新しく婚約した公爵令息のためなら、私は「悪役令嬢」にだってなれる。
昔から、妹のレディは八方美人だった。
王宮に居るすべての人間にゴマをすり、可愛い顔をして気に入られる。でも、困った時には、自分を好いてくれている人間を捨て駒のように消費し、圧倒的な地位を確立する。
だれも彼女に楯突くものはいなかった。
でも、それは姉である私には関係のないことだった。
レディは私を尊敬してくれていたのだから。
「お姉様のような、気品のある女になりたいです」
「お姉様は本当にお優しいわ」
「自慢ですわ、本当に」
耳が痒くなるようなことを、レディは毎日のように言ってきた……あの日までは。
◇ ◇ ◇
妹が私を「悪役」に仕立て上げるようになったのは、つい最近のことだった。
私が隣国の公爵令息、デイラット卿と婚約したあの日……レディの目の色がはっきりと変わったのである。
王宮に私の悪い噂が流れ始めた。
それも、その悪い噂は、全くの根も葉もないものだった。
私が婚約者の容姿を「穢らわしい」と批判しているだとか、婚約していながら他の男に熱を上げているとか……。
デイラット卿はその嘘を真に受けた。
そして、心に傷をつけられた彼を慰めたのは、レディだった。
それから数日後、私は呆気なくデイラット卿に婚約を破棄され、最終的に彼は、妹のレディと婚約したのである。
正直、あっという間過ぎて何が起きたのかよくわからない。
ただ、言ってもないことを言ったことにされ、王宮での地位すらも危ぶまれている……という現状だけは、理解していた。
何が起きたかわからないのだから、悲しみすらも感じない。
妹に復讐したいとも思わない。
もう、どうでも良かった。
◇ ◇ ◇
それから数週間経って、お父様は私に、ある男性を紹介してきた。
その人は、私との婚約を破棄したデイラット卿の弟、レーム卿だった。
レーム卿は、変な人だった。
婚約破棄をしてきたデイラット卿の弟なのだから、私がこの王宮における「悪役令嬢」なことは、知っているはずだった。
でも彼は、私の根も葉もないその噂話を聞いて、私を好きになったのだという。
「変わったお方ですね。見る目がないわ」
「ははっ。謙虚なんですね」
「……」
王宮の庭で共に歩いていたレーム卿にそう言われ、私は口を噤んだ。呆れてものも言えない。
でも、ほんの少しだけ、希望を見出してしまった。
この方になら、本当の私を曝け出せるかもしれない。本当は悪口なんて言ってないって、言えるかもしれない。
でも、そんなこと、言えるわけがなかった。
どこからか、視線を感じていたから。
見なくても分かる。
その視線の持ち主は、レディだ。
彼女がいる限り、私は「悪役令嬢」で居続けなければならない。そうでなくては、私は王宮を追放されてしまう。
彼女を敵に回したらどうなるか、はっきりしているのだから。
私は「悪役令嬢」として、口を開いた。
「私は貴女のお兄様に酷いことを言った……のですよ」
「ええ、聞きましたよ。穢らわしいと仰ったんですよね?」
「……そうです」
でも、レーム卿は何も知らずに、優しい笑顔を見せた。
「まぁ、美しい人だとか、そんなこと言うのは恥ずかしいでしょう。私はわかりますよ、その乙女心」
「……」
「それに、兄様は良いことを言っても、悪いように解釈するんです。勇ましい男と言われても、忌々しい男と聞き間違えて落ち込みますよ」
レーム卿の穏やかなお顔と反して、その唇からこぼれ落ちる鋭い言葉の数々に、私はつい、フッと笑みをこぼす。
その瞬間、レーム卿は私の顔を覗き込み、にっこり笑った。
「やっと笑ってくれた」
「えっ……」
「私は貴女のような……本当は素直で、でも素直じゃないように見える方が好きなのです」
その言葉に、ふいに、目頭が熱くなる。
悪役令嬢で居続けなければ居場所がなくなってしまう私にとって、レーム卿が「素直じゃない方が好き」と言ってくれるのは……本当に、救われる思いだった。
この人のためなら「悪役令嬢」で居ても、良いかもしれない。
「悪役令嬢」の私はその晩、レーム卿と婚約した。
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この作品の終わり方に、人生の皮肉的な側面が出ていればいいな、と思ってます。




