第十三話 誓願
古代の神アムンキは迷宮ジジィとの戦いに集中し、ボクのことなど忘れていたというのに、ボクは操られている亡者達が哀れでつい、大きな声で二人の戦いの間に割って入る形で停戦交渉を申し出た。
ボクを見た迷宮ジジィは
「まだ、逃げていないのか。くそっ、アムンキめ。一角獣でも乗り越えられぬ速さで結界を張ったのか!」
と苦々しい顔で言い、アヌンキの方はボクを指差しながら
「停戦だとっ!? 戦乙女のくせにトコトン呆れた小娘だっ!!」
と怒り出した。
戦乙女? 戦乙女ってボクの事?
あ、そうか。ボクが一角獣に乗っているから、戦乙女として認識しているのかっ!
そのことに気が付いたボクが「いえいえ、ボクは戦乙女じゃなくて、男の子です。」と慌てて訂正しようとした時、アムンキは目を見開いて驚いた。
「・・・・ん? んんんっ!?
貴様、よく見れば戦乙女なのは殻だけで核は人間の魂ではないかっ!!」
アヌンキはボクの正体を見抜くと、毒気をすっかり抜かれたように先ほどまでの恐ろしい相貌から通常の顔へと変わっていった。
アヌンキから殺気が失われたことを察した一角獣は危険が去ったと悟ったのか、空中から迷宮ジジィの隣に舞い降りた。
一角獣が安心したという事は一先ずは危機が去ったと思っていい。ボクは一角獣の背から降りるとアムンキに向かって説明する。
「あ、そうです。ボク、この体を借りている男の子です。」
「お、男だとっ!?」
アムンキはボクの言葉を聞いて大きく顔をしかめたかと思ったら、すぐに迷宮ジジィを睨みつける。
「戦乙女の中に男の魂を封禁しおったのかっ? お、お前はイカれているっ!!」
「わかりきったことを。」
迷宮ジジィは非難されても平然としていた。迷宮ジジィがこんな様子だといつまでも平行線で戦いは終わらないだろう。
そこでボクは神に対して敬意をもって接しようと思った。
両ひざを瓦礫が広がる地面に着いて両手を合わせて願い出る。
「神よ。
これ以上、お二人が戦っても哀れな亡者が苦しむだけです。
どうか、ボクの停戦交渉の申し出を聞き入れてください。」
アムンキはボクの申し出を聞いて
「亡者は生前、重罪を犯して地獄に落ちた者共。ここにいても地獄にいても責め苦を追うことに変わりはない。
そなたが気にすることではない。」
と、ボクを慰めるように言ってから、
「しかし、亡者を憐れむそなたの性根を余は愛らしく思う。
停戦交渉の申し出を受けよう。」と、矛をおろす姿勢を見せてくれた。
「ふんっ!」
アムンキの様子を見て迷宮ジジィも手に持っていた十文字の手槍を手放した。すると、不思議なことに十文字槍は空気に溶けていくように姿を消してしまった。
(・・・・これもあの手槍。グングニルに付与されている空間魔法なのか?)
ボクはその様子を驚きながら見つめてしまった。しかし、今は古代の神アムンキと交渉中。いつまでも惚けているわけにはいかなかった。
「神よ。ここにいるボクの主人『迷宮ジジィ』が申しました通り、この度、ボクは貴方様が配下の三柱の付喪神に襲われてしまいました。
しかし、ボクは主人の家にずっと引き籠って留守番をしていました。ボクには襲われるいわれはございません。
どうか、どうか。人間のボクを哀れに思うのなら、お助け下さいませ。」
跪いて頭を下げて、できるだけ丁寧にボクはお願いした。
しかし、アムンキは付喪神の事以外の事が気になったようで
「め、迷宮ジジィだと?」と目をむいて尋ね返してきた。
そして迷宮ジジィの方も「だれが迷宮ジジィだっ!!」と言って不貞腐れる。
しばしの沈黙の後、アムンキが大笑いしてボクの話を聞き遂げてくれる。
「はははははっ! こいつが迷宮ジジィだとっ!?
なんと小気味いい小娘だっ!
よし、よし。お前の話を聞いてあげよう。」
その言葉を聞いてボクがホッと胸を撫でおろした時、迷宮ジジィが不機嫌そうに言った。
「エイル。お前は俺とアムンキの会話を聞いていなかったのかね?
それともアムンキは俺達に捧げものを求めていたことを忘れてしまったのかね?」
「・・・・あっ!」
迷宮ジジィにそう言われて会話の流れを思い出した。
確かにアムンキはボク達に貢物を求めていた。そして、迷宮ジジィは理不尽にも先に襲ってきたアムンキ側に問題があると非難していたのだった。
道理で言えば、迷宮ジジィの言い分の方が正しい。
無法な行為をしているのは向こうなのだから、こちらが対価を支払わされるいわれはない・・・・。
・・・ただ。ただ、その交渉は今、決裂したばかりだ。そのせいで争いが起きている。
この戦いを回避するためには、全く違う方法で解決しなくてはいけなかった。
ボクは考える。
これまでの二人の会話を頭の中で反芻し、解決策を捻りだそうとした。
(二人の会話の中で、互いに不利益が生じない方向でボクが捧げものをすることは出来ないだろうか?
アムンキ・・。彼はどういう神だ?
古代の王国で崇拝された神。今は崇める者がおらず、神としての義務がない神。
それが対価を求めている・・・・。)
そこまで考えてボクは閃いた。
「・・・・あっ! わかっちゃった!!」
ボクが口に出してそう言うと迷宮ジジィが不安げに「何を思いついたんだよ。何をっ!」と、問い返す。
だから、ボクは答えてやった。
「神よ。そして、ご主人様。
この争いの解決法は至極単純なことでございます。
それはアムンキ様に神としての義務を果たしていただくことです。」
『義務を果たしていただく』という押しつけがましい言葉を聞いてアムンキの眉がピクッと不機嫌そうに吊り上がる。
ボクはアムンキの機嫌が完全に悪くなる前にその真意を申し奉る。
「ボクが貴方様をお祀りします。
そうなれば、貴方様はボクに対する理不尽な暴力を行えないはずで、この問題は一件落着となります。」
・・・・・・
・・・・しばしの沈黙の跡、迷宮ジジィがようやくボクの言う意味がわかったのか、慌てて問い詰める。
「お祀りするだと?
どこにだっ!?」
「え? ご主人様のお家の庭でいいんじゃないんですか? ボクもそこに住んでいるんだから。
お庭にアムンキ様の祠を立ててお祀りすれば問題解決。でしょ?」
ボクがそう言うとアムンキは「はははははっ!」と、大笑すると
「ならば、よろしい。
今、余の前で誓った事、努々違えること無いようになっ!!」と、叫んだ。
すると、アムンキとアムンキの神殿は霧のようにスーっと消えて後には、最初の美しい草原の景色が目の前に広がるばかりだった。




