12話 ロイドと湖畔デート
ロイドからデートの誘いを受けたメロリーは、急ぎ残りの薬を調合してから、ルルーシュとともに自室へ戻ってきていた。
姿見の前で直立するメロリーに対して、ルルーシュはクローゼットから引っ張り出してきたワンピースを彼女の体に当て、うーんうーんと首を捻る。
「どれもお似合いですが、目的地まで馬で向かわれると伺っておりますので、できるだけ動きやすいワンピースにしませんと。けれど、可憐さも備えていないとせっかくの初デートですしね……。陽射しが強いのでつばの大きな帽子も必要ですし、それに楽な靴も用意しなければ……」
「ルルーシュ、私は何でも構わな──」
「何を仰います。初めてのデートというのはまさに勝負。旦那様のためにも、メロリー様が快適に過ごし、さらに憂いなく楽しめるためにも、最善を尽くさなければ」
ルルーシュの圧に、メロリーは圧倒されてしまう。
(勝負というのはよく分からないけれど、ルルーシュがこんなに頑張ってくれているんだから任せよう……)
時刻は正午前。
準備が出来次第、メロリーはロイドとともに馬に乗って屋敷の近くにある湖畔に行き、屋敷のシェフが用意してくれる昼食を取る予定だ。
そこからは何をするのかは詳しく聞いていないが、任せてほしいと言われたので、何か考えがあるのだろう。
(それにしても、ロイド様は本当にお優しいな。私と湖畔に行くために、必死でお仕事を終わらせてくれるなんて)
今朝、朝食を一緒にとれなかったのも、デートをする時間を確保するために早朝から休みなく働いていたようだ。
因みにこれは、自室に戻る途中で偶然会ったアクシスから聞いた話である。
(でも、不思議)
そうまでしてデートに誘ってくれたロイドに対して、メロリーは疑問を持っていた。
何故、好意を持つ相手を誘うデートなんてものに、自分が誘われたのだろう、と。
(ロイド様は私が作る薬に惹かれて結婚を申し込んでくれたはず。それなら、私を湖畔に連れていくよりも、あのまま離れで調合していた方があの方にとっても良いんじゃないのかな?)
それなのに、一体どうしてだろう。
(ただ単にロイド様が湖畔に行きたかっただけとか? もしかしたら、私が外に出たいんじゃないかって気を遣ってくれた?)
ロイドのことだ。後者の方が可能性は高い気がするが、何にしても自然に触れられる場所に行けるのは、とても楽しみだ。
身支度を終えたメロリーはルルーシュに礼を伝えてから、待ち合わせの正門に向かったのだった。
正門に着くと、馬を撫でているロイドの姿が見えた。
メロリーがロイドに駆け寄れば、彼は一瞬目を見開き、「くっ」と声を吐き出した。
「メロリー……今日の君も綺麗だ。そのワンピースに帽子、よく似合っている。髪を結っているのも可愛らしい。何度も言うようだが……まさに天使だ」
「あ、ありがとうございます?」
(相変わらず、ロイド様は独特な感性を持っていらっしゃるなぁ)
それでも、ラリアの引き立て役として参加した夜会では心無い言葉しか飛んでこなかったので、褒められるのは素直に嬉しかった。
「ロイド様も、とても素敵です!」
普段の黒い軍服姿とは違い、装飾のついた白いシャツに皮の黒いズボンを穿いている。シャツは広い肩幅を、ズボンは長い脚を引き立てていた。
「ありがとう。メロリーに褒めてもらえるなら、毎日こういう服を着たいくらいだ」
「普段の軍服姿もとてもお似合いですよ? 格好良いです」
深く考えず思ったことを口にすれば、ロイドは自身の額を手で押さえて「ふぅー」と深く息を吐いた。
「今から軍服に着替えてこよう。待っていてくれ」
「え!?」
「ああ、しかしそれではメロリーを待たせてしまうな……」
真剣に悩み始めたロイドにメロリーは今の姿のままで良いからと伝える。
ロイドは「メロリーがそう言うなら」とこの場に留まるとスッとメロリーに手を差し出した。
「メロリー、手を。因みに乗馬の経験はあるか?」
「ありません。乗れるでしょうか……?」
「私が支えているから問題ない。怖くないようゆっくり進むから安心してくれ」
「ありがとうございます」
ロイドの手を取れば、彼は宝物に触れるみたいに優しく握り返し、馬に乗せてくれた。
未だに細く、骨張っているメロリーの手をまるで慈しむように。
(関わる度に思うのよね。ロイド様は本当に優しい人だなぁって)
怖くないか? と心配してくれる声も、寄りかかって良いからなと気遣ってくれる声も、たまに顔を覗き込んできた時に見せる、木漏れ日のような穏やかな笑顔も。
(どうして、こんな人が冷酷だなんて言われてるんだろう?)
抱いた疑問をそのままに、メロリーは馬に揺られた。
湖畔のほとりに到着したので、馬を木に繋ぎ、草や水を与える。
それから、二人は昼食をとる前に湖の周りを少しだけ散歩することにした。
「わぁ……! 綺麗な湖……!」
湖はそれほど大きくないが、底が見えそうなほど透明度が高い。
時折ピチピチと跳ねる魚を見つけては、メロリーは楽しそうに声を上げた。
メロリーに合わせて、ロイドはゆったりとした足取りで進む。
そして、大きなつばに隠れて見えないメロリーの顔を覗き込むために腰を折った。
「メロリー、手を繋いでも良いか?」
「え? あ、はい。もちろんです」
肉付きが多少良くなったとはいえ、メロリーはまだ細い。
もしも転けたら骨が折れてしまうかも、とロイドは考えてくれたのだろう。メロリーはそんな考えから、嬉しそうに微笑むロイドと手を繋ぐ。
自分とは違う、ゴツゴツとした大きな手。メロリーは歩きながら、つい繋いだ手と手を見つめた。
「ロイド様の手は私の手と全然違いますね。硬くて、大きい」
感想を述べれば、ロイドは大きく肩を揺らし、足を止めメロリーに向き合った。
「メロリー、君に他意がないことは重々分かっているが、今の発言はだめだ。私以外の前でしないでくれ」
「……? は、はい」
何がいけなかったのか分からなかったが、ロイドが必死な形相で言うので頷いておいた。
ロイドは平静を取り戻したのか、メロリーの肩から手を離し、再び彼女の手を取った。
「私の婚約者は天使だとばかり思っていたが、まさかの悪魔でもあったとは。いや小悪魔というのか……?」
「いえ、魔女ですが……?」
相変わらずおかしなことを口走るロイドに、メロリーはふふ、と笑みを零したのだった。
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