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9話 生き甲斐


 アクシスが去って行った後、ロイドにエスコートされて朝食会場に入ったメロリーは席についた。


 するとすぐさま、テーブルを埋め尽くすほどのたくさんの種類の料理が並べられた。

 うわぁ! と感嘆の声を漏らすメロリーに、ロイドは嬉しそうに目を細める。


「メロリーの好みが分からなかったから、多めに用意させたんだ」

「あ、ありがとうございます……!」

「無理に食べなくても大丈夫だからな。さあ、いただこう」

「はい! いただきます!」


 離れでの生活は大変質素なものだったし、夜会やパーティーでは数多くの料理が並んでいたけれど、ラリアの引き立て役として彼女の側にずっといなければならなかったので、食べることは叶わなかった。


(感謝していただかなきゃ!)


 メロリーはフォークとナイフに手を伸ばし、彩り鮮やかなサラダを口に運ぶ。


「ん!? レタスがシャキシャキです! トマトが甘くて、このドレッシングの仄かな酸味がたまりません……!」

「それは良かった。たくさん食べてくれ」

「はい!」


 実家では、 廃棄する予定だった野菜のクズばかりを食べていたが、新鮮な野菜を一流のシェフが料理するとこんなに美味しくなるものなのか……とメロリーは感動を覚えた。


「スープも温かくて……とっても美味しいです! ソーセージは皮がパリッと……中からじゅわぁって……幸せです!」


 昨日は夕食をとらずに眠ってしまったことも相まって、メロリーはつい食事に夢中になってしまう。

 普段なら一人きりの食事も一緒に食べてくれる人がいると楽しくて、自然と口数も増えた。


「ああ、美味しそうに食べるメロリーが可愛い……。食事中も天使だなんて罪深いな……」

「あ、ありがとうございます……?」


(ロイド様の天使の概念はやっぱり不思議!)


 とはいえ、おそらく褒めてくれているのだろう。


 メロリーは気にかけるのを止め、食事を再開させる。

 香ばしく、ふかふかの柔らかいパンに、冷たくて身のぎっしり詰まった果実、鼻腔を擽る香り高い紅茶。


 食事をひとしきり終えると、メロリーはそういえば、とルルーシュから再び薬箱を受け取り、二つの小瓶をテーブルに置いた。


「これらもロイド様のお役に立てるかもしれないと思ってお持ちしました! 『眉毛 が少し薄くなるけれど集中力が二倍になる薬』と『一時的に背中に黒子ができるけれど食事による栄養の吸収が高まる薬』です!」


 戦争から戻ってきたばかりのロイドは仕事に追われているようだが、集中力が高まれば早めに仕事が終わるかもしれない。

 もし多忙のあまり食事をあまりとれなくても、栄養の吸収率を上げれば体を壊さずに済むかもしれない。


 そんな思いからメロリーが薬を差し出せば、ロイドはそれを受け取りながら片手で目を押さえた。


「メロリー、本当にありがとう。こんなに優しい婚約者を持てて、私は世界で一番の幸せ者だ。それに、昨日もらった薬も効果がてきめんだった。改めて何かお礼をさせてくれないか?」

「いえそんな! 私は『出来損ないの魔女』ですので! こんな私が作ったもので少しでもお役に立てて、しかも喜んでいただけるだけで誉れです! お気になさらないでください」


 そう言うと、何故かロイドが眉を顰めた。


 怒っているわけではないことはメロリーにも分かる。強いて言うなら、悲しそうな、傷付いたような顔だろうか。


「あの……?」

「……自分のことを、こんなとか、出来損ないだなんて言わないでくれ。メロリーはとても優しくて、魅力的で、尊い人だ」

「ロイド様……」


 優しい、優しい、婚約者。

 ロイドにこんな顔をさせてしまったことに、メロリーは罪悪感を覚えた。

 同時に、何故ここまで心のこもった言葉を投げてくれるのだろうかとも不思議に思う。


「だから、せめて礼はさせてくれ。良いな?」

「は、はい……! よろしくお願いします」

「ああ。本当にありがとう、メロリー」


 けれど、その疑問はすぐに解けた。

 おそらく、ロイドがメロリーの作る薬に興味を持ち、また惹かれたからなのだろう。

 だから、メロリーに対してこんなにも優しい言葉を投げかけてくれる違いない。


 ──『不老不死の薬』や『媚薬』、『呪いの薬』。


 両親が望んだようなとんでもない薬が作れなくとも、こんなにも自分が作った薬を求めてくれる人がいる。褒めてくれる人がいる。そして、優しい言葉をかけてくれる人がいる。


 それはメロリーにとって掛け替えのない幸せで……。


(感謝するのは私の方です、ロイド様)


 メロリーがそんなことを考えていると、穏やかな表情に戻ったロイドが気さくに話題を振ってくれた。


 忙しいだろうに、食事をさっさと済ませるだけでなく、会話までしてくれるなんて、彼はどれほどできた人なのだろう。


「あっ」

「どうした?」


 あれこれあったせいですっかり忘れてしまったけれど、メロリーには大切な話があった。


「質問してもいいですか?」と許可を取れば、ロイドは当然だというようにコクリと頷いた。


「私が調合するためにロイド様が準備してくれた離れは、自由に使っても良いのですか?」

「ああ。あそこはメロリーのために作った場所だからな。器具や材料が足りないなら追加で揃えるから教えてほしい」

「何から何まで、本当にありがとうございます!」


 まさに至れり尽くせりだ。

 もとより思っていたけれど、ここまでしてもらっては、より一層ロイドの役に立てるように調合に励まなければとメロリーは気合を入れる。


「聞きたいことはそれだけか?」

「それが、もう一つありまして。このお屋敷での私のお仕事は何でしょう?」

「ん……?」


 きょとんとした顔をするロイドに、メロリーは続けざまにこう言った。


「ルルーシュに習って、使用人のお仕事をさせてもらえればよろしいですか?」


 ロイドを纏う空気が変わり、部屋は一瞬、凍えそうになるほど凍りついた。


(え? え? 私、何か変なこと言った?)


 慌てるメロリーにハッとしたロイドは「ふぅ」と自身を落ち着かせるよう息を吐いた。


「メロリーは私の婚約者であって使用人ではないから、そんなことはしなくて良い。ただ、使用人の仕事が好きでたまらないなら君の気持ちを優先して止めないが、そのあたりはどうなんだ?」

「いえその、ものすごく使用人のお仕事が好きというわけではないんですが、ただで住まわせていただくのが申し訳なくて……」


 結婚をすれば、辺境伯夫人として、この屋敷にいる意味が見出だせる。


 しかし、メロリーは現在婚約者だ。

 更に貴族との交友関係が広いわけでもなく、腕っぷしが強いわけでもない。読み書きはできても、ロイドを補佐するような書類仕事は専門外だった。


(そう考えると、私にできる何か特別なことって、薬を作ることだけなのよね……)


 しかし、出来損ないの魔女であり、役立たずの薬しか作れないと言われているメロリーの薬を飲みたいなんて思ってくれているのは、ロイドだけだ。


 アクシスは嫌がらずに受け取ってくれたが、ロイドの前だったこともあって気遣ってくれただけの可能性がある。いや、むしろその可能性は高い。


(つまり、ここで新たに調合しても、飲んでくださるのはロイド様だけ……。それを自分の仕事とするのはさすがに……)


 メロリーの薬が一般的な薬とは効果が違うとはいえ、過剰摂取が厳禁なのは同じだ。ロイドのためと言って大量に生産する必要がない。


(う~ん)


 いろいろと考えたものの、これといった案は思いつかなかった。

 メロリーは眉尻を下げ、申し訳なさげに口を開いた。


「申し訳ありません、ロイド様。私なりに考えてみたのですが、このお屋敷でお世話になれるだけの役に立てるような仕事は何も思いつかず……」

「いや、それならメロリーには一つ──」

「このままでは、せっかく私の作る薬に惹かれて結婚を申し込んでくださったロイド様にあまりにも申し訳なくて……」

「ん?」


 ピシッとロイドが固まる。


 メロリーはどうしたのだろうと、「何か失礼を言ってしまいましたか?」と問いかけた。


「……そういうことではない。……が、正直困惑している」

「困惑?」


 冷静になろうとしているのか、ロイドは額に手を伸ばし、深く息を吐いた。


「……いやだが、確かに調合室で縁談を申し込んだ理由を告げた際、メロリーは驚いていたが全く照れた様子はなかった。私に対してあまりそういう興味がないのか、もしくは驚きが勝っているのかと思っていたが……そんなことになっていたとは──」


 ぼそぼそと呟くロイドの声は小さく、ところどころ聞こえない。


(本当に、どうしたんだろう?)


 ロイドの先ほどのセリフや様子から、怒っていないことは分かるが、どこか思い詰めているように見える。


 やはり仕事が激務で疲れているのか、それとも何か深い事情があるのか。

 まだロイドと付き合いが短いメロリーには分からなかった。


 それに、まだ理由を尋ねてもいいような深い関係ではないことは明白。


「大丈夫ですか……?」


 こう問うことしかできないでいると、ロイドは額に伸ばしていた手で前髪を掻きあげてから、これまで何度も見せてくれた笑顔で向き合ってくれた。


「すまない、大丈夫だから、心配はいらないよ」

「そ、れなら良かったです!」

「ところでメロリー、話は戻るんだが……一つ、頼まれてくれないか?」 

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美しい表紙と挿絵を担当してくださったのは麻先みち先生٩(♡ε♡ )۶
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