15話 メッシブル公爵夫妻
それからロイドと一旦別れたメロリーは自室に戻り、ルルーシュと身支度を始めた。
化粧と髪を手直しし、淡い桃色のドレスに着替えたメロリーは、応接間の前で一度深呼吸をした。
「ふぅ、緊張する……」
ルルーシュ曰く、ロイドは既に応接間に入り、メッシブル公爵夫妻の相手をしているらしい。
自分が入室することで話を中断させてしまうのは申し訳ないが、ずっと部屋の前にいるわけにもいかないと、メロリーは意を決してノックをする。
扉を開けて出迎えてくれたロイドに温かな笑みで出迎えられてから、メロリーは奥のソファに座っている二人の人間に向かってカーテシーを見せた。
「お話中失礼いたします。私はロイド様の婚約者で、シュテルダム伯爵家長女のメロリー・シュテル」
「う、うわぁ……!」
「え」
名乗る途中で、ロイドではない男性の、驚いたような、それでいてどこか怯えたような声が部屋に響いた。
メロリーが咄嗟に顔を上げると、奥のソファに座る藍色の服を着た男性が俯いて両手で顔を隠している。
その隣にいるのは、男性よりもやや淡い青色のシックなドレスを纏った公爵夫人だ。事前の情報と、この状況から察するに、その男性はメッシブル公爵で間違いないようだ。
(も、もしかして、公爵様は私の魔女特有の白い髪と赤い目を見て、怖がっているんじゃ……!)
公爵の行動の理由をそう考えたメロリーは、誰の目からも分かるほどに慌てふためく。
嫌悪の目を向けられるならまだしも、こんなふうに怯えられたらどうすれば良いのか分からなかったのだ。
「あ、あの」
「メロリー、大丈夫だ」
何か言葉を絞り出さなければと思っていたメロリーの肩に、そっとロイドの大きな手が乗せられた。
子をあやすような優しげな声がけのおかげもあり冷静さを取り戻せば、同時に夫人が公爵の背中を優しく擦っていた。
「──貴方、落ち着いて。大丈夫ですわ。誰も貴方を見て笑ったりいたしませんから」
「……っ」
公爵は顔を伏せながら、コクコクと頷いている。
一方でメロリーは、そんな二人のやりとりを不思議に思い、咄嗟にロイドの顔を見上げた。
「これは、どういう……」
確かなのは、公爵がメロリーの姿を見て怯えたため、今のような状況に陥っているわけではないということだ。もっと言うならば、公爵は自分の見た目が笑われるのではと恐れているということ。
両手で顔を覆っているのは、顔を隠している、ということで間違いないだろう。
(……分からないけれど、深い事情があるのね。じろじろ見ないようにしよう)
メロリーは魔女特有の見た目のせいで、人から様々な目を向けられてきた。
相手はこちらが気付いていないと思っているのかもしれないが、そういう視線は向けられれば向けられるほどに敏感になることを、メロリーは知っていた。
「メロリー、とりあえず座ろうか」
「分かりました」
ロイドに促されるまま、メロリーは公爵夫妻の向かいのソファに腰を下ろした。
すぐ隣にロイドも腰を下ろせば、夫人は公爵の背中を擦る手を止めて、ソファの端に置いてあった公爵の帽子とストールを手に取る。
夫人はそれを公爵に身に着けさせ、彼の顔がこちらに見えないようにしてから、メロリーに視線を移した。
「メロリー様、でしたわね。主人には少し事情があって……決して貴女が原因でこうなっているわけではないのよ。許してくださいね」
「は、はい。もちろんです」
「それと、挨拶がまだだったわね。彼はメッシブル公爵家の当主、トーマス・メッシブル。私が妻のビクトリアよ。先触れもなく訪れてごめんなさいね」
ビクトリアの謝罪に続くように、トーマスは小さく頭を下げた。帽子とストールのおかげか、先程までの怯えたような雰囲気は感じられない。
「い、いえ……! 改めまして、メロリー・シュテルダムと申します。ご挨拶の機会をいただけて、光栄です」
「何度か夜会でご一緒したけれど、話したことはなかったものね。ああ、そうだわ。ご婚約おめでとうございます、メロリー様。……それにしても、見違えるほど美しくなったのね。以前見かけた時は、表情は暗く、ドレスは地味なものばかりお召しになっていたから驚いたわ」
「!」
ラリアの引き立て役として参加していた社交場で、メロリーが美しいドレスを身に纏うことはなかった。
やせ細った体が強調される、地味で、流行りが過ぎたドレスを着るよう強要されていたからだ。
確か両親は、「どれだけドレスを買い与えても、粗末にしたり無くしたりするだらしない娘なんだ」と、メロリーのことを吹聴して回っていた。
醜態を晒すかのような姿や、引き立て役のためとはいえ悪者にされることに、さすがのメロリーからも笑顔は消え、いつも暗い表情をしていた。
(そんな私とは正反対で、ラリアはいつも流行りの華やかなドレスを身に纏って、男性たちに囲まれながら楽しそうに笑ってたなぁ。確か、周りにばれないように私のことをチラチラ見て笑ってたっけ)
そんなラリアのことを、羨ましいと思ったことはない。
だが、我ながら妹の引き立て役としては優秀だったのでは? と、そこだけは自負している。
しかし、メロリーはここでそんな役目を強いられていたことを話すつもりはなかった。
家族が求めるような薬を作れなかった、出来損ない魔女の自分が家族のためにできる唯一のことだと、これは仕方のないことだと、納得していたからだ。
「えっと、お褒めにあずかり 、光栄です……? もしも私が綺麗になったのだとしたら、全て屋敷の者たちのおかげです。あ、もちろんロイド様のおかげでもあります!」
ちらりとロイドを見つめてそう言えば、彼は目をカッと見開き、メロリーに顔を近付けた。
「そんなことはない。メロリーはもともと天使のように可愛らしく、美しいんだ。どんなドレスや宝石も、君の輝きの前では霞んでしまうくらいさ」
「それはドレスや宝石に失礼では……!?」
「失礼なものか。それにメロリーの美しさは見た目だけではない。誰よりも優しく、清らかさな心が──」
「ストップ! ストップです、ロイド様!」
ロイドの褒め言葉が止まらなさそうなので待ったをかけたが、あまり意味を成さなかった。
公爵夫妻の前だというのに、いつもと同様甘い言葉を吐いてくるロイドに、さすがのメロリーもたじたじになった。
(恥ずかしい……! 何より、こんなのを見せられて、公爵夫妻が怒ってしまわないかな!?)
メロリーがビクトリアの表情を窺うためにちらりと視線を移すと、彼女はロイドを見て、嬉しそうに頬を緩めていた。
「王女殿下との話も断って今回の婚約を強行したと聞いていたから、相当メロリー様にベタ惚れなんだとは思っていたけれど、想像以上ね。さすが私の甥っ子」
「当然です。そもそも叔母上も人のことは言えないでしょう? 公爵閣下のことを誰よりも深く愛していらっしゃるではありませんか」
「それこそ当たり前でしょう?」
「ああっ、ビクトリア、恥ずかしいからやめておくれ……!」
ちらりと見えた耳を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに体を震わせているトーマスの気持ちが、メロリーには少し分かる。
(まあ、私の場合は、公爵様とは全然状況が違うんだけどね。メッシブル公爵夫妻の前だから、ロイド様はいつもより過剰に仲が良いことをアピールしているだけのはずだし……)
それでも、ここまで人前で相思相愛の婚約者同士のようなことをされては、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
けれど、今はそれどころではないと、メロリーは小さく口を開いた。
「あの、お二人って……」
メロリーがロイドとビクトリアを交互に見ながら囁やけば、ロイドが「そういえば」と話に割って入ったた。
「伝えるのを忘れていてすまなかった。メッシブル公爵夫人は私の母の妹で、叔母なんだ」
「え!?」
お読みいただきありがとうございました!
実は、この作品で作者が一番好きなキャラはビクトリアなんです!彼女を出せてとっても嬉しい\(^o^)/
次回の更新もお楽しみに……!
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