21話 結婚式
メッシブル公爵夫妻の結婚式当日。
挙式は、王都で最も歴史の古い大聖堂で執り行われる。
多くの列席者が集う教会内は、どこか緊張感が漂っていた。
不仲だと噂されている公爵夫妻の挙式であること、冷酷と噂されるロイドがいること、そして悪評連ねるメロリーがこの場にいるからだった。
(予想はしていたけれど、まさかここまでだとは……)
今日の結婚式には多くの貴族たちが集まることは分かっていたが、主役がまだ入場していない今、皆の注目はメロリーとロイドに注がれている。
ロイドには恐怖、メロリーには嫌悪や嘲笑の視線だ。
二人は隣同士に座っているので、会場の視線を釘付けにしていると言っても良い。
ロイドの隣に座るアクシスは不愉快なのか、やや眉間に皺を寄せている。
ロイドが今日のために用意してくれた青色のドレスに身を包んだメロリーは、自身のドレスとよく似た瞳の色の婚約者に声をかけた。
「お二人の入場はそろそろでしょうか?」
「おそらくな。……すまない、メロリー。私のせいで周りからの視線が痛いだろう?」
そういう意味で聞いたつもりはなかったのだが、どうやら誤解させてしまったらしい。メロリーは間髪いれず に返した。
「そんな! むしろ私のせいです! 申し訳ありません、ロイド様……」
「そんなことはない。私が──」
この突き刺さるような視線は自分のせいだ。互いに譲らないメロリーとロイドに、アクシスはため息をついた。
「どっちでも良いですけど、あんまり大きな声で喋ると余計に注目を浴びますよ」
確かに、と納得したメロリーはきゅっと口を噤んだ。
そんなメロリーの耳元に顔を寄せたロイドは、かすかに笑いながら「ではお互い様ということにしようか」と小さな声で囁いた。
「じゃあ、そういうことにしましょう」
メロリーもつられるように囁き声で答えれば、ロイドは彼女の耳元に口を近付けたまま会話を続けた。
「叔母上からは夫婦一緒に入場すると聞いている。その分、公爵の緊張は多少和らぐはずだが、大丈夫だろうか」
「一ヶ月前にお会いした際は、人前に出るのにまだかなり不安が大きいようでしたからね……。その後のビクトリア様からのお手紙では、かなり症状が緩和されてきていると書かれていましたが、挙式本番でどうかは……」
ここで不安になったところで何もできないことは分かっているけれど、メロリーは心のざわつきを抑えることができなかった。
全身に温度が氷のように冷たくなるのを感じる。
「メロリー、君はやれることをやってくれた」
ロイドは顔を遠ざける代わりに、壊れ物を扱うような手つきでメロリーの手に触れた。
……本当に、不思議なものだ。
ロイドの木漏れ日のように優しい声色を聞くと、彼の体温に触れると、自然と大丈夫なように思えてくる。
隣にいる彼を見上げれば、本来なら冷たく映ってもおかしくない青色の目が、愛おしいものを見つめるかのように細められていた。
「ロイド様……」
「あとは信じよう。叔母上たちなら、きっと大丈夫だ」
キュッと手に力を込められたメロリーは、ふにゃりと微笑んだ。
「はい……!」
「……ああ、なんて可憐な笑顔なんだ。メロリー、こんなに人が多いところで君のその笑顔は時に凶器になる。私の前だけで見せてくれ」
「ほんとロイドが何言ってるの? 周りに大勢の人がいるの知ってる? 途中から丸聞こえなんだけど……」
「あ……」
アクシスの言う通り、ロイドの体温を感じたあたりから、彼はいつも通りの声量で喋っていた。
そのせいで、先程までとは違う、困惑、羞恥のような視線を周りから向けられている。
ついでに「カインバーク辺境伯ってあんな感じの人なの?」「冷酷どころか、むしろ正反対のように見えるな……」などの声が聞こえてくる始末だ。
さすがに羞恥が限界突破したメロリーは、バッと顔を俯かせた。
「メロリーの尊い笑顔が見られなくなってしまったことは悲しいが、他の人間に見られずに済んだことは喜ばしい。アクシス、一応感謝しておく」
「しなくて良いからとりあえず黙りなよ……」
ハァ……とアクシスがため息をついて天を仰げば、新郎新婦入場のアナウンスがなされた。
(あっ、始まる……!)
メロリーは司祭がいる場所と反対側にある大きな扉に視線をやる。
ギギ……と開いた扉からは、正装に身を包んだトーマスと純白のウエディングドレスを纏ったビクトリアが腕を組んで入場してきた。
細やかなレースがふんだんにあしらわれたドレスはもちろん、薄っすらと透けたベールから覗くビクトリアは本当に美しい。
「ビクトリア様、本当にお美しいです」
「ああ、そうだな」
「それに──」
メロリーたちと同様に、多くの者たちは一瞬ビクトリアに見惚れた後、その隣を歩く、社交場に全く顔を出さないトーマスに注目した。
むらのない、ほんのりとだけ色づいた血色のいい肌の色。ビクトリアの隣を歩いても引けを取らないような美しさを兼ね備えた容貌。自信に満ち溢れた表情に、ぴしりと伸びた姿勢。
そんなトーマスが、隣を歩くビクトリアに愛おしそうに微笑みかける。
ビクトリアもまた、幸せそうに微笑み返す。
その姿を見た者たちは、まことにしやかに囁かれていた公爵夫妻の不仲説が偽りだったことを痛感し、更に感動の声を漏らした。
「メロリー、君のおかげだ」
皆が拍手する中、ロイドは視線を主役たちに向けたまま、安堵が滲んだ笑みを浮かべる。
メロリーも彼と同じように幸せそうな二人を見つめながら、小さく首を横に振った。
「そんなことはありません。私だけでは、決してこんな幸せそうなお二人を見ることは叶いませんでした」
振り返ること、二ヶ月と少し前。
メロリーはロイドの副作用によっては好ましいものもあるという発言から着想を得て、とある薬を開発した。
それが、『一時的に顔色は悪くなるけれど、姿勢が良くなる薬』だった。
試行錯誤を重ね、ロイドが毒見役を担ってくれたおかげで、期限に間に合わせることができたのだ。
通常、肌の色に悩みのない人がこの薬を服用すると、生気がなくなったかのように顔を青ざめさせてしまう。
しかし、実際トーマスに飲んでもらうと、顔の赤みが落ち着くという良い結果が現れた。
真っ赤と表現していいほどに顔を赤くしてしまうことが多いトーマスにとっては、この薬の副作用は顔の赤みを打ち消せる効果的な薬となったのだ。
しかし、たとえ副作用の効果で一時的に顔の赤みが気にならなくなったとしても、また顔がすぐに赤くなるかもしれない、誰かに笑われるかもしれないという不安は直ぐには拭えない。
結婚式で顔の赤みが出ずに済んでも、精神的に不安を抱えたままでは、トーマスは心から結婚式を楽しめないだろう。
ビクトリアもそれを望んでいないのは明らかだ。
そのため、メロリーは対赤面症薬を大量に作り、一日一本は服用してほしいとトーマスに提案した。
そして、副作用の効果があるうちに、徐々にでも屋敷の人たちに顔を見せてはどうかと進言したのだ。
顔の赤みがない状態で慣れない人と会うことで、過去のトラウマが少しでも軽減されればとの考えだった。
そして、トーマスがメロリーの提案を快諾し、実行に移した結果、今日を迎えることができた。
顔の赤みが消えている事自体はメロリーが作った薬によるところが大きいが、トーマスが今みたいに笑みを浮かべていられるのは、彼の頑張りと、ビクトリアの献身的な支えが大きい。
ビクトリアは、部屋の外に出て人に会おうとするトーマスに何度も優しく声をかけ、励まし、常に寄り添った。
互いへの愛情がなければ、こんなに幸せそうな二人を見ることはできなかっただろう。
「ロイド様、たくさん手伝っていただき、ありがとうございます。あんなに幸せそうなビクトリア様たちを目にできて、私、今とっても幸せです」
ビクトリアたちを見ながら、メロリーは幸福に包まれたように目尻を下げる。
「……ああ、そうだな。私も幸せだ。……メロリーが幸せそうなら、尚更」
相変わらずビクトリアたちを見続けるメロリーを横目に、ロイドは頬を緩めてそう囁いた。
メロリーは拍手のせいで後半は聞こえなかったけれど、幸せで胸がいっぱいになっていたこともあって、聞き返すことはなかった。
お読みいただきありがとうございました!
ここまでついて来てくださっている皆様には感謝しかありません(>ω<)♡
今で大体半分くらいなので、もうあと半分お付き合いくださいませ!よろしくお願いします……!




