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17話 赤面症


「うっ」


 顔面を晒したトーマスだったが、すぐさま両手で顔を覆い隠し俯いた。

 そんなトーマスの背中を撫でたビクトリアは、おもむろに彼の肌の症状について話し始めた。


「トーマス様は幼い頃から、赤面症という症状を患っているの。そのせいで、人前にはあまり出られなくて……」


 ──赤面症。


 人前に出ると顔が赤くなる、あるいは赤くなってはいないかと不安に感じる症状 だ。


 知らない人と会ったり、大勢の前に出たりすると緊張から顔が赤くなるのはよくあることだが、トーマスはそれが顕著に現れ、昔からこの症状のせいで人と顔を合わせたり、大勢の前に出たりするのが極端に苦手だったらしい。


「様々なお医者様に診ていただいたけれど、治療方法はないと言われてしまったみたい。せめて症状を緩和させる薬や方法はないのか聞いても答えは同じで、無理にでも人前に出て赤い顔を見られることに慣れたら、とさえ言われてしまったようで……。トーマス様のご両親はそんなお医者様の言葉を信じ、実行に移したのだけれど……」


 その結果、幼いトーマスは心に深い傷を負ったという。


 周りに見られている、赤い肌をおかしいと思われているかもしれないという過度のストレスに加え、実際にトーマスの赤い顔を嘲る者がいたようだ。


 誰にも聞かれていないと油断していた使用人たちに、社交場で会った同世代の貴族子息たち。常に顔を赤くするトーマスに対して、彼らは心ない言葉を吐き捨てたとビクトリアは話してくれた。


「そんな……」


 当時のトーマスの気持ちを想像すると、そして悲しげに話すビクトリアを見ると、胸が苦しくなる。

 ちらりとロイドを見れば、彼も悲しげに眉を顰ませていた。


 トーマスは震える手でビクトリアの手を握り締めると、堪えるような声色を出した。


「……以降、私は屋敷の外にほとんど出られなくなった。抵抗なく顔を合わせることができるのは、両親や長年面倒を見てくれた執事、そして幼少期から婚約者だった妻のビクトリアだけ……。こんな状態で社交界に出られるはずもなく、会合や社交界、視察はビクトリアに任せ、私は屋敷の自室で書類仕事をこなすだけで……。本当に、自分が情けない……っ」


 トーマスはビクトリアの手を握る力を強め、奥歯をギリッと噛み締める。

 悲しさと同時に、自分に対する悔しさが感じられた。


 ビクトリアは表舞台に立つことを苦に感じていないと話すが、そうは言っても彼女の負担は大きい。

 トーマスは、十分それを分かっているのだろう、


「……だが、貴方は変わりたいと、思ったのでしょう?」


 ロイドが諭すように問いかければ、トーマスはコクリと頷いた。


「メロリー嬢は知っているかい……? 最近、私たち夫婦の不仲説まで囁かれていることを」

「は、はい」

「原因は言わずもがな、私が表舞台に一切出ないせいだ。ビクトリアは周りにどう思われようが平気だというが、本当は彼女がそのことに深く傷付いていることくらい分かる……。これでも、夫だから」

「貴方……」

「自分のせいで愛する人が傷付くのは、嫌だ……」


 だから、トーマスは人前に出られるように、表舞台に立てるようになりたいと行動に移すことにしたようだ。


「昔は失敗したが……やはり赤面症の症状を緩和させるには荒療治しかないのだと私は考えた。だから、ビクトリアに列席者を呼んだ上で遅ればせながら挙式をしようと提案したんだ。私たち夫婦の仲が良好だということも広められるし、何より、結婚当初に挙げた式は私のせいで二人きりの簡素なものになってしまったから……。互いの両親やビクトリアの友人たちに、彼女の美しい姿を見せてあげたいんだ」


 過去に辛い思いをしたはずなのに、ビクトリアのために再び困難に立ち向かおうとするトーマスの姿に、メロリーは目を潤ませた。


「お二人は本当に、愛し合っていらっしゃるんですね」


 トーマスがこんなふうに決心できたのは、ビクトリアへの愛情故なのだろう。しかし、トーマスがここまで思えるようになったのは、ビクトリアのこれまでの愛情がしっかりと伝わっているからに違いない。


 少しの間同じ空間にいて、こうして二人から話を聞いたり、互いに向ける表情を見るだけで、それが伝わってくる。


「ありがとう、メロリーちゃん。そう言ってもらえて嬉しいわ。……けれど、実は結婚式はやめようかと思っているの。今日ロイドには、そのことを直接伝えに来たのよ」

「え……! あの、理由を伺っても良いですか?」


 おろおろと問いかけると、ビクトリアよりも先にトーマスが口を開いた。


「……さっきはああ言ったが、結婚式が近付くにつれ、私の体調が思わしくなくてね。顔が赤くなるのは昔からだが、それに加えて目眩や睡眠障害、多汗症状などが最近酷くなっているんだ……」

「お医者様からは、精神的なもの──不安感やストレスのせいで体調不良になっているのでは、と言われてしまったわ。その原因はおそらく……」


 ビクトリアははっきり言わなかったが、トーマスの体調不良は結婚式に対しての不安感から来ているのだろう。


「……私はこれくらい平気だと言ったんだが、私が無理をすればするほどビクトリアが悲しい思いをする……。だが、赤面症を治す方法はないと言われ、結婚式に向けて体調を整えようと思っても、どうにも上手くいかない。頑張ろうとすればするほど、体調不良が悪くなるばかりで……」

「……そう、だったんですね」

「私を思いやってくれたトーマス様のお気持ちが本当に嬉しかったから、私はそれだけで良いの。トーマス様が体調を崩したり、苦しい思いをしてまで、結婚式しなくても構わないわ」

「だが……私は……っ」


 トーマスもここに来ているということは、この状態のまま結婚式をやり遂げることが不可能に近いことは分かっているのだろう。


 しかし、実際問題として、結婚式まであと三ヶ月しかないという。


 あと数週間もすれば招待状を送る手筈のようで、決行するにしても、中止するにしても、時間の猶予はほとんどないらしい。


(私のわがままかもしれないけれど、お二人には何の憂いもなく結婚式を迎えてほしいな……)


 トーマスの声色から伝わってくる、まだ結婚式を諦められないという思いも、ビクトリアの瞳の奥にある悲しみも、どうにかしてあげられないものかとメロリーは強く思う。


(私に、何かできることはないかな……)


 出会ったばかりの二人だけれど、互いを思いやる姿を見ていると、そう思わずにはいられなかった。

 しかし、メロリーが他者と違うのは、魔女特有の見た目と、変な副作用が現れる少し変わった薬が作れるということだけ。


 肌に関する薬といえば、そばかすを薄くしたり、凹凸が少なくなるものは作ったことがあったけれど、肌の赤みも消すような薬は作ったことがなかった。精神的なものに作用する薬なんて、一度もない。


(でも、新しい素材も手に入ったし、新薬を色々と試せば、もしかしたら、対赤面症の薬が作れるかもしれない……!)


 けれど、残り少ない時間の中で、絶対に作れるとは言い切れない。


 そんな中で、自分が、役立たず魔女なんかの自分が、この思いを口にしても良いのだろうか。

 結局薬ができなくて、自分が嫌われてしまうだけならまだ良い。


変に期待を持たせて、もしも作ることができなかったら、ビクトリアとトーマスを余計に傷付けてしまわないだろうかと、メロリーには不安が渦巻いた。


「メロリー」


 口籠っていると、耳の奥にじんわり響くような優しいロイドの声が届く。

 彼の方に顔を向ければ、顔を覗き込まれていた。


 ロイドは涼しげな碧眼を薄ら細め、優しく微笑んだ。


「不確かなことを口にして、叔母上たちを余計に傷付けることにならないかと心配なんだろう?」

「な、何故私の考えが分かるのですか!?」

「それはもちろん、君が天使のように優しい子だからだ」

「な、なるほど……?」


 天使発言は今に始まったことではないので、メロリーはしれっと流したが、ロイドは言葉を続けた。


「メロリー、君の優しいところは美徳だが、君がそこまで考える必要はない。決めるのは二人だ」

「……それは、そうですが……!」

「それに、私の知るメロリーは、このまま何もせずに大人しくしていられるような人ではないと思うんだが?」

「ロイド様……」


 メロリーは一度俯いてから、再びゆっくりと顔を上げる。


(私の作る薬で、お役に立てる可能性があるのなら──)


 そして、意を決して口を開いた。


「あの、もしかしたら、お二人のお役に立てるかもしれません……!」

お読みいただきありがとうございます!

次回から新薬の開発に挑みます!

ロイドの役割は……乞うご期待(>ω<)

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