11話 秘薬の調合を開始
カインバーク邸で暮らし始めてから二週間後。
雲一つない快晴から覗かせる朝は、ルルーシュの心地好い挨拶から始まった。
「おはようございます、メロリー様」
「おはよう! ルルーシュ」
離れで暮らしていた頃は、誰かに起こしてもらうことなんてなかった。
どころか、乳母がいなくなってからは挨拶を交わす相手さえいなかったメロリーは、こんな些細なやり取りにさえ幸福を感じた。
「昨日はよく眠れましたか?」
「とっても! ベッドがふかふかしてて、ずっと眠れそう」
「ふふ、それはようございました」
メロリーはベッドから起きると、ルルーシュの手によって身支度がなされる。
顔を洗う水を用意するのも、服を着るのも、髪の毛を解くのも、もちろんこれまで全て自分でやっていた。
そのためこんなふうに世話をされることに未だに慣れなかったけれど、これまた幸せな時間だった。
(それにしても、自分のこんな姿にもまだ慣れないなぁ)
メロリーは姿見の前に立ち、自分の姿をまじまじと見つめる。
離れで暮らしていた頃とは考えられないほど潤った髪に、滑らかな肌。ルルーシュの手によって化粧が施された瞳は大きく見えるし、唇もつやりとしている。
それに、健康的な生活のおかげか、頬……どころか全身がふっくらしたように見える。
(美味しいご飯にふかふかのベッド、触り心地の好い服に毎日の湯浴み、ルルーシュは優しいし、幸せすぎて怖いくらい)
更に、婚約者であるロイドは、忙しいはずなのに隙を見て会いに来てくれた。
できるだけ食事くらいは共にしたいと、最低でも一日に一回は一緒に食卓を囲み、色々な話をする。
その時間はとても楽しくて、実家にいた頃には全く想像できなかった毎日を送れていた。
(それに、なんと言っても……)
メロリーは逸る気持ちを抑え、部屋に用意された朝食の席に着く。
「ね、ルルーシュ、朝食を食べ終わったら、早速離れに行きたいんだけど──」
朝食を終えたメロリーは、ルルーシュとともに敷地内にある離れに来ていた。
メロリーは慣れた手つきで離れに置いてあった白いエプロンを身に着ける。
これはルルーシュに頼んで用意してもらった。調合の際、ドレスを汚してしまわないためのものだ。
「メロリー様、必要な素材はこちらのテーブルに置いておけばよろしいですか?」
「ありがとう!」
離れの中にはテーブル、その上には、ロイドが用意してくれたものと自ら持参した調合器具、素材を保管する保管庫に、そして椅子だけでなくソファも完備されている。
窓は大きく、調合の際の臭いが籠もらないようになっているのは本当に助かった。
「今日はどのようなお薬をお作りになるのですか?」
メロリーはこの屋敷に来てから、毎日この離れに足を運んでいた。何なら、自室にいるよりも長い時間いるかもしれない。
「ロイド様が昨日頭痛がすると言っていたから、頭痛を軽減させられる薬を作ろうと思って!」
「それはそれは。旦那様もお喜びになりますね」
「それと、セダーが腰痛を軽減する薬がまた欲しいと教えてくれたから、それも作るつもり! ああ、それに、ルルーシュが一昨日喜んでくれた、耳が痒くなりづらくなる薬も作っておくね」
「ありがとうございます」
──メロリー、君にはこの屋敷の者たちの仕事の効率が上がったり、ちょっとした悩みや不調を解決したりするような薬を作ってほしいんだ。
仕事を求めたメロリーに対して、ロイドが言ったのはそんな言葉だった。
それは、調合を愛するメロリーにとってこれ以上にない仕事で、むしろ良いのかと問いかけたほどだ。
大好きな調合を好きなだけしてもいいという理由をもらえたのだから。
しかし、不安はあった。
ロイドやアクシス、ルルーシュはまだしも、多くの使用人やロイドの部下たちは、メロリーの作る薬なんて欲しがらないのではないか、と。そのため、使用人たちに困りごとを聞いて薬だけは作っていたが、渡せなかった。
しかし、この離れで薬を調合し始めてから一週間ほどした日、メロリーの悩みは解消された。
なんと、執事長のセダーが、腰痛に効く薬を作ってほしいと頼んできたのだ。
どうやら、ロイドやアクシス、ルルーシュがメロリーの作った薬で助けられている様を見たことと、困っていることはないか、どんな薬だったら役に立てるかと使用人たちに聞き回るメロリーの姿を見て、メロリーに対する印象が大きく変わったらしい。
メロリーはもちろん快諾し、『髭が薄くなるけれど、腰痛が軽減する薬』をセダーに渡した。
薬を飲んだセダーはその効果に感動し、その素晴らしさと、役に立ててよかったと喜ぶメロリーの人柄を使用人たちに広めた。
それをきっかけに、自然と使用人たちに薬を依頼されるようになり、また彼らとの仲が深まったのだ。
多くの人たちに自分が作った薬を求められ、またそれを飲んで喜ぶ姿を見るのは、メロリーにとってこの上ない喜びだった。
(本当に、私にこのお役目をくれたロイド様に感謝しなくちゃ)
メロリーはロイドに感謝しながら、彼が事前に用意してくれた素材──薬草を自身が持ってきた乳鉢ですり潰し始める。
「ふふ、まずは頭痛を和らげる薬から! ヤムギ、クロツメクサ、メンファーをすり潰して〜」
その時々で思い付くリズムで適当に歌を口ずさみながら、今度はそれらをすり鉢へと移した。
「もっともっと〜とろとろになるまで〜」
片手にはすりこぎを持ち、もっと細かくなるように混ぜるようにしてすり潰していく。
すると、すり鉢の中には緑とも茶色とも言えるドロドロとした液体が出来上がった。
今度はそれをこし器に通し、サラサラの液体になったものが透明な小瓶に注がれていく。先程よりもかなり色が薄くなった液体だ。
「ふぅ……。できあがり!」
ルルーシュはメロリーに「お疲れ様です」と声をかけてから、出来上がったそれをまじまじと見つめた。
「このような珍しくない薬草でも、メロリー様が作るとあんなに特別な効果が出る薬になるなんて、本当に不思議ですね。ちなみに、レシピなどはご自身で考案されたのですか?」
「そうよ。素材の種類、組み合わせ、配合の割合、混ぜる時間なんかで、違う効果を持った薬ができるから、色々試したの。念のために薬のレシピは書き出してあるけれど、一応全部覚えてるかな」
「えっ。因みに、現時点で薬の種類はいかほどあるのですか?」
「ん〜とね、五百くらい、かな」
「なんと……! メロリー様は天才でいらっしゃいますね」
「そんなことはないと思うけど……」
尊敬の眼差しを向けてくるルルーシュに対して、メロリーは苦笑いを零す。
メロリーは、薬に関してだけ尋常じゃないくらいに記憶力が良かった。
けれど、特別頭が良い訳ではない。
例えば、屋敷の間取りは一度では到底覚えられないし、幼い頃に乳母が将来役に立つかもと渡してくれた教材もさほど理解できなかった。
文字の読み書きだって、むしろ覚えは悪かったほうだ。
「薬のことしか覚えられないしね」
「それでも十分素晴らしい才能だと思います。あっ、次はどの薬をお作りになりますか? 執事長のものか……それとも私のものか」
ルルーシュは敢えて耳を触りながら、キラキラした目を向ける。
メロリーはそんなルルーシュを見て、ふふっと笑い声を出した。
「じゃあ、先にルルーシュにあげる薬から作ろうかな」
「大変助かります」
「うん! 少し待っててね!」
メロリーは再び手を動かし始め、今度はルルーシュに向けての調合を始める。
手つきは真剣そのものだが、ついつい頬が緩んでしまった。
(こうして誰かに薬を求められるなんて未だに慣れないけれど、嬉し過ぎてニヤニヤが止まらない……! 私の作った薬がロイド様や皆様のお役に立てると思うと、もう……!)
気を抜けば口元から涎が垂れてしまいそうなほど、表情筋に力が入らない。
メロリーは一度乳鉢から手を離すと、ニヤついた顔を元に戻さなきゃと両手で両頬をむにっと挟んだ。
「メロリー、少し良いかい?」
その時、ノックの音がしたと思ったら、すぐに離れの扉が開いた。
「ふぁ、ロイドしゃま……!」
つい両頬を挟んだままロイドの名前を呼ぶメロリーに、ロイドはその場に膝をついた。
「ぐっ、いきなりそれはダメだメロリー、可愛いが過ぎる……! 心臓が……痛い……」
「心臓!? 大丈夫ですか!?」
それは大事だ。
メロリーは両手を頬から離すと、ロイドの目の前へ慌てて駆け寄った。
ロイドは心配そうにこちらを見つめるメロリーの手をそっと握り締めると、安心させるように穏やかに微笑んだ。
「……ああ、大丈夫。メロリーの手を握っていたら、自然と治りそうだ」
「本当ですか!?」
「──旦那様?」
鋭い視線に加え冷たいルルーシュの声に、ロイドはしぶしぶメロリーの手を離すと、彼女とともに立ち上がった。
そして、心配してくれたメロリーに礼を伝えてから、ロイドは本題を切り出した。
「メロリー、ここに来たのは他でもない。君を誘いに来たんだ」
「何にですか?」
「私とデートに行かないか?」
「……デート?」
自分とは縁遠い言葉に、メロリーは目を白黒とさせた。
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そして今日も子どもたちの耳鼻科頑張ります(๑˙❥˙๑)♡
なにとぞよろしくお願いします……!