13話 薬草採集
湖の周りを少し散歩した後は、二人は屋敷のシェフが用意してくれた昼食をとった。
いつもより動いたからか空腹感が強く、更に自然の中で食べるサンドイッチはとても美味しく感じられた。
「メロリー、少し休憩したら行きたいところがあるんだが、良いか?」
食事を終えた頃、隣に座るロイドが問いかけてくる。
その時のロイドの顔はどこかわくわくしているように見えて、メロリーはつられてはにかんだ。
「もちろんです。なんだか楽しそうですね」
「それはそうだ。メロリーとこんなふうにゆっくり一緒にいられるだけで嬉しい上、君が喜んでくれるだろう姿を想像するだけで幸せだ」
「え? 私が喜ぶ?」
どういうことだろうと小首を傾げたメロリーだったが、それは直ぐに分かることとなった。
「わ〜〜! ロイド様! ロイド様! 見たことがない野草が生えてます!」
ロイドが連れてきてくれたのは、湖から徒歩で十分ほど離れた森だった。
木が生い茂るそこはうっすらと木漏れ日が漏れているだけで、やや薄暗い。
花畑と違って色は緑と茶色がほとんどで目を楽しませるようなところではなかったが、新しい薬を作るために日々野草を探しているメロリーにとっては、至福の瞬間だった。
「ロイド様、見てください! あの野草はハンレラです! 図鑑で見てほしいと思っていたんです! あっ、あっちにも図鑑に載ってた野草が! あ、そっちのは図鑑にも載ってませんでした……!」
メロリーは興奮が抑えきれず、ロイドの横から走り出し、ハンレラが生えている場所へと駆け出した。
ワンピースの裾が地面につかないようにだけ気を付けてしゃがみ込み、その野草を地面から抜くと、嬉しそうにじっと見つめた。
「良かった。喜んでもらえて」
すると、そんなメロリーの隣に、ロイドが自然としゃがみ込んだ。
その際、メロリーは野草に夢中になっていたばかりにロイドに礼の一言も伝えていないことを思い出した。
「私ったら、ここに連れてきていただいたお礼も言わずに、大変失礼しました……!」
「それくらい喜んでくれたってことだろう?」
ロイドはメロリーの顔を覗き込みながら、冷酷だと言われているのが信じられないほどの柔和な笑みを浮かべている。
「は、はい。せっかく辺境領に来るならば、新しい素材も見つけられたら嬉しいなと思っていたので」
「そうだと思った。この辺りの野草はシュテルダム伯爵領にはないものが多く生息しているらしいから、メロリーを誘って正解だったな」
「ロイド様……」
どうやらメロリーの考えなんてお見通しだったらしい。
「本当に、何から何までありがとうございます……!」
ロイドはメロリーが作る薬に惹かれている。
もしかしたら、新たな素材があれば新薬もできるのではと考えてくれた結果、こうして野草採集に連れてきてくれたのかもしれない。
自分と同じように、調合に、薬に興味を持ってくれる人がいることは、メロリーにとって何よりも嬉しいことだった。
「こんなに素敵な笑顔を見せてもらえるなんて、むしろ俺が礼を言いたいくらいだ。ありがとう、メロリー」
「……っ」
礼を伝えられ、思わずメロリーの心が大きく乱される。
ロイドの人柄の良さは分かっていたつもりだったが、こちらに気を遣わせないためにこんな言い回しまでしてくれるなんて……。
「ロイド様は、本当にお優しい人ですね」
「そんなことはない。俺は自分がやりたいと思ったことをやっているだけだ」
「いいえ、そんなことはありません。ロイド様は本当に、本当にお優しい方です。私は、ロイド様の優しさに救われています」
以前、御者からロイドが冷酷だと言われていることは聞いた。その理由は知らないが、大なり小なり原因はあるのだろう。
(……気にならないと言ったら、嘘になる、けど)
メロリーはロイドと出会い、人となりを知って、彼が冷酷とは正反対の優しい人間であることを知った。
それだけで十分……いや、それが重要なのではないかと、メロリーは考えていた。
「……君には遠く及ばない。今はもちろん、幼い頃から誰よりもメロリーは優しい子で……救われたのは、俺の方だ」
「幼い頃……?」
はて、いつのことだろう。ロイドと初めて出会ったのは、三年前の夜会の時だったはずだ。
疑問の表情を浮かべるメロリーに対し、ロイドは慌ててズボンのポケットから取り出したものを彼女に手渡した。
「すまない。忘れてくれ。採集のための手袋と、持って帰るための麻袋も用意してあるんだ。良ければ使ってくれ」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
そうして、ロイドも手袋を装着すると、メロリーにどの野草を摘めば良いのかを尋ねながら採集を始めた。
(さっきのは何だったんだろう? 言い間違い? それとも誰かと勘違いしたのかな?)
気にはなったものの、ロイドが忘れてというので、メロリーは深く考えずに採集を始めた。
それから約二時間。
時折休憩を挟みながら、二人は野草を採集し、ついに麻袋は野草でいっぱいになっていた。
メロリーはそれを目にすると嬉しそうに頬を緩め、そのままロイドを見つめた。
「ロイド様、今日は本当にありがとうございました。湖も綺麗で、お散歩も気持ちよくて、お外で食べる食事は美味しくて、しかも野草の採集まで!」
「先ほども言ったが、礼を言うのは私の方だ。メロリーとともに過ごせて、その上君の天使のような笑顔をたくさん見ることができたんだからな」
ロイドはそう言うと、手袋を外し、おもむろにメロリーの右頬に手を伸ばした。
「あの?」
そして、親指でメロリーの頬を優しく拭う。
目をパチパチと瞬かせるメロリーに、ロイドは自分の親指の腹を見せた。
「頬に土が付いていた。採集の際に付いてしまったんだろう」
「す、すみません! お恥ずかしいところをお見せしました」
「いや、頬に土を付けるメロリーも最高に可愛らしいが、私が土に嫉妬したから拭ったまでだ。屋敷に戻ったら、ルルーシュにでもしっかり綺麗にしてもらってくれ」
──土に、嫉妬。
生きてきてこのかた、そんな言い回しは聞いたことがないが、もしかしたら流行りの小説や演劇では土に嫉妬という表現が流行っているのだろうか。
(ロイド様って、やっぱり独特な感性を持っている気がする)
その上、事実無根だが『変態』だと言われ、理由は分からないが『冷酷』だと言われている。
けれど、魔女だからと気味悪がらず、自身の作る薬を求めてくれるロイドは、メロリーにとって大切な存在で……。
(毎日こうして楽しく暮らせているのは、ロイド様のおかげ。もっともっと、この方のお役に立ちたい。ロイド様に、私を受け入れてくれた皆さんに恩返ししたい)
メロリーは頬の土を拭ったロイドの手を両手で握り締めた。
「私、ロイド様の婚約者になれて、本当に幸せ者です」
「!」
「これから、ロイド様の、皆さんのお役に立てるように、薬の調合を頑張ります!」
「……っ、あ、あ」
自身の恋情が欠片も伝わっていないとは思ってもみないロイドは、ただただメロリーの発言に顔を赤く染め、乙女のようにか弱い声で返答することしかできなかった。