24話 麗しの天使
目の前に光景に、ラリアと両親ははたと足を止めた。
これまではラリアが会場に現れると、多くの令息たちが駆け寄ってきた。
ある者は美しさを近くで見るため、ある者はその鈴のような声を楽しむため、またある者はダンスに誘うため。そして、多くの者たちは彼女を口説くために。
それはまるで、甘い蜜を携えた花に虫が群がってくるような、そんな光景だったというのに……。
「ケイレム伯爵令嬢がこんなにも美しい方だったなんて……!」
「ご令嬢に出会えた今日という日に、心から感謝を」
会場の少し奥。きらびやかなシャンデリアの下、令息たちの中心には、これまで社交界で見たことがない令嬢の姿があった。
艷やかで美しい金髪を靡かせる、絶世の美女だ。
(誰よ……。あの女……!)
ラリアと同様に、両親は焦りを露わにする。
ラリアは昔から自身の見た目に絶対的な自信を持っていた。しかし、美貌だけでは目ぼしい令息全員を釘付けにすることはできなかった。
だから、引き立て役としてメロリーを側に置くという両親の提案に頷いたのだ。
人々に恐れられた上に出来損ないの魔女で、家にとって害にしかならない魔女の姉──メロリー。
まるで老婆のような白い髪と血のような瞳を持つメロリーに地味で流行遅れのドレスを着せ、ラリアの隣に立たせて黙らせる。それだけで、美しい見た目に可憐なドレスを着ているラリアはより目立つようになった。
更に、ラリアはメロリーに対して、人目があるところでは優しく接した。友人たちにメロリーを紹介し、自慢の姉だなんて言ってみせた。
結果、ラリアの評判は鰻登り。
見た目が美しいだけでなく、心まで美しいのだと、『麗しの天使』──そんな異名が付くほどに。
(それなのに……っ、何であの男たちは私じゃなくて、あんな女に群がってるわけ!?)
ラリアはフーフーと鼻息を荒くし、悔しげに拳を力強く握り締める。
「確か、ケイレム伯爵家の一人娘はこれまでこういう場には出てこなかったはずよね?」
「そのはずだ。人伝に聞いた話では、確か髪の毛に悩みがあって、あまり人前には出たがらなかったはずだが……」
大勢の令息たちに囲まれているケイレム伯爵令嬢を見ながら、両親たちが訝しげに話す。
(は? あれのどこに悩みがあるっていうの?)
毛先まで潤い、艷やかな金色の髪の毛は、正直ラリアでも見惚れてしまうほどだ。あの髪の毛で悩みだなんて、考えづらい。
もしや髪の毛の色が不貞の子である証にでもなってしまうのかとも思ったが、ケイレム伯爵令嬢の近くで彼女を見守る彼女の両親らしき二人は、どちらとも金髪だ。家の醜聞を隠すために、娘を表に出さなかったわけではないのだろう。
──いつもなら、あの場所にいるのは自分だったはずなのに。
珍しいとばかりに群がる男性たちに、その中心のケイレム伯爵令嬢に、ラリアは苛立ちが募る。
「クソッ、ムカつくわ……。あの女、ちょっと男に囲まれたくらいで調子に乗って……! それに、あいつらもあいつらよ! あんな女に鼻の下伸ばしちゃって!」
あまりの屈辱に、ラリアは眉を吊り上げ、口元を歪め、鋭い目つきでその光景を睨んだ上、暴言まで吐いてしまった。
「まあ、怖い」
「あっ……」
近くにいた一人の令嬢が、口元を扇で隠してぽつりと呟く。
貴族同士の交流、とは表向き。社交界の裏の顔は、足の引っ張り合いだ。
ラリアのその言動は、これまでラリアの人気ぶりに不満を抱いていた令嬢たちに、これ以上ないほどのネタを与えてしまった。
「い、今のはちがっ」
早く訂正しなければ、自分の評価が落ちてしまう。
それを感じ取ったラリアは言い訳をしようとしたのだが、失言を聞いていたのはその令嬢だけではなかった。
「さっきの発言聞きまして? 『麗しの天使』だなんて呼ばれている方のお言葉とは思えませんわ」
「ええ、ええ。あのような汚いお言葉、到底真似できませんわね」
「それにさっきのお顔の恐ろしいこと……。ケイレム伯爵家のご令嬢の美貌が疎ましくてしょうがないとのかしら? ……まあ、引き立て役がいなければ大したことはないと自覚できた良い機会ではなくて?」
クスクス、クスクス。
人気者の陥落は、いつも我慢を強いられ、品ある言動を求められる令嬢たちの大好物だ。
「ちがっ、今のは……違って……っ」
男にチヤホヤされることばかり考えてきたラリアとは違い、令嬢たちの人脈は広い。
令嬢たちは会場内に散らばると、ラリアの方に視線をやりながら楽しげに会話を繰り広げる。
声は聞こえない。
だが、確実に自分の話をされているのだということくらい、ラリアにも、両親にも理解できた。
「ラ、ラリア、今日はもう帰ろう」
「ええ、そうよ。こういうことは時間が経てば収まるわ。ね?」
「……っ」
望んでいたことは違う意味で注目を浴びてしまったラリアは、コクリと頷くと両親とともに会場の外に出た。
「……ほんっと、ムカつく‼ あいつら全員地獄に落ちれば良いのに‼」
こんな屈辱を、これまでの人生で味わったことはない。
会場の外に自分たち以外の人が見えないのを良いことに、ラリアは足を止めると一際大きな声で暴言を放った。
オロオロしている両親に対して、ラリアはキッと睨み付ける。
「お父様とお母様は悔しくないの!? 私があんなふうに言われて!」
「そ、そりゃあ悔しいさ。なあ?」
「え、ええ。もちろんよ。あんな魔女なんていなくても、ラリアが一番可愛いわ? 私たちの娘だもの」
両親は焦りながらもそう話す。
ラリアは怒号から一転、甘えた声色を出した。
「だったら、私がまた女たちの羨望の目を向けられるように、男たちから釘付けにされるように、協力してくれる? もっと周りの目を引く綺麗なドレスとか、価値の高い宝石のついたアクセサリーとか、髪飾りとか、たくさん用意して! メロリーお姉様がいなくても、もっと着飾れば私が一番可愛いんだから」
「あ、ああ! そうだな、そうしよう!」
「そうね、明日早速、宝石商やデザイナーを家に呼びましょうか!」
一人目の子が望まぬ魔女だったこともあって、両親は昔からラリアに甘かった。
再び自分が脚光を浴びる未来を想像したラリアは、にんまりと口角を上げる。
「なあ、そういえば聞いたか?」
「ああ、あのことか?」
すると、夜会会場の外にある噴水付近から、二人の男性が話している声が聞こえてきた。
距離からして、おそらく先程のラリアの怒声には気付いていないはず。
それなら、わざわざこの場に留まる理由はない。
ラリアは待機されている馬車に向おうと再び足を動かしたのだが、聞こえてきた名前にはたと足を止めた。
「ケイレム伯爵令嬢が社交界に参加できるようになったのは、あの魔女のおかげなんだろう?」
「確か、メロリー・シュテルダムだっけか? カインバーク辺境伯の婚約者の」
(どういうこと? メロリーお姉様のおかげって……)
ラリアは両親と目を合わせると、その男性たちの会話に耳を傾けた。
お読みいただきありがとうございました!
家族たちの転落はまだまだこれからです(゜∀゜)
タイトル回収までもう少しお付き合いくださいね〜!




