第十五話 獅子人がやってきた!
ボクが迷宮ジジィに救われ、彼の家のメイドとして働きだして5日目の朝が来た。
1週間の見習い期間が終了した時、ボクがメイドとして評価に値する働きが出来ないときは、ボクは彼の夜伽を勤めなければいけない。
だから、なんとしてでもボクは仕事を覚えないといけないのだけれど、中々、道は険しい。
それはボクが不器用だとか、頭が悪いとか言うレベルの問題じゃない。
最大の問題点は・・・・・迷宮ジジィが全てにおいて完璧だという事なの。
料理を作れば、調理人レベル。
掃除をすれば、清掃業者レベル。
洗濯をすれば、洗濯夫レベル
どれ一つとっても素人芸じゃない。
でも、よく考えたら当たり前なんだよね。
彼は400年も生きているんだ。400年技術を磨く時間があったんだから、これぐらいできるようになるよね。
特に迷宮ジジィは神経質な性格をしているから・・・・。
「あ~あ。なんとか上手く仕事をこなす方法はないものかなぁ?」
見習い期間終了の時間が刻一刻と迫ってきていると、口から出る言葉はこんな愚痴ばっかりだ。
妖精にアドバイスを求めてみても
食品庫を管理している冷気の妖精ウィンターは「あら、いいじゃない。彼に抱いてもらったら。前は男だったかもしれないけれど、今は女なんだから受け入れなさいよ。」なんて言って話にならない。
竈で火を管理しているサラマンデルは「俺はお前は十分よくやっていると思うよ。多分。」とか適当だし・・・。
お風呂の水妖精ローレライに至っては「お掃除なんか、とにかく雑巾を水でぬらして拭けば完璧よ。水、最強。」とか頭脳筋すぎて参考にならない。
他の妖精も似た様なもの。でもよく考えたら当たり前だよね。だって、角砂糖1個で幸せな彼らには、炊事洗濯掃除なんて必要ない技能なんだから・・・・。
でも、本当にどうしようかな?
ボクは悩み過ぎて、ここ2日ほどちょっと熱っぽいし、胸も少し痛む。なんだか体全体が変な感じがするんだ。
こんな状態でボクはメイドとして上手くやっていけるのだろうか?
そんな心配事を抱えながら、今朝も古代の地下世界の神アムンキの祠へ朝の礼拝をしようと思って玄関を出た。
玄関を出て、ボクの眼は日常の光景の中にない違和感を発見する。
最初、その違和感が何か気が付かなかった。よく見て、アムンキの祠近くで地面が盛り上がっていることに気が付いた。
それが違和感の正体。一体何だろうと、近づいてみると、それはライオンのような姿をした魔物がうずくまっている姿だと気が付いた。
「う、うわあああっ! ラ、ららら、ライオンだぁっ!!」
ボクが大声上げて逃げ出そうとすると、何かがボクの後襟をグイッと掴んで引き留める。
「う、うわああああっ! なになになにっ!?
殺さないでぇっ!!」
ボクはもう、恐怖のあまり目を瞑って、両手を合わせて命乞いをした。
すると、聞き覚えのある声が「あほうっ! 慌てんでも良いっ!」と言った。
「・・・え? 誰だれダレ?」
聞き覚えある声に安心して、ボクが振り替えると、ボクを掴んでいたのはアムンキだった。
「お前は、余の礼拝を放棄して、何処へ行くつもりだ?」
アムンキは少しイラっとした様子で聞いてきた。
「いやいやいやっ! 神よっ! 今は、それどころじゃありません。
ライオンですよっ! 逃げないとボク、死んじゃいますっ!」
「アホか。あれはライオンじゃない。獣頭人身の種族。獅子人だ。
まぁ、亜人の類だな。」
アムンキは呆れたように言う。
「あ、亜人? じゃ、一応は人間に近い種族なんですか?」
「いや。亜人と言ったが実はどっちかといえば、人間より上位種だな。
ただし、あれは魔物に近いようだがな。」
アムンキは、あっさりとあれが魔物であると認めた。ボクはもう、髪の毛が逆立つかと思うほどビックリした。
「魔物っ!? やっぱり駄目じゃないですかっ!!」
「いや。心配ない。あれは冒険者と戦ったのか、深手を負って行き倒れているだけだ。
まぁ、心配なのはお前より、むしろ彼奴が抱きかかえて守っている子供の方だな。」
「子供?」
アムンキの言葉に首を傾げたボクを見たアムンキは、めんどくさそうに獅子人を足蹴にして、その体をゴロンとひっくり返した。見ると、獅子人が矢が刺さった子供の獅子人をしっかりと抱きしめて守っているのが見えた。
「わあああああっ! た、たたた、大変だぁっ!」
ボクは慌てて迷宮ジジィを呼ぶために家に引き返した。その後ろ姿に「あ、コラっ! 余への礼拝の儀式はっ!?」とアムンキが叫んでいるのが聞こえたけど、今はそれどころじゃないと思った。
「ご主人様っ!! ご主人様っ!!
大変ですっ! 家の外に矢傷を負った獅子人の子供がっ!」
「なにっ!?」
ボクがみなまで言う前に迷宮ジジィは、緊急事態と察して、慌てて家の外へ出る。ボクも迷宮ジジィの背中を追って駆け出した。
外へ出た迷宮ジジィは、獅子人の親子とアムンキと対面する。
そして、すぐさまボクに向かって「ここは俺に任せて、アムンキへの礼拝の儀式をしろっ! 取り返しがつかないことになりたくなかったらなっ!」と怒鳴った。
「は、ははは、はいっ!!」
こういう時の迷宮ジジィの言葉に間違いはない。ボクは慌ててアムンキの元へ行き、お祀りを後回しにしてしまった非礼を詫びながら、お祈りを捧げる。
アムンキは若干、怒っていたけれど「まぁ、その優しさを余は評価しているのも事実。此度は特別に大目に見よう。」と許してくれた。
迷宮ジジィの方はというと、ボクとアムンキのことは気にも留めない様子で、何やら法円を地面に書いて召喚呪法を行っている。
それで召喚されたのは背中に大きな翼を持つ女性・・・・女天使だった。
天使は迷宮ジジィに何か尋ねることもなく獅子人親子の傷をすっかり癒すと、天に帰っていった。
瀕死の重傷が一瞬で完全回復した。
これは治癒魔法じゃない。蘇生魔法だ。伝説級の魔法が当たり前のようにボクの目の前で使用されていた。
でも、これは迷宮ジジィにとっては当たり前のことらしく、蘇生が終わるとすぐにボクに指示を出す。
「これで一命は取り留めた。
エイル! 二人を家に運ぶぞ。俺は親をお前は子供を運べっ!」
「はいっ!」
こうして、傷だらけの獅子人親子は迷宮ジジィの手によって救われたのだけれども、一体、この二人に何があったというのだろうか?
ボクは不安で仕方なかった・・・・。




