5話 魔女に向けられる眼差し
それから少しして、まずは屋敷に入ろうとロイドに言われたことで、メロリーたちは離れから屋敷に向かった。
「そういえば、一つ伝えておかないといけないことがある」
「何でしょう?」
屋敷に着くまでの僅かな間、メロリーに合わせてゆっくりと歩くロイドが申し訳なさそうに口を開いた。
「私個人としてはいつでも婚姻を結びたいのだが」
「はい」
「貴族の結婚には神殿への申請が必要でな。その申請が通るのに数ヵ月時間がかかるだろうから、しばらくは婚約者という扱いでも構わないだろうか?」
「はい。むしろ婚約者という立場でお屋敷にお世話になってもよろしいのでしょうか?」
ロイドからの縁談を求める旨の手紙には、できるだけ早くに屋敷に来てほしいと書いてあった。
両親は穀潰しのメロリーを早く家から追い出したかったので、直ぐにでも迎えを寄越してほしいと連絡し、手紙から一週間という怒涛の早さでこの屋敷に来ることになったのだ。
(早く来てほしいと書いてあったから、直ぐに入籍するのだと思っていたのだけれど……。結婚したら同じ屋敷に住むのは、この国では当たり前のことだし)
しかし、ロイドの話からしてそうではないらしい。
確認するメロリーに、ロイドは爽やかな笑顔を向けてきた。
「もちろんだ。数ヶ月後にはここに住むのだから、早めに来て慣れておいたほうが良いと思ってな」
「なるほど! お気遣いありがとうございます!」
再三だが、ロイドはなんて良い人なのだろう。
こんな人の婚約者になれて、調合部屋まで用意してもらえて、今日まで薬を作り続けていて本当に良かったとメロリーは思う。
「というのは建前で、本当は一秒でも早くメロリーとともに暮らしたくてな……」
頭の中がロイドへの好感と薬のことでいっぱいになっていたメロリーには、やや照れながらそう話したロイドの声は聞こえなかった。
屋敷のエントランスに入れば、多くの使用人たちが出迎えてくれた。
「メロリー・シュテルダム伯爵令嬢様、ようこそカインバーク邸へ。私は統括執事のセダーと申します」
その中で、代表して挨拶をしたのは執事のセダーだ。
纏められたロマンスグレーの髪がよく似合う、初老の男性である。
にこやかな笑みを浮かべているが、瞳の奥ではメロリーを見定めているのが分かる。
おそらく、セダーのそれはほとんどの人は気付かないものだ。しかし、メロリーはこれまで多くの悪意の瞳に晒されてきたので、そのあたりは敏感だった。
(でも、仕方ないよね)
ロイドは魔女であるメロリーを受け入れてくれたが、そんなのは稀だ。
大切な主であるロイドが婚約者として魔女を選んだ折には、使用人たちの間に衝撃が走ったことだろう。
それに見回してみれば、セダー以外のほとんどの使用人の中には、もっと分かりやすく笑顔が引きつっている者もいる。
(むしろこれが普通よね。ロイド様の反応がおかしいのだもの。それに、できるだけ笑顔で迎えようとしてくれているだけ、本当にありがたいな)
何はともあれ、これからお世話になる身としてしっかり挨拶しなければ。
自分が嫌われるのは慣れたものだが、使用人たちをできるだけ怖がらせたくないメロリーは、穏やかな笑みを浮かべてカーテシーを見せた。
「シュテルダム伯爵家の長女で、魔女のメロリー・シュテルダムと申します。今日からこの屋敷でお世話になります。……あの、私は魔女ですが、皆さんを傷付けるようなことは絶対にしません。できるだけご迷惑をおかけしないように努めることもお約束します。ですからその……皆さん、よろしくお願いします」
すると、セダーを含めた使用人たちが僅かにざわついた。表情から察するに、イメージしていた魔女と違ったからだろう。
(私はちょっと変わった薬が作れること以外は、皆と同じなんだけどね。……ちょっと見た目は特徴的だけど)
そのことが少しでも伝わればいいなぁと思っていると、ロイドが声をかけてきた。
「メロリー、君を担当するメイドを紹介しよう。ルルーシュ、挨拶を」
「はい」
セダーの隣に立っていたお仕着せを着た女性が列から前に出ると、深くお辞儀をした。
「メロリー様付きのメイドとなりました、ルルーシュと申します。よろしくお願いいたします」
ルルーシュと呼ばれるメイドは、黒髪を後頭部でお団子にした、およそ二十歳前後の美しい女性だ。
使用人たちの中で唯一、メロリーに対して一切の動揺を見せなかった人物である。
「ルルーシュさん、お願いしますね」
「メロリー様、ルルーシュとお呼びください。言葉遣いもくだけたもので結構です」
「は、はい!」
「メロリー様?」
これ以上ないくらい笑顔なのに、どこか圧を感じる。
本能的に従わなければと思ったメロリーは、「え、ええ! よろしくね!」と即答する。
すると、セダーがロイドに対して「そろそろ……」と控えめに声をかけた。
「メロリー、すまないが今日中に終わらせなければいけない仕事が残っていてね。また明日たくさん話そう。食事は部屋に用意させるから、今日はゆっくり休んでくれ」
「分かりました。お仕事頑張ってくださいね。……それと、私のために……その、色々と、ありがとうございます」
縁談を申し込んでくれたことはもちろん、離れに調合部屋を用意してくれたことも、ルルーシュをつけてくれたことも。こんなに幸せでいいんだろうかと、怖くなるくらいだ。
「私は何もしていないよ。改めて、辺境伯領へ、この屋敷へようこそ、メロリー。婚約者として、これからよろしく頼む」
「はいっ! よろしくお願いいたします! ロイド様っ」
「うっ……! 満面の笑み……! まさに天使……!」
何故か悶えるロイドを不思議に思いつつも、メロリーはさほど気にしなかった。天使発言といい、彼は少し変わっているらしい。
「メロリー様、それではお部屋にご案内を……」
「あ、ルルーシュ、ごめんなさい。少しだけ待ってもらってもいい?」
メロリーはルルーシュに謝罪すると、セダーとその後ろにいる使用人たちへと視線を向けた。
「皆さん、出迎えてくださってありがとうございました。……それと、先ほども言いましたが、私は魔女ですが、皆さんを傷付けたり、怖がらせるようなことは絶対にしないと誓います。だから、少しずつでも皆さんと仲良くなれたら、嬉しいです」
「「「……!」」」
そう言って、メロリーは再び頭を下げると、ルルーシュに「待たせてごめんね」と伝えてからエントランスを後にした。
そして、メロリーの姿が見えなくなった直後のこと。
「……私はお前たちに自分の目で見てメロリーを判断するよう言ったが、どうだ?」
どこか誇らしげに話すロイドに対して、使用人たちは瞳に罪悪感を滲ませた。
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