捨て石にされた。
迷宮ジジィは、そんな人間が獅子人を圧倒するほど強大な力を得た理由は異界の神だと言った。
「人間が力を持った原因は恐らく異界の神だ。それが人間の冒険者と偶然に遭遇し、遊び半分で武器を与えたってところだろう。
トリックスターの神だな・・・・・。全く迷惑な話だ。」
迷宮ジジィはさらに最後の問題点にも触れる。
「お前が自分の意思でアムンキの結界を超えたわけでないのなら、この地下迷宮のどこかにワープの罠があるな。
さて、どうしたものか・・・・。」
迷宮ジジィは、両腕を組んでしばらく考え込んでいたが、「この続きは明日の朝にしよう。今は眠れ。」と言ってから指をすり合わせてパチリと音を立てる。すると獅子人は糸が切れたマリオネットの様にバタリとベッドに倒れてしまった。
すーすーと深い呼吸をしているから、迷宮ジジィの魔法で一瞬で深い眠りに落ちたのだろう。迷宮ジジィの魔法力はボクの常識を超え過ぎている。
死の国の神アムンキと互角に渡り合ったり、本当に人間離れしている。ボクはもう、驚くよりも呆れてしまった。
翌朝。ボクがアムンキに朝の礼拝をしていると、家から獅子人が「おはようございます。」と声をかけながら歩いてやって来た。
「わぁっ! も、もう起き上がって大丈夫なのっ!?」
「はい。王のおかげで親子共々、こうして無事に生き残れました。
瀕死の我らを見逃してくださった死の神にも御挨拶しようと思って参った次第です。」
獅子人がそういうので、ボクは礼拝の手順を説明しながら共に礼拝してあげた。
『いと慈悲深き死の国の王アムンキ様。今日も我らを哀れみ給え。
貴方様の忠実なる子羊をお守りください。』という祝詞と、跪いて深々と頭を三度下げる礼拝を行った。
礼拝を終えると獅子人は、改めて挨拶をしてきた。
「ご丁寧にありがとうございます。
改めまして私の名はワイオー。こちらは息子のニャアムです。」
「あっ! ボ、ボクはエイル。ボクもご主人様に命を救われて、その対価としてこの家でメイド見習いをしています。」
「・・・・・・対価。我々は王にどんな対価が支払えるでしょうか・・・・・?」
ボクの話を聞いたワイオーは不安そうにそう言うのでボクは慌てて、
『ああっ!? だ、大丈夫ですよ。ボクは特別です。対価を支払わないと夜伽を命じられてしまうのです。夜伽を務めると一晩で濡れて乾かない坩堝になってしまうので仕方なくやっていr・・・・』
と言いかけたところで
「アホウっ! 己は子供の前で何を言い出すんじゃっ!」とアムンキに頭をはたかれてしまった。
突然出て来たアムンキの神気を受けたワイオーはそれが死の神と察して跪き、「神よ!」と、声を上げた。
アムンキは、ワイオーの態度を見て満足そうに二度頷くと、ボクの頭を撫でながら「苦しゅうない。面を上げ、楽にせよ。」と体を起こすことを許可した。
ワイオーはしばらく戸惑っていたけれども。やがておずおずと体を起こしだした。
「私は死の国の神アムンキである。ワイオーよ其方。この迷宮内に行く当てはあるのかえ?」
アムンキの質問にワイオーは苦しそうな顔で「いえ。ございません。」と答えた。
その答えを聞いたアムンキは「だそうだ。どうする気だ? 迷宮ジジィ?」という。
「誰が迷宮ジジィだっ! お前のような死という存在とともに生まれた神に言われたくないわ。」
アムンキの問いかけと同時に迷宮ジジィの不機嫌そうな声がする。声のした方を見ると家から出て来た迷宮ジジィが両腕を組んで不機嫌そうな顔をして立っていた。
「ワイオーとか言ったな。此度の異世界召喚は、少なからずこちらにも落ち度があること。
元の世界に戻してやることは出来んが、お前に近しい存在の神の庇護を与えることはしてやれる。
すでに話は付けてあるので、これから連れて行ってやる。」
迷宮ジジィは不機嫌そうにしながらも、獅子人のために迷宮内の神に手をまわしてくれていたらしい。
ワイオーも「おおっ! そ、それはいずれの神でございますか?」と歓喜の声を上げた。
「ジャガーの神キニチ・アハウ。四階四番目の部屋に住んでいる。この迷宮内に生き延びているお前の一族の面倒も見てくれるそうだ。」
「わ、私達以外に生き残っている者がいるのですかっ!?」
「ああ。時間が惜しい。今から行くぞ。」
迷宮ジジィは涙を流して喜ぶワイオーが余韻に浸る間もないほど準備を進める。前回、アムンキを尋ねたときと同様にワイオーとニャアムとボクに目隠しをさせてから、ボク達を何かに乗せるとどこかへ連れて行く。
目隠しされたまま、何処をどう進んだのかわからない。
ただ、乗り物が揺れる振動でどこかに向かって移動していることを感じるのみだ。そうして進みに進んだ時に迷宮ジジィが「もう目隠しを取ってもいいぞ」といった。
言われて目隠しを外すと、目の前には巨大な木々や蔓性植物が生い茂るジャングルの光景が広がっていた。
「う・・・わぁ・・・。」
その光景にボク達三人は、溜息しか漏らせない。
「どうしてこんな地下迷宮の中にジャングルが広がっているの?」
ニャアムの素朴な疑問にボク達は答えられない。が、迷宮ジジィはそれに答えてくれるわけではなかった。
「ゆくぞ。乗り物はここまで。あとは徒歩だ。」




