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万博ツアー


挿絵(By みてみん)


今日は岡崎にある京都市美術館に足を運んだ。

知人から偶然チケットをもらったので暇つぶしだったが、たまには絵画鑑賞もいいだろうとの軽い気持ちだった。

だが、開催されていたのは現代抽象画展であった。

自分の中で絵画というと、ルネサンス、ロココ、印象派といったところのイメージが大きく、抽象画はそれに当て嵌まるかどうか分からないが、ピカソのキュビズムといった印象しかなかった。

果たして理解できるか自信はなかったが、とにかく入館するしかない。


会場内壁面の額縁に飾ってある絵画を進行順に見ていく。

それぞれタイトル、作者名が下部に貼ってあるのだが、具体的に何を描こうとしているのか不明な作品が続く。

『沈黙』『渦』『波動』等々、『無題』や単に数字やアルファベットで示しているものもあり、ほとんど直観で手首が動くままキャンバスに塗りたぐったと思われるものもあった。

一方では四角、丸、三角その他単純形状が組み合わさった作品もあり、これはむしろデザインアートと呼ばれる分野ではないかなと感じた。

自分の目からすると似たような絵画が続き、足早に展示室を通り過ぎていく。

ところが、ある作品の前で立ち止まってしまった。

注目したのは、絵そのものではなく、作者名であった。

亡くなってはいるが非常に有名な人物で、各種メディアに何度も取り上げられていることは知っている。私はその作品をじっくりと見てみようと思った。

他の作品と同様に奇妙な絵に違いないが、流れの中に描かれた幾通りもの色彩がそれぞれ顔をもっており、私はあるものを連想した。

創作から半世紀が経ち、常に注目され現存している建造物である。

そして、私の意識がゆっくりとその流れの中に引きずり込まれていった。


***

私の周りに人々が集まっていた。

そして、全てが同じ方向を見上げている。

私も同じように見上げてみると、よく知っている太陽の塔があった。

確か50年以上前に開催された大阪万博のシンボル建造物である。

しかもその最上部の顔の部分に人が座り込んでいる。

見ている人々は騒然としていたが、私の隣に立っている男性が、


「おい、いい加減に降りてきなよ」


と、言っているのを耳にした。

私は首を振りその人を見ると誰であるか一目でわかった。

大変有名な芸術家である岡本太郎氏である。

私が見ていた絵画の作者であり、今目の前にある太陽の塔の製作者でもあった。

雑誌やテレビで見慣れていて間違いないと思うが、ではなぜ自分はここにいるのか。

周辺を見渡すと広い道路の左右に数々の建物、施設が並び立っている。

そして、多くの人々が行先バラバラの様子で歩いている。

着ている服装も皆ひと昔前の風俗であるような気がする。

本当に50年ほど前の大阪万博に来てしまったようだ。

要するに自分自身がタイムスリップに直面していると認識した。


「あいつあそこから飛び降りる気なんかな」


「いや、結構時間経ってるんで、単なるお騒がせかもしれんぞ」


私の記憶では彼が結局警察官に保護されるとわかっていたため、その場から離れていくことにした。


会場内は人だかりといってよかった。

確か万国博覧会としては史上最多の入場者数だったはず。

どのパビリオンも多くの人で賑わっていた。

特にアメリカ館は前年にアポロ宇宙船が持ち帰った月の石が展示されているため、長い行列が期間中絶え間なく続いた。

見物客は老若男女様々な世代の人々が会場を訪れ、出来る限り数多くのパビリオンやイベント施設を見て回りたいと忙しなく歩いている姿を目にする一方で、疲れ切ってベンチや石段に腰を掛けて休んでいるお年寄りも多い。

私も自身が置かれている事態を忘れ、場内広場周辺の様子を味わった。


ある建物の一角で親子連れが見るからにオロオロしている姿が目に入った。

母親が子供たちを両手につないで周辺を不安そうに見まわしている。

どうやら行先が分からないようだ。

私は昔の人と会話が成り立つのか興味を覚え、思い切って声を掛けてみようと思った。


「失礼ですが、どちらかに行かれようとされているんですか?」


婦人は私を見て頷きながら答えた。


「あ、ええ、警備室のようなところがないか探しているんです。落とし物がないか相談できる場所なんですが」


「場内で困った場合の相談窓口ですね。広いからなかなか探すのは大変ですね。何を落とされたんですか?」


婦人は少し躊躇った後、溜息を吐きながら口に出した。


「お財布なんです。鞄の中に入れていたのですが、出し入れした時に落としてしまったようで・・」


傍で女の子が心配そうに母親を見ている。


「帰りの切符も入っているんです。見つからないと家にも帰れなくなって。ですから誰か拾って届けてないかと思って」


「どちらから来られたんですか?」


「名古屋から来ました。新幹線で来たんです。以前から子供たちと一緒に万博を楽しみにしていたんですが・・」


その話を聞き、厄介なことだと思った。

この広い会場で探し当てるのは困難だろう。

親切な人が拾ったのなら落とし物センターのようなところに届けているかもしれない。

その場合でも、タイミング良くセンターに届くのは難しいかもしれない。

私は以前困った人に対して、万博の警備員がお金を融通したという映像を見たことがあった。

後で御礼の手紙と一緒に送り返されてきたそうである。

そのような親切なスタッフに巡りあえばいいのだが、なんともいえない。

私は決心した。もしかしたらなんらかの善行をするためにこの時代にタイムスリップしたのかもしれない。

見たところ婦人は正直そうな印象が窺がえる


「そういうことなら、とりあえず私が立て替えましょう。ここでお会いしたのは何かの縁。あとで返してもらったらいいので」


と言ったが大変なことに気が付いた。

私の持っているお札は2025年のデザインである。50年前のものと違うのではないか。

スマホやカード決済はこの時代では論外で、普段念のため財布に紙幣も用意しているのだが、抜き出してみると聖徳太子の肖像であった。

どうやらお札は時代に応じて変化するようだ。


「どうぞこの金額でなんとかなりますか?」


私は1万円札を婦人に手渡した。


「こんなにも!も、申し訳ないですわ!」


驚きの表情で私をみつめる。

どうやら貨幣価値がかなり違うようである。

私は出した以上引っ込めるわけにはいかなくなった。


「ああ、いいですよ。丁度給料日直後で持ち合わせがあったので。それで万博を楽しんでください。あとで返してもらったら結構ですので」


「大変ありがとうございます。ではお借りします。必ずお返し致しますのでお名前、ご住所聞かせて頂けませんか」


私はまた大きな間違いを犯してしまった。

私はこの時代からすれば未来の人間で、今住んでいる賃貸マンションもまだ建っていないはずである。

もはや後の祭りで、どうやら寄付することになりそうである。

仕方がないので勤めている会社の名刺を取り出し、婦人に手渡した。


「ABC商事の日吉明男様ですね。自宅に戻りましたら直ぐにこのご住所宛てに送らせて頂きます」


私は万札を少し惜しいような気がしたが、良いことをしているんだと自分に言い聞かせ、その場を離れることにした。

婦人が娘や男の子と一緒に何度もお辞儀をするのを背に受けながら広場を真っすぐに歩いていく。

もちろん、どこに向かうかあてはなかったが、とにかく前に進む以外なかった。


***

しばらく経って私の横に男性が現れ、声を掛けてきた。


「すみません。まだこの絵を見てらっしゃいますか?」


私の目の前に岡本太郎氏の絵画があることに気が付いた。

戻ってきたようだ。

現代に再び。更にどれ程立っていたのか分からないが、この絵の鑑賞を独占していたことを認識した。


「申し訳ない。あまりに素晴らしい絵だったもんで、ついつい長く見てしまって」


私は詫びながらその場を離れた。

そのあとは短時間で見終わって美術館の外に出た。

歩きながら、大阪万博で体験したことはすべて夢でなかったかと考えた。

確かめる方法があった。

財布をポケットから取り出し中身を調べた。

すると、1万円札が1枚無くなっており、現実に起こったことだと理解した。

念のため確かめてみると、渋沢栄一の肖像に戻っていた。

ではなぜ自分が不思議な体験をすることになったのか、考えても答えは出そうになかった。


気分転換する必要がありそうだと考え、前方を見ると向かい側の建物が京都市勧業館「みやこめっせ」で、展示場で国内外の面白い化石が展示されていることがわかった。

これなら肩が凝らずに鑑賞できるだろうと思い入館することにした。

そしてチケットを購入した後、館内を進み展示室を順路に沿って鑑賞していく。

展示台に化石の現物が置かれており、それぞれの種類、発掘場所等詳しい説明パネルも据え付けられている。植物、昆虫、魚や貝、小型の爬虫類、両生類、鳥類等々。

所々に時代区分の分かる掲示板が設置されており、生息していた時期を知ることができる。

恐竜のような大型動物の実物化石こそないものの、過去に繁栄した動植物を確かめる展示内容になっている。

おそらく化石マニアには大変興味深い展示イベントであるだろう。

入館者に子供の姿が多く見られる。


私はある化石の前で立ち止まった。

約4億年前に出現し、3億5千年の間を生息繁栄したアンモナイトである。

人類の祖先と言えるのは大雑把に600万年前であることから、気の遠くなる年月であるが、その仲間のオウム貝は今も生息しているのである。

私はその姿形をじっくり観察した。

化石とはいえ形状は生息していた当時のままで、らせん状に巻いた殻が中心より徐々に周囲に広がっていく。

均一な規則性をはるか大昔に保持していたことは不思議としか言いようがない。

見ていくうちに、意識が遠のき、その渦のような巻模様に引き込まれていく。


***


「ワアー、とっても大きい、見て、見て!」


はっと気が付くと、目の前には大きな骨組みが見えていた。

なんだろう、長い牙が2本緩やかに曲がって伸びている。

すぐにその正体を知ることになった。


「そうね。ゾウさんよりもっと大きいわね。このマンモスが大地を歩き回っていたんだわ」


どうやら正面にあるのはマンモスの骨組みのようである。

もちろん化石展の陳列品ではないようだ。

またどちらかにタイムスリップしたようだ。

ではここはいったいどこなんだろう。

自分の横で観察している親子に聞いてみよう。

けれどもいきなり今居る場所を尋ねるのも不審がられるだけだ。


「本当に大きな体を持っていたのですね。僕もビックリしましたよ」


私が漏らした言葉に娘が反応した。


「ママ、お兄さんも言ってるよ。びっくりしちゃったって」


母親がたしなめて言った。


「アカネ、だめでしょう。あまり大きな声を出さないで。ご迷惑でしょ」


私は頭を素早く回転させながら口を挟んだ。


「いえ、いいんですよ。娘さんが驚くのも無理はないでしょうね。僕もそうですから。ここまで見に来た甲斐がありましたよ」


「あら、そうでしたの。私たちもそうですわ。娘がぜひ見たいと言うものですから」


「僕の場合は友人の車に乗せてもらってここまで来たんです。ただ、帰りは一人で電車かバスにしようかと思っているんですが、最寄りの駅をご存じないでしょうか?」


「それでしたら、この万博会場に乗り入れているリニモに乗られたらどうでしょうか。地下鉄経由で名古屋駅までいけますし、名鉄にも繋がってますから」


万博、名古屋、と聞き、私は愛知万博を思い浮かべた。

確かマンモスの標本や骨格を展示していたと記憶している。いつの開催だったのだろう。

確か20年ほど前のことだったのでは。

しばらく思案していると、母親が私を見つめ首を傾げながら付け加えた。


「もっと詳しくお知りになりたいのでしたら、案内所がこの建物にもありましたわ。そこでお聞きになられたほうがいいでしょうね」


私は気を取り直し、礼を言ってその場を離れようとしたが、母親に呼び止められた。


「失礼ですが、以前どちらかでお目に掛かってませんでしょうか?」


もちろん、20年前の顔見知りがいるはずもなく、おそらく人違いでしょうと伝えて、出口に向かった。途中で置いてあったパンフレットを手にして目を通すと、2005年愛知万博でロシアから空輸された冷凍マンモス等を展示と記載されていた。

どうやら、今度は20年前にタイムスリップしたようである。

そのまま会場内をぶらついてみると、広いスペースで草木があちこちに配置され、緑豊かで自然を強調した趣があった。

ただ、歩道の両側のパビリオンはステップダンスや民族音楽の紹介等、様々な催しを行っており、見物客が見入っている。

長い行列のあるトヨタ館では、ロボットの演奏会イベントが見られるそうだ。

私は自分の置かれている状況を自覚しつつも、会場内の景色を見て回ることにした。

各国や企業のパビリオンだけでなく森林体感エリアや遊びの広場もあった。

しばらくして、土産物を売っている建物があった。

どのような物が置いてあるのか見ておこうと思った。


その時、背後から子供の声で、


「ママ、ここにいたよ。早く、早く!」


振り向くと、先ほどマンモスを見ていた女の子が、こちらに向かってくる母親を急かしているのが目に入った。

近くまで来た母親が息を切らして私に言った。


「探しました。探しました。ようやく見つけました」


「私をですか?」


首を傾げて辛うじて応じると、


「そうです。思い出したんです。ただ、お名前が分からなかったものですから、母に電話して確かめたんです。お名刺は紛失してしまったんですが、お名前を憶えていたようです」


そこで、一息吐いて私に尋ねた。


「もしかしたら、日吉様ではいらっしゃいませんか?」


一瞬躊躇いはしたが正直に答えることにした。


「そうです。私は日吉と言います。どうしてその名を?」


「思い出したんです。私が小さかった頃、大阪万博に母や弟と一緒に行った折、母が財布を紛失し途方に暮れていると、お若い男性が親切に1万円貸して頂きました。そのお蔭で名古屋まで無事戻ってこられたのですが、いえ、お財布も誰かに拾って頂いて事務局から送ってもらったんですが、その1万円をお返ししようとしたところ、お名刺の会社と電話番号が見つからなくって結局ご本人にお届け出来ないままになってしまったんです。その男性にあなた様のお顔そっくりでもしやと思いまして・・」


私は目まぐるしく頭を回転させた。

その人物は私に違いないのだが、同意してしまうと35年ほど前に自分が存在したことになってしまい、不可解な出来事になってしまう。

思い巡らし作り話をすることにした。


「ああ、それは私の父のことですよ。確か若いころに万博に見学に行き、そういったことがあったような話を聞いたことがあります。父は少し変わってましてね。自作の名刺を遊び仲間数人に渡していたことがあったそうです。間違ってそれを手渡したんですね」


「まあ、そうでしたの。それでよく似てらっしゃるんですね。それではお借りしたお金をお父様にお渡し頂けませんか。同時に、大変私ども感謝しておりますとお伝えください」


そして、母親は1万円札を取り出し私に手渡そうとする。

私はそれを押しとどめて言った。


「いえいえ、もう35年前のこと。おそらく父も返ってくるとは思っていないでしょうし、願ってもいないに違いありません。お気持ちだけ伝えておきますよ」


「ぜひ受け取って頂きたいのです。母も長年そのことだけが心残りで、ようやくその望みが叶い胸のつかえが安らぎます。当時と今とでは1万円の値打ちが違うのでしょうが、せめてお借りした分だけでもお納めください」


どうやら断るのは難しそうである。

その万札を見ると肖像は福沢諭吉になっていた。

私にとっては見慣れたものだったが、親子にとってはこの会場で使う予定があったのかもしれない。

どうもそのまま受け取るのは気が引けるのである。

咄嗟に閃きある提案をすることにした。


「では、こうしましょう。娘さんにこの土産物店で好きなものを買って頂きましょう。私はお釣りだけ頂くことで結構ですから。そのようにすれば父も満足すると思いますよ」


母親は少し考えて同意した。

そして娘に購入品を選ぶために店内を回らせた。

その間、私は母親とお互いの近況を伝え合った。

ただ、偽りの自己紹介であるのが心苦しかった。


「ママ、これでいい」


と娘が万博のマスコット人形を持ってきた。

早速母親がレジで1万円を払い釣り銭を受け取っている。

私は目の前で娘が喜んでいる姿を見て、思わず顔が綻んだ。


***


挿絵(By みてみん)


その時、すぐ側に数人の男の子が現れ、不意に私はその場所を譲った。


「ワアー、アンモナイトの化石だよ」


「知ってる。知ってる。何億年もの前のものだそうだ」


「え!すごいなあ。一番古いんじゃないか」


私は一瞬にして、現代に戻ってしまった。

さらに愛知万博会場から京都の勧業館「ミヤコメッセ」まで瞬間移動したのである。

結局1万円の釣り銭を手にすることは出来なかった。

それは惜しくはなかったが、気がかりなのは目の前からの私の消滅をあの親子が驚いているのではないか。

いやびっくりしたに違いない。


私は、会館を出て自宅に戻るまでの間、自分の身に起こった不思議な現象を考え続けた。

発端は抽象画展で奇妙な絵を見たことであった。

あの顔を伴った色彩を注視することで、自分自身が過去に引き込まれていったのかもしれない。

あの絵の魔力に導かれてしまったのか。

では、アンモナイトの場合はどうなのか。

いくら考えても答えが出そうもなかった。

ただ、共通するのは万博である。

この大きなイベントに私を導きたい訳があるのかもしれない。

近ぢか大阪関西万博が開催される。

今のところ予定がなかったが、行ってみようと思った。

そこで答えが見つかるかもしれない。


***

数か月後、ゴールデンウィークにJR、地下鉄を乗り継ぎ万博会場に入場した。

謎解きの目的もあって一人で来ることにした。

タイムスリップで体験した大阪千里、愛知の過去2度の万博に比べて遜色ないほどの壮大なイベント空間である。

いや、今回は大屋根リングという木造建築物が会場のシンボルとして取り囲んでいる景観が圧巻であった。

また、場内の施設も最先端の技術を屈指して建設配置され、国内外パビリオンの多くは空間を有効活用した華麗なデザインの構造になっている。

また、様々な展示施設やイベントがあり、新世代の乗り物、AIでの演出、バーチャル体験、ロボット等々、最新鋭の技術を網羅した博覧会と言ってよい。


私は場内を歩きまわることにした。

各ストリートや広場の左右に配置されたいずれのパビリオンも魅力的であったし、日本のお笑いのよしもとや人気のガンダムをイメージしたバンダイのバビリオンは目を楽しませてくれた。

ただ、明らかに以前と違うのは、外国人が多いことである。

ほぼ、日本人と同数の異国人と思われる人々が場内のあちこちで見受けられた。

入場して相当な時間が経ったが、今回の目的とする不可思議な感覚は見受けられなかった。

過去二度体験した自分自身の変化、この場からの消滅もなさそうである。

どうやら、大阪関西万博においては、答えは見つかりそうもない。

さすがに歩き疲れて、再び大屋根リング内に沿ってのんびりとぶらつくことにした。


一応、片側通行になっているが、大勢のグループと行き交うとなかなか前に進むのも難儀であった。

前方から白人の観光客の集団が向かってくる。

彼らとぶつからないように歩き、なんとかその最後尾の一人に達すると、しばらく人通りが途絶えた。

ほっとした束の間、一人の女性が私を直視しながら前方から近づいてきた。

肌色からみて、日本人のようでもある。

私を見ているようであるが、全く面識がない。

自分と同年代のようであるが、おそらく私の背後にいる誰かをみているのだろうと思った。

ところが、彼女は視線を変えずに、目の前で立ち止まった。

そして、面食らって同様に止まってしまった私に言った。


「日吉様ですね?」


思わず頷いたが、彼女が誰なのかどうしても思い出せなかった。


「私は瀬戸アカネと言います。日吉様に愛知万博でマスコット人形を買って頂きました」


その言葉で私の前で嬉しそうな顔の女の子を思い出した。


「ああ、あの時の・・」


と言ってしまったが、二十年前の出来事であることに気が付いた。

一瞬言い訳を考えたが、彼女が先に言った。


「やはりそうだったのですね。私たちの目の前で消えてしまわれたので、母も祖母ももしかしたら日吉様は未来から来られたのではと想像したのです。今から55年前と20年の万博に現れた人物は同じ方ではなかったかと。そうでも思わなかったら理解できない驚きでした」


私は溜息を吐きながら同意した。


「ええ、その通りです。この私自身も理解できていないんです。その答えを探しに万博会場までやってきたんです」


「私は三度目です。今回の万博に必ずいらっしゃるはずと信じて、母や祖母とも見物がてら来たのですが、今まではお会いできませんでした。今回は単独で来てようやく会えました。お会い出来るまで何度でも来る予定でした」


私は恐縮してしまった。

そこまでこの家族を悩ませているとは思いも寄らなかった。

私の困惑に彼女は笑顔を見せながら言った。


「日吉様はもう会場内をご覧になりました?」


「いえ、まだこれからです。どこに行こうか思案している最中です」


「よろしかったら私が案内しますわ。もう3回目ですから、場内かなり詳しくなってしまったんです」


「それは、助かります。ぜひお願いします」


そう言いながら私たち肩を並べて歩き出した。

ところが、すぐに彼女は立ち止まり、心配そうに私に尋ねた。


「もしかしたら、また消えてしまわれることはないんでしょうか?」


「いえ、それはないです。私は今の時代に暮らしているのですから」


「私もそうです。安心しましたわ。それと、あの時のお釣りをお返ししなければなりませんね」


「ハハハ、その必要はないと言ってもお困りになるのでしょうね。ではこうしましょう。見学の途中でお食事をすることにしましょう。そのお代に使用することでどうでしょうか」


「了解しました。そうすることにしましょう」


どうやら時間を掛けずに打ち解けてしまったようだ。

再び歩き出し、私は不思議な体験についての説明を最初から始めた。

彼女なら間違いなく信じてもらえるだろうと思いながら。

そして、胸の内に抱いていた謎の答えが分かったようにも思えた。












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