タイトル未定2025/07/06 08:22
「今日もちゃんと、笑えてたよね」
教室の窓際で、美咲は自分にそう問いかけた。
なんとなく浮かない友だちの様子に気づいても、声をかけることができなかった。
「私が変なこと言って、気まずくなったらどうしよう」と、いつも心にブレーキがかかる。
放課後、図書室で静かにページをめくっていると、一冊の古いノートが棚の奥から落ちてきた。表紙には、こう書かれていた。
「心の音、ひろっています」
何気なくページを開いた瞬間、美咲の指が止まる。
今日、あなたの隣にいた子は、笑っていたけれど、心は泣いていました。
気づいてくれて、ありがとう。
気づけなかったあなたも、大丈夫。あなたにも、きっと誰かが気づいているから。
その文章を読んだとき、美咲の胸がぎゅっと締めつけられた。
自分の中の、誰にも言えなかった孤独が、すっと溶けていくような気がした。
それから、美咲は少しだけ勇気を出してみるようになった。
帰り道、ひとりで歩くクラスメイトに「一緒に帰ろうか」と声をかけてみたり、
家で元気のない母に「今日、疲れてた?」と聞いてみたり。
最初はドキドキしたけれど、相手の表情が少しやわらかくなるたびに、美咲の胸にあたたかい火が灯った。
ある日、ノートに自分で言葉を書き込んだ。
わたしも、ちゃんと感じてる。
言葉にできない声を、大事にしたい。
誰かの心に寄り添えるような人になりたい。
その日から、美咲は少しずつ、心の声に耳を澄ませながら生きていくようになった。
“いい子”じゃなくてもいい。“やさしい子”になれたらいい。
図書室の窓から差し込む光の中、美咲の横顔がほんの少し、大人びて見えた。