第十六話 追われる者たち
「ああっ!! 全く、お前は面倒事ばかり増やしやがって!」
ベッドに横たわる獅子人親子を見ながら、迷宮ジジィはため息をつく。
「・・・・・ボ、ボクのせいじゃないもん。」
ボクは小さな声で反論する。その声が迷宮ジジィに聞こえていようが、聞こえていまいが、どうせ相手にはされないんだろうけど、一応、迷宮ジジィはボクのご主人様なのだから、遠慮しての反論だ。
「それにしても獅子人なんか、いつの間に湧いたんだ?
全く見かけなかったのに・・・・。」
案の定、迷宮ジジィはボクの話なんか気にならないようで、それよりも獅子人の存在が気になるようだった。
迷宮ジジィは腕を組んで、眉ひそめながら獅子人を見て考え込んでいた。
その様子を見て、ボクも獅子人を良く観察してみた。
獅子人の親は人間の成人男性よりも一回り以上、大きな体をしていて筋骨隆々。しかも手には鉄でも引き裂けそうな大きな爪がある。きっと牙も大きいのだろう。
こんな強そうな人が手傷を負っているなんて・・・一体、何があったのだろう?
そんな疑問を感じながら獅子人を観察していると、ライオンの特徴に関係する、あることに気が付いた。
「あれ? ご主人様。
この人。メスライオンの頭の形なのに、体つきは男の人みたいですね?」
ボクは親と思われる獅子人の頭部にたてがみが付いていない様子を指差して尋ねた。
「いや、これはメスじゃない。この成体はオスなんだ。
普通の獅子人は基本、ライオンと言ってもホラアナライオンだからな。
ホラアナライオンはライオンと言う名はついているが、オスであっても鬣や丸い尾っぽはついてないんだ。」
迷宮ジジィはボクの質問にはちゃんと答えてくれた。
「しかし・・・・、獅子人はそう簡単に人間に負けたりはしない。
よほどの人数を抱えたパーティ。いや、キャラバンか・・・・。それに奇襲されたのか、相当な手練れが揃っている連中にやられたってことだな・・・・。」
迷宮ジジィはボクに説明しているのか、頭の中で今起こっていることを整理して独り言を言っているのかわからない調子でボソボソ言う。
何か気になることがある様子の迷宮ジジィにボクももう一つ、気になっていることを言ってみる。
「どうして獅子人はご主人様の家に来たのでしょうか?
ご主人様の様子だと知り合いってわけじゃないでしょうに・・・・・」
迷宮ジジィはボクの言葉に応えて「そうだな。本人に聞いてみるか・・・」と言ったかと思うと、獅子人の体の上で何やら印を何種類か結んでから「起きよ。」と命ずる。
すると、同時に獅子人の親はパチリと目を開けた。
目が開いたら、次に獅子人は開いた目で状況を把握しようとして部屋中をキョロキョロ見回している。
そして、その眼は迷宮ジジィに目が留まる。
「ここは・・・・?」
獅子人が気が付いたので、迷宮ジジィは今の状況を説明した。迷宮ジジィの家の庭に行き倒れていたこと。子供も無事な事。
それらを聞き終わってから、ようやく獅子人は我に返って自分の身の上を思い出し、慌てて自分の子供を探して起き上がろうとしたが、体のダメージが残っていて起き上がることも出来ずにそのままベッドに倒れてしまった。
「起き上がるのはまだ無理だ。お前とお前の子供の傷はもう既に癒えてはいるが、その傷を癒すためにお前達の生命力を使用した。本来はまだ目を覚ますこともできない状況だ。
ただ、お前の話を聞きたいから強制的に覚醒させた。
お前は何者だ?
誰にやられた?
何故俺の家に来た?
どうやってアヌンキの結界を抜けて中に入った?
お前には命を救われた恩があるはずだ。洗いざらい事情を話せ。」
ボクの時もそうだけど、迷宮ジジィはみみっちい。命を救われたのどうのこうのと一々、恩着せがましい。
しかし、そう言われてしまっては、皆、聞き入れるしかない。
でも、獅子人はボクの予想とは違う反応を見せた。
恩を着せられるどころか、迷宮ジジィに会えて感動している様子だった。
「あ、アナタのその御姿。
まさかアナタが我らの同胞の間で噂の・・・・・迷宮ジジィですか?」
「ああっ!?」
獅子人の言葉を聞いた迷宮ジジィは顔しかめてあからさまに不機嫌な顔をする。
その様子を見て、獅子人は狼狽えて、ボクはクスリと笑ってしまう。
「ご主人様。やっぱり魔物からも ”迷宮ジジィ” って渾名されてるんですね。」
「うるさいっ!! だれがジジィだっ!!
俺はまだ400年しか生きとらんわっ!!」
ボクの突っ込みに迷宮ジジィはさらに不機嫌そうになったが、獅子人から「では貴方の御尊名を教えてください。」と尋ねられると、やはり「名前なんかどうでもいいだろう」と、呟くだけで名前は教えてくれない。ただ「王」と呼ぶように指定する。
~迷宮ジジィって、この迷宮の王様だったのかっ!?~
意外な呼び名にボクは驚き、心の中で迷宮ジジィの正体を考察してしまうのだった。
しかし、考えたところで答えが出るわけでなし、迷宮ジジィが次に何を獅子人に問うのかの方が重要だった。
迷宮ジジィは改めて獅子人に問い直す。
「そんなことよりも俺が尋ねたことに応えろ。」
獅子人は小さく頷くと畏まって答えた。
「我ら獅子人部族はこの世界とは遠くはなれた異界から、召喚されました。
それが3ヶ月程前の事になります。
問題は、誰が何の目的で我らを召喚したのかわからないところです。
我らは異界で何不自由なく暮らしていたのですが、わけもわからぬまま突然、この世界に飛ばされました。
それが呪術によるものであることは我らの部族のシャーマンが見抜いたのですが、召喚主と召喚術の詳細がわからぬので戻ることも出来ず、仕方がなく、この迷宮の一角に村を作って生きていました。
この世界に生きて数日で我らのこの世界の立ち位置はわかりました。
魔物と我らは言葉によって意思疎通ができ、また、同族と言う認識を互いに持っている事。
反対に人間とは敵対関係にあること。
人間は我らを見たら襲ってきます。我らは戦いました。
ところが、ある日、恐ろしく強い冒険者集団に村が襲われました。
・・・・恐ろしく強かった。とくに彼らが持つ呪具は我らの装備を切り裂き、魔法を無効化したのです。
私は藁にも縋る思いで、魔物たちからかねてより聞いていた貴方様に救いを求めて逃げてきたのです。」
獅子人は自分たちの身に起こった突然の不幸について語った。
迷宮ジジィは、その話を神妙な表情で聞いていた。




