第十一話 迷宮ジジィと古代の神
「ここからは、これを付けろ。」
家の外に連れ出されると同時にボクは外の景色を拝む前に目隠しの布をキツく結ばれてしまった。
「ああっ! な、なにするんですかっ!?
や、やだっ! こ、怖いですっ!
目隠しを外してくださいっ!!」
ボクは急に視界を塞がれた恐怖に怯えて自分で目隠しをほどこうとしたけれども、迷宮ジジィはその手を止めてボクに命令する。
「エイル。よく聞くんだ。
いいかい? お前はこれから決して、この目隠しを取ってはいけないよ?
ここにはお前が見てはいけないものが沢山あるんだ。見れば魂魄を引き裂かれ、二度と正気に戻ることはない。
だから、絶対に俺が「とってもいい」というまでこの目隠しをしたままでいろ。」
迷宮ジジィの声には不思議な強制力があって、ボクは有無を言わさずに「うん」と言って首を縦に振る。従わされてしまうんだ。
「いい子だ。」
迷宮ジジィはそう言ってボクの額にキスをすると、ボクを抱きしめたまま馬か何かにまたがって、どこかに向かって歩き出した。
それから、どれくらいときがたったのだろう?
ボクは上に向かっているのか、下に向かっているのか、左右に曲がっているのかさえも分からないまま、ただ馬か何かに揺られて迷宮内を移動していた。
そうして、やがて迷宮ジジィがボクの耳元で「もう目隠しを取ってもいいぞ」と言った。
「はっ、はいっ!!」
耳元の声にゾクゾクしながら、ボクは慌てて目隠しを取った。
目の前に美しい光景が映る。ボクは青空と草原が広がっている場所に今自分がいることに気が付いた。
「うっ・・・・うわぁ・・・・」
青い空の下には雪をかぶった美しい山脈が広がり、その手前の丘には立派な神殿跡らしきものが見えた。
目の前の美しい景色にボクは感嘆のため息を溢す。
そして、周囲を見渡して自分をここまで連れて来たのが迷宮ジジィと一本角を頭に生やした巨大な白馬だということに気が付いた。
「こ・・・・これ、一角獣?
す、すごい。実在したんだ・・・・。」
一角獣。それは神話の中でだけ聞いたことのある存在。
処女にだけ心を開き、戦乙女の戦馬として活躍する幻獣。
その気高き御姿を見たボクは、言葉を失った。
「前のエイルの乗り物だ。お前の体に反応していう事を聞いてくれる。」
迷宮ジジィはそう言いながら、「ここからは徒歩だ。」と言ってボクを一角獣から下ろすと手綱を引いて草原の上に立つ神殿跡に向かってまっすぐ歩き出した。
不思議なことに処女にしか心を開かないはずの一角獣は迷宮ジジィの指示に逆らうことなく、共に歩き出した。
・・・・・きっと、あの一角獣も迷宮ジジィの魔法によって縛られているんだろう・・・・。
ボクは二人の関係を察しながら、二人の後を追って歩き始めた。
でも神殿は何処まで歩いても全く違づいた気配がない。神殿までの真っすぐの道はどれだけ歩いても歩いても一向に距離が縮まらないのだ。
「ね、ねぇ~。まだぁ?
も、もう1刻は歩き続けてませんかぁ? 大体、馬がいるのに何で徒歩なんですか?
そ、それなのに神殿とは距離が全然縮まらないし、本当にあの神殿にたどり着けるんですかぁ?」
とうとうボクが泣きごとを言い始めた時、迷宮ジジィが足を止めて「着いたぞ」と言った。
ついた? 一体、どこに着いたの? 何が着いたの?
ボクが不満に思った瞬間、目の前の景色がパァッ!! と輝いたかと思うと、見る見るうちに姿を変えていく。
さっきまで草や石以外に何もない綺麗な草原を歩いていたはずなのに、景色が変わったそこは禍々しい邪気が溢れる邪神の神殿に変わっていた。
「え、ええええっ!? な、なんで?
草原は何処に行っちゃったの?」
ボクが慌てて周囲を見渡すと、そこは草木一本も生えていない石ころの多い岩山の上だった。
振り返ってみると、まっすぐ歩いてきたはずの道はグネグネと蛇行しており、自分が何処から来たのかわからないほどだった。
でも、その道にはボク達3人分の足跡が確かに残っていたので、ボク達は間違いなく、この道を歩いて来ていたんだ。
「め、目くらまし・・・・?」
ボクはそこでようやく自分が幻術にかかっていたことに気が付いた。
「そうだ。ここは幻術を見破れる者しかたどり着けない邪神の神殿。
あの付喪神達が知られてはならないと恐れた7階7番目の部屋とはここの事だ。
俺達はここの祭神にして、あの付喪神たちの主人に話があってきたんだ。」
迷宮ジジィはそう言うと、ボクの鼻っ柱に人差し指をそっと当てて忠告する。
「いいか? お前に武装させたのは万が一の為。お前はここにいてジッとしているんだ。
事態が悪い方に急変した時は一角獣に飛び乗って逃げるんだ。こいつは風よりも早く家までお前を俺の家に連れ帰ってくれるだろう。
間違っても自分から敵と戦おうと思うな? お前の剣は降りかかる火の粉を振り払うためにあると思え。」
と、念入りに命令した。
ここまで迷宮ジジィの命令が間違っていたことは一つもない。
ボクが「はい。ご主人様。」とだけ答えると、迷宮ジジィは、神殿の中央に向かって歩き始めた。
そうして、迷宮の中央部にくると大声で叫んだ。
「忘れられた古代の神アムンキよ。訪問者に歓迎の挨拶もなしか?」
と、叫んだ。
すると不思議なことに迷宮ジジィの立っている場所から3馬身ほど離れた場所の床が2階建ての屋根ほどの高さまでせり上がった。そして、そのせりあがった床の頂上には、宝石で出来た玉座に座る一柱の神が座っておられた。
ボクが反射的に跪こうとしたら、一角獣がボクの後襟を口で咥えて引き上げる。
どうやら相手に弱みを見せては、いけないらしい。
「よく来たな。○×◆★Z□・・・・。」
玉座に座る神が迷宮ジジィの名を呼ぶと、その名前はやはり封じられているようで、神さえも発言できない。
「おのれ。余に対して名前を封じるとは、相変わらずこましゃくれたガキだっ・・・・!!」
古代の神アムンキは苦々しそうにそう言うと「で? 今日、赴いた用件は?」と尋ねた。
「お前の所の付喪神が、俺の女にちょっかいを出してきたんだ。
今日はそれの苦情を言いに来た。
顔と手足が何本もなる者。像のような長い鼻と牙を持っている者。昆虫のような姿をした者。
心当たりがあるだろう?」
迷宮ジジイは神に対しても不遜な態度で応じたが、古代の神アムンキは不敵に笑うと「さて、どうだったかな?」と、とぼけたように言った。
次の瞬間、神殿中に迷宮ジジィの体から放たれた殺気が満ちていく。
「お前の付喪神が俺の女に手を出すというのならば、戦争だ。
ここからは覚悟を決めて話すんだな。」
迷宮ジジィは信じられないほど怒っていた・・・・。
 




