20話 開発の壁にぶち当たる
今日は少し風が強い。窓を開けている調合室内には、木々についた葉がカサカサと揺れる音が響いた。
メロリーが新薬の開発に挑み始めてから、早くも二週間が経つ。
毎日調合室に訪れていたメロリーだったが、思うような結果が得られない状況に、一人頭を抱えていた。
「どうしよう……。赤面症に効果がある薬がなかなかできない……」
ここ二週間、ロイドは仕事の合間を縫って調合室を訪れては、毒見役を買って出てくれた。
その間、一番印象に残っているのは、新薬の開発を始めて三日目。
ロイドが飲んだ新薬の効果が『一時的に思考が幼児になるけれど、目が大きくなる』だった時だ。
いつものロイドの切れ長の目が大きくくりっとなっているのはとても可愛らしかった。
更に、およそ思考が三歳くらいになっているのか、メロリーを見るやいなや『くすりいっぱいちゅくれて、しゅごい!』『めろりー、かわいー!』『すきー!』と話してくれる姿は、つい抱き締めたくなるほどの愛らしさだった。
(まさか、幼いのに可愛いとか好きなんて社交辞令が言えるなんて、さすがロイド様……!)
……そんなわけで、ロイドのおかげで新しく採取した野草の効果をいち早く把握でき、それらを様々な野草と組み合わせて新たな薬を作ることもできた。
開発できた新薬の数は軽く、五十を超えるだろう。
メロリーはこれまで試した野草の効果は全て把握しているため、どんな野草を組み合わせれば、どのような系統の効果が出るのかは大方推測できた。もちろん、予想と全く違う薬ができることもあるが、それは稀だ。
だから、肌の悩みを改善、もしくは緩和すると予想される薬を多く開発したのだが、どれも対赤面症薬にはなり得なかった。
「うーん、どうしよう……。顔の血色を良くする薬ならできたんだけどなぁ」
寝不足、体調不良、二日酔いなどで顔を青ざめさせている人には重宝される薬だろうが、顔の赤みに悩むトーマスにはむしろ逆効果だ。
(……ハァ。ちょっとだけ休憩しよう)
期限まであと一週間。
手詰まりの状況にメロリーは溜め息を漏らしてから、息抜きでもしようと調合室を出た。
「わあ、綺麗……!」
庭園に出ると、季節の花々に出迎えられて頬が綻ぶ。
一部の花は調合にも使用できるため、メロリーは花にも詳しかった。
目の前にある花々を調合した際の効果や副作用を思い出しつつ、メロリーはしゃがみ込んで花壇のお花にそっと手を伸ばす。
「メロリー?」
花弁に手が触れようという頃、聞き慣れた低い声に名前を呼ばれたメロリーは立ち上がり、声の主の方へ体を振り向かせた。
「ロイド様!」
メロリーがロイドに駆け寄れば、彼はみるみるうちに顔を綻ばせた。
「メロリーのことはこれまで天使だと思っていたんだが、花に囲まれた君を見ると花の妖精でもあったんだなと思い知らされたよ」
「魔女ですが……?」
いつものように独特な視点で話すロイドに、メロリーはふふと口元を緩ませた。
「それで、メロリーはどうしてここに? 休憩か?」
「はい、そんなところです。期限まで一週間くらいしかないのに、未だに赤面症に効果がありそうな薬ができなくて……焦っても良いことはないので、少し気分転換をしようかな、と」
毒見役として協力してくれている上、ビクトリアの身内でもあるロイドには、新薬開発の状況は逐一報告しているが、焦っていると伝えたことはなかった。
こんなことを言っても、困らせてしまうと分かっていたからだ。
「あっ、今のは、その……!」
つい弱音が零れてしまったことに気付いたメロリーは、ハッとして自分の口元を両手で押さえる。
対してロイドは優しく微笑み、「そうか」とだけ言うと、風によって乱れたメロリーの髪の毛をサッと手ぐしで直した。
「メロリー、叔母上たちのために頑張ってくれて本当にありがとう。私は試飲以外に大した手伝いはできないが、メロリーの話を聞いたり相談にのることくらいはできる。焦っている以外にも、もしも困ること、苦しいことがあったら必ず教えてほしい」
「い、いえ! 本当に少し焦っているだけで、困っていることも苦しいこともありません……!」
メロリーは自身の胸の前でぶんぶんと両手を振り、「それどころか」と言葉を続けた。
「私がここに来るまで、誰かに薬を作ってほしいと望んでもらえることはありませんでした。もちろん新薬作りは大変ですし、ちゃんと作れるのかなって焦ったりもしますが、それ以上に……自分の薬でビクトリア様たちを笑顔にできるかもしれないんだって考えたら、毎日が幸せなんです」
「メロリー……」
「私、皆さんのお役に立てるようにもっともっと頑張ります!」
ぐっと拳を作り、白い歯を見せて笑うメロリーに、ロイドは一瞬息を呑んだ。
そして、ロイドは眉尻を下げるのに相対してやんわりと口角を上げ、少し困ったような笑みを浮かべた。
「……昔から、君は何にも変わらないな」
「え?」
またもや風が吹く。意識を風に捕らわれたせいで、ロイドの言葉を聞き逃したメロリーは、「今なんて……?」と問いかけた。
「いや、大したことじゃない。それはそうと、休憩のためにこの場に来たということは、メロリーは花が好きなのか?」
「そうですね……。花は調合に使えるものがそれほど多くないので、草の方が好きでしょうか?」
「そういう調合に一途なところも素敵だ」
「ありがとうございます?」
ロイドは本当に褒め上手だなぁ、とメロリーは思う。
「そういえば、ロイド様は何故こちらに?」
「私もメロリーと同じようなものだ。少し休憩をしたくてな。本当は休憩という名目でメロリーに会いに調合室へ行こうかと思ったんだが、調合室に行ったらなかなか帰ってこないからダメだとアクシスを含む部下たちに泣きつかれてしまってな」
「皆さん、ロイド様を頼りにしているんですね」
「どうだか。……だが、ここで会えたから、あいつらの言う通りにして正解だった」
ロイドはそう言うと、花壇に咲いている赤色のマリーゴールドを一本手折った。
そして、それをメロリーの耳の上あたりにそっと近付けると、彼は蕩けるような笑みを浮かべた。
「メロリーの瞳とよく似ている。……綺麗だ」
色とりどりの花が溢れる庭園で、二人きり。
婚約者にこんな甘い言葉を言われたら、普通なら誰だって胸がときめくだろう。
しかし、ロイドが自分の作る薬にのみ惹かれていると思っているメロリーは、ときめきよりも調合にも度々使うマリーゴールドに夢中になった。
「マリーゴールドって綺麗ですよね! 単体で調合に使うと、この美しさは効果に反映されていて、なんと髪の毛をツヤツヤにする効果があるんです!」
鼻息を荒くしながら興奮気味に語るメロリーにロイドは一瞬瞠目したものの、すぐさま「ははっ」と目尻に皺を寄せた。
「それは凄いな」
「そうなんです! 副作用で威圧感が増してしまうのが難点なのですが……」
「……いや、そうでもない」
ロイドは顎に手を運び、考える素振りを見せる。
「戦場ではどれだけ早く相手の戦意を奪うかが重要になるからな。その副作用はむしろ好ましい」
「な、なるほど……! では、必要になったらいつでもお作りしますから、教えてくださいね! それにしても、副作用も場合によっては誰かの役に立てるなんて、初めてのはっけ──」
ん、と言うつもりだったのに、メロリーはハッとして口を閉ざした。
「メロリー? どうした?」
口をぽかんと開いたまま固まるメロリーに、ロイドが声を掛ける。
そして、部屋まで送るか!? 医者を呼ぶか!? とロイドが焦り出したと同時に、メロリーは彼の手をギュッと握り締めた。
「ロイド様! ありがとうございます! もしかしたら、対赤面症薬が作れるかもしれません……!」
「ど、どういうことだ……?」
今度はロイドが、口をぽかんと開いたのだった。
お読みいただきありがとうございました!
メロリーは何を思いついたのか、乞うご期待くださいね!
そして皆様にご報告です(>ω<)
なんと……保育園の役員ぎめのくじ引きの結果……
役員を免れられました!役員になってくださった方を支えつつ、また来年のくじ引きに備えます!




