10話 騎士団長の憂鬱
はぁ 大きいため息が出る。
騎士団長として貴族たちからの問い合わせや
民からの訴えや通報に国王からの勅命
仕事が常に山積みで絶えず仕事に追われている。
最後にゆっくりと紅茶を飲みながら読書を楽しんでいたのはいつだったか…
貴族と民の間で板挟みになり
それでも国のために常に精進して治安維持に努める。騎士団とはそういう物だと諦めていたが
「早く引退させてほしいものだ…」
ついこぼれた愚痴に副団長が反応する。
「無茶言わないでくださいよ。団長がいなくなったらこんな騎士団、あっという間に瓦解しますよ」
「お前がいるだろう。なんのための副団長だ」
「いやいや俺に団長の仕事が務まるわけないでしょ。腹立てて貴族殴って終わりですよ」
「やめてくれありありと想像できる」
書類仕事に夢中で冷めてしまった紅茶を啜りながら天井を見る。
「ミラーよ…早く父を超えておくれ…そして父の後を継いでおくれ…私が書類の山に殺される前に」
「ミラーくんに希望を託すのは結構ですが
今日のノルマ終わってないですよ。
あとは書類の確認だけなんですから頑張りましょう」
ちらりと書類に目をやる。
疲れのせいで一瞬どっちが確認済みの書類で
どっちが未確認の書類かわからなくなる。
「ダメだ。ぼーっとする少し休もう。」
「えーそれより早く終わらせて早く帰りましょうよ?俺久々に鳥様々に飲みに行きたいんすよぉ」
「そうは言うがなぁ…うっかり確認ミスなんてしてみろ?後始末にこの書類の山が倍に増えることになるぞ?」
「やめてください考えたくもない。」
「ミスを無くすためにもここは一息入れるべきだ。紅茶でも……いやココはガツンと苦味がくるようなブラックコーヒーを入れよう」
るんるん気分で棚からパックを取り出し
魔法でカップにお湯を注ぐ
「器用なことするなぁ…」
副団長が頬杖をついて呟くと
ドアがノックされる
「ミストです。
ブレイ団長 いらっしゃいますか?」
いるよと返答をすると
国王の側近であるミスト=レイマンが入ってきた。
「失礼します。お忙しい中すみません。」
ほんとになと小さく毒づく副団長を無視して
3人分のコーヒーを淹れる。
「例の件についてガットから報告書が届きました。」
一瞬で空気が変わる。
例の件とはレビアント卿殺害事件と
犯罪組織グリード及びそれに加担していたレビアント卿の子息であるライオ=レビアントが失踪したことだ
今回の件を極秘に調査していると
あることを突き止めた。
それは認識阻害のマントをつけた不審者の情報と
その不審者が学園の制服を着ていたという証言だ。
学園の制服は学年ごとに色が違う。
赤が1年 青が2年 黄が3年だ
今回目撃されたのは赤の制服
つまり1年生がマントの不審者の正体である可能性が高いのだ。
そんな大それたことをするのにわざわざ
身元がばれかねない制服を着るなんてことがあるのかと疑問視していたが
逆に学園の生徒の仕業であると思わせるのが狙いかと考えが堂々巡りしてしまったので
他に何の手掛かりも掴めなかったので
一度学園の生徒を徹底的に調べることにした。
「調査報告書に書いていた疑わしい者のリストです。」
佐藤アルト
レビィ=ビンセント
柊木マキ
「どれもミラーくんと同じAクラスの生徒ですね」
「無理もないですよ。レビアント卿が殺害されていたのは卿の邸宅です。警備が厳重な貴族の屋敷に侵入しかつ死体が発見されるまで犯行に気づかせない暗殺技術。ふつうの生徒ではまず無理です。できるとしたら大人顔負けかそれ以上の力を持ったSランク者くらいです。」
「ひとつ聞きたい。なぜ同じSランクである私の息子は容疑者に入っていない?」
「ひとつは騎士団長の子息であるからが大きいでしょうね。たとえ疑わしくとも堂々と疑うわけにはいきませんから」
「私は騎士だ。そのような忖度や気遣いは無用だ」
「大丈夫、わかってますよ。1番の理由は犯行可能時刻に彼が氣志團に混じって稽古をしていたからです。騎士団員のほとんどが城の中で彼の姿を目撃している。仮にミラー様に暗殺が可能なほどの技術があっても物理的に不可能です。」
「だが魔法の類を使った可能性もあるのでは?」
「もちろん それも調べましたよ。
しかし卿の邸宅からは魔力の余波は一切検知できませんでした。」
魔法は発動後、散った魔力の余波を残す。
少なくとも1日はその場に残留する。
つまり
「少なくとも殺害されたその日は魔法は使われていなかったと」
「はい。余波は肉体強化等でも移動した跡に残りますので、ご子息は間違いなく無関係です。」
ひとまずは安心した。あの子がそんなことをするはずはないと父としては信じている。
だが騎士団長としては息子だからといって
贔屓目で見るわけにはいかんのだ
「あれ?このレビィってやつはAランクですけど、こいつも容疑者なんすか?」
「はい。レビィ=ビンセントは犯罪組織グリードと繋がりがあったとされるビンセント家の人間です。レビィ本人がグリードの構成員と接触していたという情報もありますし
レビアント卿はビンセント家を支援していましたから両方の件でなにか関係があると私は踏んでいます。」
「たしかに報告書見た限りはあまり良い子とは
言い難い振る舞いみたいっすね」
「しかし一番気になるのはこの子だな」
「はい。佐藤アルト
彼が1番の要注意人物です。」
「報告書によると街で何度かグリードの構成員と揉めたり戦ったりしてるみたいですね」
「えぇ。どれもグリードの構成員としてではなく街でトラブルを起こしたチンピラとして騎士団に捉えられていたため、その場ではあまり問題になりませんでした。」
「その捕えた奴らから話は聞けないのか?」
「残念ながら捕えた構成員はレビアント卿が手を回して全員その日のうちに解放されています。
そしてその者たちも含めて現在全ての構成員が行方不明となっています。」
「だがだからってアルト?って少年を疑うのはどうなのよ?揉めてた時はただのチンピラって扱いだったんだろ?それをグリードと関係があるって考えるのは流石に無理があるぞ。」
「彼が所持していたスキルの中に
『暗殺の極』がありました。
これは誰にも気づかれずに数えきれない数暗殺に成功した者に与えられるスキルで
所持しているだけで潜伏中は誰にも感知されず暗殺の成功率が上昇するスキルです。
このスキルがあれば厳重な警備を掻い潜り魔法を使わずレビアント卿を殺害することが可能です。」
ですが…と言い淀むミスト
「なるほどさっき言ったように動悸が弱いか」
「同じ容疑者である柊木マキは戦闘能力は乏しいものの情報収集に長けていると聞きます。
彼女が彼に暗殺を依頼したと言う可能性もありますが…」
「あくまで可能性。証拠も証言も無しか」
んーと髪をぐしゃぐしゃと掻きながら唸る副団長とうーんと書類を見つめるミストの前にカップを置く
「まぁコーヒーでも飲んでみんな一息つこう!」
「……そうですね。すみません…いただきます。」
…ズズッ
ブッホッ!!
ミストが一口入れると思いっきり吹き出した
「にっっっが…なんですか…これは……」
「ハハハよく効くだろ?漢方にも使われる
ドクロたんぽぽのコーヒーだ。」
「意識不明の重体になった団員がこれを飲まされるって聞いて目を覚ましたって話があるくらい苦いことで有名なコーヒーですよ
これがないとこの書類の山とは戦えないんで」
「………もう少し書類の割り振りを調整できないか陛下に進言してみます…」
彼にはまだ早かったか
コーヒーを啜り 再び書類に目を通す
事件のことは気がかりだが今は
書類の山と戦うことにしよう。