11話 大和撫子の情緒ぶっ壊します
暖かな太陽 頬を撫でるそよ風
なんて心地よい日だ
最近は家の都合とかで椎名まゆみが休みなことが多く実に平和な学園生活を送れている。
今日もきっと平穏な1日に違いない
「殿ォ!!殿ォ!!」
…今日もきっと平穏な1日に違いない
「殿ォォォォォォォォォォォォ!!!」
………平穏な1日に…
「どうか!!どうか拙者に愛のお恵みをぉぉぉぉぉぉぉ!!」
…どうしてこうなった。
数分前
午前の授業を終えてやっときた昼休み
普段であれば椎名まゆみが昼食に意地でも誘ってくるが今日は休みだ。
つまり一人で自由に一人で静かで豊かなランチを楽しめる。
今日は頭を使ったからしょっぱいものより甘いもののほうがいいな
小腹は空いているから腹に溜まるものがいいな
異空間収納からよもぎ餅とコーヒーを取り出す。
前世で知ったんだが餡子はブラックコーヒーと
実によく合う
あんこのねっとりとした甘さが
渋めのブラックコーヒーの苦味をマイルドにしつつかつ引き立てるのだ
これを知って以来餡子にはコーヒーが俺の中での常識になった
餡子はこの世界ではメジャーではなく一部地域でしか食べられていないらしい。
おかげで小豆を入手するのに手間取った
なにより砂糖を作るのが面倒だった
この世界の砂糖はほとんど原糖ばかりで
白糖はほとんど存在していない
だから俺がサトウキビを見つけて
自力で白糖を作る羽目になった
バカみたいに苦労はしたがやはり市場で手に入るような不純物を含んだ原糖よりも
白糖の方が色々使い勝手がいいから苦労した甲斐があったのだと自分に言い聞かせている。
まぁいいさ今はこの甘味を堪能しよう。
「疲れた…」
訓練用のかかしに剣を振っている途中
ぽろりとこぼれた言葉
普段は弱音なんて吐かないのに
思ってた以上に自分は疲弊しているらしい。
東洋の故郷を離れ見聞を広めるために
この学園へ一人来たが
故郷の村では剣を振ることしかやってこなかったからかどうにも同年代の娘と話が合わない。
刀の話をしてもそっけなくあしらわれてしまい
だからと言って一人ひたすら剣の稽古に明け暮れていればお高くとまっていると非難され
遠巻きにされた。
男子からは何人か茶の誘いなどがあったが
断っていると次第にそれもなくなり
それもまた皆から嫌厭される理由になった
最初は一人でも強く生きれると思っていたが
誰とも話せず誰とも過ごさず誰からも必要とされない生活がこんなにも辛いとは思わなかった
帰りたい。
村に帰っておっかぁが作ってくれたよもぎ餅が食べたい
もうやだ…
そんな時 ふっと懐かしい香りがした。
この香り…よもぎだ!
大好きだったよもぎ餅の香りだ!
普段はこんなことはしないが
剣の稽古を中断して香りに釣られて歩いていく
するとベンチでよもぎ餅を食する男子を見つけた。
本当によもぎ餅だ…!
食堂ではよもぎも餡子も砂糖すらまともに手に入らないから作れないと言われたのに
あんなに恋焦がれたよもぎ餅が目の前に……
「あっ…あのっ!」
思わず見ず知らずの男子に声をかけてしまった
だが目の前に故郷の味があるのに我慢なんてできないのだ
卑しいと思われても構わない だから…
「わた…いや拙者は留学生の宮尾マコトと申す。
その…不躾な要求なことは重々処置の上で
頼む!!そのよもぎ餅を私に恵んではもらえないだろうか!!」
「え?普通に嫌だが?」
「え?」
え?っていやいや普通に嫌だよ
なんで見ず知らずのやつに丹精込めて作ったよもぎ餅をタダでやらなきゃいけねぇんだよ
「え?…いや…あの…あっ…卑しいのは重々わかっているのだ…だがどうしても…その…故郷の味を味わいたいのだ…融通してはいただけないだろうか…?」
「…うん嫌だ。」
嫌だよ。しらねぇよ故郷の味とか
お前砂糖一から作るのどれだけ手間かかるかわかってんのかよ
サトウキビを絞って煮出して
煮出して固めたら錬金術で不純物と分解繰り返してようやく白糖になるんだぞ
なんでお前にやらなきゃならんのだ
「わかった!!金貨1枚でどうだ!!
よもぎ餅一個で金貨一枚だ!!」
「嫌だ」
「金貨5枚!!5枚ならどうだ!!」
「嫌だ」
「金貨10枚!!10枚これ以上は出せない!!」
「嫌だ」
「わかった!!金貨10枚と私の体を好きにしていい!!痛ぶるなり嬲るなり奴隷にするなりどうしても構わないそれでどうだ!!」
「嫌だ」
しんと静まり返る
流石にこれで諦めるだろう
無視してコーヒーを啜っていると
グズッ…
グズッ?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!お兄ちゃんがイジワルするぅぅぅぅう!」
号泣した。
齢16歳くらいであろう少女が
凛とした着物姿の大和撫子って感じの
クール系美少女が
幼女みたいな理由で泣いてる。
ドン引きだ。
こういうのってギャップ萌えみたいな感じで
キュンとするものなのかもしれないが
シンプルにドン引きだ。
うわぁ…って感想以外何もない。
「ねぇ!ねぇ!ねぇ!ねぇ!ちょーだいよぉぉぉ!!まーちゃんおまんじゅう食べたいのー!!」
やめろ俺の体を揺するなコーヒーが溢れる。
てかこいつなくだけならまだしも頭まで幼児退行してないか?
自分のことまーちゃん呼びは引くわぁ…
「やーあ!やーあ!おまんじゅうたべるの!」
ついには地面に寝そべって駄々をこねだした
前世で見たことあるなこれ…
あぁアレだ
おもちゃコーナーでおもちゃ買ってもらえなかった子供だコレ
はぁ…静かに飯食うのもできないのかこの学園は…
「とりあえず汚いから立ちなさい」
「おまんじゅうー!!おまんじゅうー!!」
「早く立ちなさい!」
「う゛ーゔー」
「うーうー言うのをやめなさい」
ちくしょう俺まで子供を叱りつけるお母さんみたいな口調になっちまった。
「一旦落ち着け。話はそれからだ」
両手で袴を握り
必死にグズグズと赤くなった鼻を鳴らしながら涙を堪えようとしている
「グズッ…すまない……取り乱してしまった…
だが…グズッ…それでも…どうしても…グズッ…
食べたいのだ…グズッ…お願いだ…
貴方を殿として我が主人として生涯尽くしても構わない…グズッ…だから…だから…」
カーン カーン
予鈴が鳴った
「あっ昼休みもう終わりだな。教室に戻るわ」
「殿ォ!!殿ォ!!」
ガッシリと体にしがみつかれた
「やめろ離せ!!鼻水がつくだろ!」
「殿ォォォォォォォォォォォォ!!!」
「こいつ…俺の力でも引き剥がせねぇ…
どんな力でしがみついてんだ⁉︎」
「どうか!!どうか拙者に愛のお恵みをぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「離れろッ!自爆する時の餃○かおのれは!!」
「お慈悲をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「おーやっと戻ったかぁ氷動。もう授業終わったぞぉ?あとで職員室にこi……おい。氷動お前……この短時間で遭難でもしたのか?」
ところどころ破れて鼻水の跡でカチカチに固まり土埃にまみれた制服の俺を見て担任が驚く。
「………なにも聞かないでください。」
この日俺は貴重な時間と制服とよもぎ餅を失った。
『宮尾マコトの好感度が2997上昇しました』
勘弁してくれ