2話 メロリー・シュテルダム
婚約の話が出てから一週間が経ち、辺境伯領に向かう日。
メロリーは昨日のうちに掃除し終えた離れを眺めながら、これまでの日々を思い返した。
「この部屋とお別れなんて、不思議な気分……」
十八年前。
メロリーはシュテルダム家の長女として生を受けたが、ずっと家族が住む屋敷とは別の離れで暮らしていた。
まるでルビーを埋め込まれたような真っ赤で不気味な瞳と、真っ白な髪の毛が原因だった。
その二つは、数百年前に絶滅したはずの魔女の特徴にピッタリ当てはまっていたのだ。
シュテルダム家の血筋にはその昔、魔女が実在したらしい。
そのため、メロリーが魔女の先祖返りであることは想像に容易かったようだ。
『とにかく! 一旦はこの事実を隠さなければ……!』
メロリーは生まれてすぐ、両親の手によって母屋から離れに移され、そこでちょうど乳母として働き口を探していた女性と二人で暮らすことになった。
レイモンド王国において、魔女のイメージは悪く、忌み嫌われていた。
それなのにメロリーを孤児院に任せたり、売りものにしたりしなかったのは、とある文献で魔女だけが作れる秘薬があるという記載を見つけたからだった。
誰もが欲しがるような秘薬を作り出すことができれば金になると考えた両親は、メロリーの存在を外部から隠し、金になる薬を量産させようと考えていたのだが……。
「残念ながら、私には両親が望むような魔女の秘薬なんて作れなかったのよね」
メロリーが物心がついた頃、両親は調合器具や調合に必要な素材などは用意してくれた。
どうやら、八歳になると魔女の力は開花し、秘薬が調合できるようになると例の文献に書いてあったようで、その日までに調合器具の扱いや、調合自体に慣れておけという意図だったらしい。
メロリーは両親の役に立ちたい一心で、必死に調合技術を学んだ。両親に愛されない悲しみに加えて貧しい日々だったけれど、魔女に対して偏見を持たない乳母のおかげで、毎日楽しく過ごせた。
けれど、八歳の誕生日を迎えた日。
両親はメロリーに不老不死の薬や惚れ薬、呪い薬など、この世界の常識では考えられないような薬を作るようせっついたが、うまくいかなかった。
メロリーが作る薬は、両親にとって『役に立たない薬』ばかりだったのだ。
それは数ヶ月、年単位で修業しても変わることはなかった。
魔女のくせに大して役に立たない薬しか作れないメロリーは、両親にとって家の評判を下げるだけの疎ましい存在になった。
しかも、解雇した使用人により、メロリーが魔女であることが外部にバレてしまうという事件も起こった。
『お前は出来損ないの魔女として表に出ろ。ラリアがより社交界で輝きを放てるように引き立て役として生きてもらう』
そして、メロリーが十歳になる頃には、社交界ではラリアの引き立て役として、家では使用人以下の暮らしをするようになった。
唯一心の支えだった乳母も解雇され、社交界では蔑まれ、屋敷に戻れば粗末な扱いを受け……。
「それでも、調合をしている時間だけは楽しかった」
救いは、メロリーが心の底から調合を楽しめていたこと。
初めは両親に好かれるためだったけれど、日に日に調合の楽しさにのめり込んでいった。
「そろそろ時間かな。忘れ物だけはないように気をつけて、と」
破れては縫ってを繰り返したお仕着せとも今日でおさらばだ。
唯一持っていた破れていないドレスを着たメロリーは、そっと離れにお仕着せを置く。
「なんにせよ、辺境伯様に会ったら直ぐに謝らなきゃ。どうせ黙っていたって、私が麗しの天使じゃなくて魔女だってことは、見た目で分かるだろうし」
その後どうなるか、流れに身を任せるしかない。なるようになれ、だ。
少なくとも、相手の間違いなのだから、メロリーの命が危うくなることはないだろう。
「迎えの馬車が到着しました」
「あっ、もう来たのね。ありがとう」
使用人が離れの外から連絡をくれた直後、メロリーはフード付きの羽織を纏い、その場をあとにした。
最低限の身の回りのもの、乳鉢や空の小瓶、草木の辞典に、今まで書き留めた薬のレシピ集、既に作成済みの薬を持って、メロリーは馬車に乗り込んだ。
しかし、そのすぐ後のこと。
乗車の際に御者から憐みの目を向けられながら言われた言葉に、メロリーは頭を悩ませていた。
「冷酷辺境伯のもとに行くなんて可哀そうに、か……」
メロリーはここ数年、ラリアの引き立て役として社交場に参加していたものの、貴族についてあまり詳しくなかった。
もちろん、ロイドのこともだ。
彼について知っていることといえば、戦争の立役者であることと、潤沢な資金があること、幼い子を好み、変態辺境伯と呼ばれていることくらい。
「まさか、変態でもあり、冷酷でもあるの……?」
変態の噂に関しては、自分に被害がないならまあ良いかと思っていた。
そのうえ、いくら好みでも幼子を囲うなんて非道なことを実行するなんてそうそういないのでは? と、どこかで高をくくっていたのだが……。
「変態で冷酷なんて、もしかしたら本当に子どもたちが閉じ込められているかも……」
ロイドが冷酷辺境伯であることは御者にちらっと聞いただけだが、彼の表情や重たい声からして、それはあり得ない話ではなかった。
「それに、ひょっとしたら私がラリアじゃないことがバレたら殺されてしまうんじゃ……!? ど、どうしましょう……」
魔女のメロリーを誰かが助けてくれるとは思えないし、普通に戦ったら、どうやったって勝てない。
「逃げるのに役立つ薬があるか、よーく確認しておかないと」
メロリーは馬車に揺られながら、気を引き締めた。