23話 冷酷と言われる理由について
辺境伯領が接する隣国とは、昔から小競り合いが続いていた。
数年前の戦争もその一つだ。
既に辺境伯の爵位を持っていたロイドは、その圧倒的な強さを国王に認められたこともあって、まだ十代という若さで全体の指揮を任されていた。
「ロイドは冷たそうな顔はしているけど仲間思いの良い奴です。だから、あいつなりに一番こちらの被害が出ないような作戦を考えて、それを部下たちに指示したんですけど……一部の部隊がそれに反対しまして」
「! どうしてですか?」
「……まあ、これは僕の予想でしかありませんが、自分よりもかなり若いロイドの指示に従うのが嫌だったんじゃないかと。当時は、今ほどロイドの実力は知れ渡っていませんでしたから」
「…………」
メロリーは戦いに身を置いたことはないけれど、皆が極限状態にいることくらい分かる。油断すれば、作戦が失敗すれば死が待っているのだから当然だ。
だから、指揮官が若いからという理由で自身の命を預けるのを不安に思う感情自体は、理解できなくもなかった。
「ロイドは作戦を反対する部隊に、作戦の重要性を何度も説明しました。しかし、ロイドの言葉は届かず……その部隊は戦いの最中に、独断行動に討って出たんです」
「えっ」
「結果、部隊は大勢の敵に囲まれ、捕虜にされてしまいました」
「……っ」
メロリーが息を呑むと、アクシスは少し間をおいてから続きを話し始めた。
「ロイドにもその情報は入っていましたが、彼は指揮官で、多くの者の命を握っている。命令違反した捕虜の奪還よりも先に、自らについてきてくれた部下たちと作戦を続行することを選びました。そして、その戦争で大きな戦果をあげたんです」
「……それがどうして、ロイド様が冷酷だと言われることになったんですか?」
「戦争が終わった後、捕虜になった部隊が命令違反をしていたと知らなかった一部の部下が、噂し始めたんです。……ロイドは、仲間の奪還よりも武功を立てることを優先するような冷酷な人間だって」
「そんな……! だって、ロイド様は何も悪くないのに……!」
確かに、ロイドが作戦の継続を選んだのは事実だ。
しかし、指揮官であるロイドにとって、その決断は被害を少なくするための苦肉の決断だったはず……。
「そうです。この件は命令に背いた部隊が完全に悪い。……けれど、戦後は皆気が高ぶっていたり、その反対に落ち込みやすくなっていたりなど、精神が不安定になる者は大きい。僕を含めて、何人かがロイドは武功のために仲間を見捨てるような冷酷な人間ではないと伝えましたが、彼らの耳には届きませんでした」
アクシスはロイドにも噂を否定するよう進言したらしいが、彼は首を横に振ったそうだ。
捕虜の奪還よりも作戦を続行させたことは事実であることと、そもそも自分の力が足りないせいで部下たちを不安にさせてしまったことが此度の件の原因だからと、悪評を受け入れているようだった。
(ロイド様は責任感が強く、そして優し過ぎます……)
メロリーは自身の手を胸の前でギュッと握り締める。
そして、やんわり伏せていた瞳が開かれ、アクシスを見つめ返した。
「今も誤解されたままなことは悲しいですが、ロイド様が冷酷と言われている理由が聞けて、良かったです。何か事情はあるんだと思っていましたが、やっぱりロイド様は私が知っている優しいロイド様のままでした」
「メロリー様……」
「アクシス様、教えてくださってありがとうございます」
メロリーが頭を下げると、アクシスは首を横に振った。
「お礼を伝えるのは僕の方です」
「え?」
「ロイドは冷酷だと言われても致し方ないと考えていましたが、僕もメロリー様と同じで彼が誤解されたままなのは嫌だった。けれど、ロイドはメロリー様の側にいると、優しくなる。そんなあいつの姿を……本当は冷酷なんかじゃないロイドの姿を、今日周りに知ってもらえたことが嬉しいんです」
『カインバーク辺境伯ってあんな感じの人なの?』
『冷酷どころか、むしろ正反対のように見えるな……』
結婚式の際のやりとりを見た周りの貴族たちが、そんなことを口にしていたことを思い出した。
あの時はただ恥ずかしかったけれど、アクシスの言う通り、少しでもロイドが優しいということを周りが知ってくれたのなら、それはメロリーにとっても嬉しい。
たとえ、自身の作る薬にロイドが惹かれたから、特別に優しくしてくれているのだとしても……。
「お役に立てたなら、嬉しいです」
何故だろう。少しだけ、ほんの少しだけ、胸がチクリと痛んだ。
◇◇◇
メッシブル公爵夫妻の結婚式から二週間後。
王都で開かれた夜会に参加するため馬車に揺られた、メロリーを除いたシュテルダム伯爵家一行は、目的地に到着したため馬車を降りた。
ラリアは両親とともに会場の前に着くと、ふと思い出したように話題を切り出した。
「そういえば、メロリーお姉様は今頃どんな目にあっているのかしら? 相手はあの変態辺境伯様だものね。心配だわ……。ふふっ」
言葉とは裏腹に、ラリアは厭らしく口角を上げる。
両親もつられるようにほくそ笑むと、父である伯爵はラリアの肩にぽんと手を置いた。
「お前は本当に優しい子だね、ラリア。……だが、もうあんな魔女のことは忘れなさい。今日は辺境伯から受け取った支度金で買った新しいドレスを初めて披露する日だろう? 楽しみなさい」
「そうよ。あんな魔女がどんな目にあおうと、私たちには関係ないもの。今日を楽しみましょう」
「お父様、お母様……。そうよね、ありがとう!」
薄ピンクの軽やかな生地に、白いレース。金色の細やかな刺繍があしらわれた、清楚で可愛らしいドレス。
首元には控えめだけれど、分かる人には分かる、一級品のダイヤモンドが散りばめられたネックレス。
(ふふ、今日は一体何人の男が私に夢中になるのかしら)
メロリーがいなくなってから初めて迎える夜会。ラリアはメロリーの不幸によって得られたドレスを身に包んでいることで、いつも以上に高揚していた……はずだったのに。
「何よ、あれ……」
お読みいただきありがとうございました!
久しぶりに登場したメロリーの家族たち。
次回、プチザマァ回ですわ!




